旅立ち④
森から一歩出ると、あの包み込まれるような。抱きしめられうような。そんな幸福感がなくなりました。この感覚は”神の森”から出た時に似ています。
私とは違い、ずっとあの幸福感に包まれていたであろうアリスさんはどんな感じかな? とアリスさんを見ます。
「……?」
自分の体をしきりに確認しています。今まで感じていたものがなくなると、そうなるんですね。
「大丈夫? アリスさん」
その姿に心配してしまいます。不安なのではないのかと――。
「は、はい。大丈夫です。けど、”神林”を感じない世界がこんなにも不安なものだとは」
アリスさんは私と違って、本当に森に根付いて生きてきました。この感覚は初めてのはずです。
”神林”で感じた、抱きしめられるような安心感、幸福感がアリスさんにもあったかは分かりません。けど少なくとも、不安は感じているのです。なんとかしないと。
これから長い旅になります。安心できるもの……寂しい時に頼れるもの……。
「アリスさん、手を繋ご」
人の温もりが一番では、ないでしょうか。私に”神林”の代わりが出来るかはわかりませんけど、少しくらいは……力になれるはずです。
「! は、はい……では、少しだけ」
アリスさんが頬を染め、しずしずと手を差し出してきました。私はそれを優しく取り、繋ぎます。
「少しは不安、消えたかな?」
笑顔で、大丈夫だよ。という気持ちを込め聞きます。
「はい。安心、します」
アリスさんの顔を見るに、成功したようです。
その綻んだ姿に、私は少し頬を染めてしまうのでした。
「いつでも、いいから」
「え……?」
アリスさんがきょとんと私を見ます。
「寂しいって思ったら、いつでも、私を頼っていいから、ね?」
私の精一杯の勇気で綴られた言葉。頼って欲しいのです。アリスさんにも。私がアリスさんから受けた優しさは、まだまだこんなものではないのですから。
「――はい。リッカさま」
アリスさんの笑顔が、花咲くように輝きました。やっぱり、頬に熱を感じてしまいます。
高台から見てはいましたけど、整備のされていない道が続いています。
森や木は後ろにある、荘厳な雰囲気をかもし出している”神林”のみです。
荒野ではありませんけど、草も花もあまり生えていません。周辺には左側に大きな山があるだけで、開けた平地です。
森に居ては得られない、空が、陸がどこまでも続くような、圧倒的解放感が広がっています。人によっては、恐怖すら感じることでしょう。
「リッカさま、世界はこんなにも」
アリスさんが感慨深げな声を発しました。高台から眺めるのとは少し違う、世界に取り残されたような感覚。それを、感じているのでしょうか?
「不安、かな?」
「いえ、リッカさまが、隣に居てくれますから」
私の手がより強く握られます。私は、手放さないと、握り返しました。
風景を見る余裕が出てきたのか、アリスさんがきょろきょろとあたりを見ています。
「あれが、川ですか」
湖はありました。しかし”神の森”と”神林”の湖は、湧き水で出来た物です。川はないのです。
「山から、ここまで流れてるんだね。自然にできたものかな?」
整備されてません、この世界ではインフラ整備などはしないのでしょうか。”神林”に続く道は無い方が良いとは思います。でも、南の町とかあるはずですから。
「自然に手を加えることは、あまりしないようです。どうしても必要な場所などでのみ手を加えます。ここは整備されていないようