『ゾぉリ』旅の終わり⑧
「お姉ちゃんが帰国するんです。そんな勝手出来ませんよ」
元老院がわざわざ迎えに来るんです。何かしてるのは明白ってものです。お姉ちゃんなら全てを洗い出し、止めてくれるはず。
「さて。どうでしょうな」
不敵な笑み。露骨な挑発です。
「……お姉ちゃんに、何をする気です」
「ご自身の目で確かめたらよろしいのでは?」
イラついては思う壺です。だからって大人しく出来るとでも思ってるんです? 不敬って話は全て、このお馬鹿達の事じゃないですか。
「すぐにお決め下さい。我々と帰国するか、誘拐されたままお過ごしになるか」
「誘拐じゃないです」
「いえいえ。共和国からすれば誘拐ですよ。他国の争いに王族たる貴女を巻き込んでいるのですから」
「自分の意思です」
「国民からすれば貴女の意思は関係ないのですよ。国の至宝たる貴女が他国で命を落とすかもしれないのですからな」
国の至宝、至宝ってお馬鹿の一つ覚えみたいに。そんな事思った事なんてないはずです。純粋に妹と思ってくれてるのはお姉ちゃんだけ。そして私はそれで良いって思ってます。国民からはただの”魔女”って認識で良いのですよ。
「”魔女”として国の為に働いているだけの”クラフト”です」
私は”クラフト”である事を捨てません。父と母との思い出は今でも少しだけ残ってます。お姉ちゃんからはシーアという愛称と妹という居場所をもらえたのです。それで良いんです。
「そして今は、世界の為に戦う無謀で、どんな時も真っ直ぐ向き合って傷つく、そんなお馬鹿な姉二人についていく”シーア”です」
そして今”シーア”は、国の為に働く”魔女”としてではなく、一人の”シーア”として、純粋に助けになりたいってついて行ってるんです。
「私の邪魔をしないで下さい。貴方達の言う、国の至宝”レティシア”はここには居ません。誘拐なんて起きてないです」
「子供騙しな言葉遊びに付き合うほど暇ではないのですレティシア様」
チッ……。これは本音で言ってるんですよ。子供騙しでも言葉遊びでもないです。少しは有耶無耶に出来るかなって期待があったのは認めますけどね。
「私だけにしてくれませんかね」
「と申しますと?」
「巻き込むのはって話しです」
「ほう」
「巫女さん達は関係ないでしょう」
どうせ、この言葉が欲しかったんでしょう。
「国を放棄し、国外を旅しているとお認めになると?」
「それで――」
「おい。いい加減、翻訳しやがれ」
水を差されてしまいました。サボリさんも空気を――って、思いましたけど……読んでるかもしれませんね。少し私も、頭に血が昇っていました。
「ふぅ。サボリさんも共和国語くらい勉強したらどうでス。巫女さんもリツカお姉さんも話せるんですヨ」
「あ? 何だよ急に。ってか、赤いのは違ぇだろッ!」
落ち着きを取り戻しました。そのままこの人たちの言いなりになるのは癪です。とにかく、問題を整理しましょう。問題は何といっても、巫女さんとリツカお姉さん、ついでにサボリさんが誘拐犯になってるって事です。
(そんな言葉を信じるはずがないって考えは捨てましょう。信じる人は必ず居て、そういう人ほど声が大きいです)
対応を誤れば、あの町だけだった”巫女”の汚名が共和国、ひいては周辺の町に広がります。そうなれば、北部での活動は絶望的ってものです。
(問題は、私の事が余り知られてないって事ですね)
知っている人は知っているって程度なのです。大抵がお姉ちゃんのお陰で良い印象な私なのですけど、知らない人にとってはただの”女王の妹”です。顔も特徴も知らない人が殆ど。それに対して”巫女”の知名度は高いです。
この町ではその限りではないですけど、”巫女”と名乗ればすぐにハッとするでしょう。つまり……この先ずっと、”巫女”と名乗れない可能性が出てきます。今でも慎重なのに、より慎重に……いえ、もはや名乗らない方が良いって感じまで落ちます。
でも、この問題は簡単かもしれませんね。私が”女王の妹”として真っ先に振舞えば良いのです。
(落ち着けば、対応策の一つや二つ出てきますね)
急いで結論を出す必要はないですね。
(巫女さん達が関わってしまった以上、お二人の帰りを待ちましょう。私だけの問題ではなくなりました)
とりあえず、適当に時間稼ぎをしないと。
「貴女様のお帰りが余りにも遅かったものですから。そろそろ我々は帰りの時間でございます」
「そのまま残るという事でよろしいのですかな?」
「そうなれば晴れて、”巫女”様達は世界の爪弾き者となってしまいますが」
三人で順番に話さないで欲しいです。巫女さんとリツカお姉さんの輪唱と違って不快感しかないです。
「そんな事に了承するはずがないでしょう。暇人なんですからもう少し遊んでいったらどうです。お茶でも入れましょうか」
出涸らししかないですけど。
「いえいえ。お邪魔者はさっさと退散しますゆえ」
私が帰っても邪魔できて、私が帰らなくても邪魔になる。軽く詰んでますね。
「それでどうなさいますかな?」
「……」
巫女さんとリツカお姉さんの邪魔にならない方法。
「分かりました。帰り」
「待った」
あぁ。この、体の芯に届く様な溌剌とした声は――。
「シーアさん。本音で話して」
「私の本音ですよ」
今来て欲しくなかった人たちです。
村長さんへの謝罪が終わって戻ってみれば、シーアさんが帰ろうとしていました。しかし、それはそれで良いのです。シーアさんが純粋に、それがエルさんの為になるのだと思っているのなら。
でも、違うようです。無理やり、そう仕向けられています。
「シーアさん」
「ですから、本音です」
「いいえ。無理やりです。それも、私達が関係していますね」
「……ふぅ。お二人相手に心理戦なんてしませんよ。全て話します」
説明を受けた私は、怒っています。随分と好き勝手やっているようですね。この大人達は。
「分かったでしょう。これ以上活動の障害を増やす訳にはいかないんです」
シーアさんは諦めてしまっています。
「もし、エルさんの為だったら止めようがなかった」
「ですけど、私達の為ならば止めます」
「ダメですよ。浄化所か、”巫女”としての活動の一切が出来なくなりますよ」
エルさんが心配って理由だったら、私達は止めませんでした。
確かに、シーアさんの懸念は尤もです。だからといって、私達が頷くと思っているのなら、シーアさんはちょっと私達を甘く見すぎています。
「私は巫女さん達の迷惑にはなりたくないです」
「それが本音?」
「はい」
シーアさんの想いは嬉しいです。だけど、そんな選択を取った事が悲しい。多分、メルクの事を引き摺っているのはシーアさんも同じなのです。”巫女”の事を考えてくれるのは嬉しいですけど、シーアさんがどうしたいかです。
「最後に聞くけど、旅は楽しかった?」
「……もちろんですよ」
「そっか」
「では、話は決まりですね」
「そういう事です。すぐに帰国を」
「元老院の皆さん。これで失礼します。私達はシーアさんを連れて行きますので、どうぞご自由に」
「もう二度と会いたくないので来ないで下さい」
シーアさんの肩をつかみます。もう離しませんので。
「ちょっと? 話理解してましたよね。お二人ならこうなるかなって思ってましたけど、そんなあっさり決めて良い物じゃないですよ」
「良いのです」
「でも、エルさんの事は気になるね」
「問題はそちらですね」
監禁でもするつもりなのでしょうか。
「お姉ちゃんなら大丈夫です。もしお姉ちゃんに何かあったら、いよいよこのお馬鹿達は終わりなので」
最後の一線は守るみたいです。
「ってそういう話ではないんですよ。この人たちは冗談なんて言いません」
「シーアさん。この人たち相手に何言っても無駄だよ」
「直接被害があるわけではありません。根も葉もない噂なんていうのは、自身の行いで覆せます」
行動こそ、私達が取れる最良の一手。
「シーアさんが旅を続けたいなら」
「私達の名声くらい使ってください」
「しかし……」
迷っていますね。だったらもう、後は押すだけです。
「私達はもう出発するので、降りてもらえますか」
「……本気ですかな?」
「自分から持ちかけておいてその態度は理解出来ませんね」
「売られた喧嘩を買っただけです。魔王討伐に、”巫女”が必要という訳ではないんですから、お好きにどうぞ」
元老院を追い出し、次に向かう準備を始めます。
「全ク、お二人は勝手でス。これでもかなり迷って決めたんですけド?」
「まぁまぁ」
「私達にはシーアさんが必要なんです」
「……仕方ないですネ。より一層頑張ってあげまス」
「程ほどにね?」
元老院の事はもう終わりです。後はもう、なるようになれです。
ブクマありがとうございます!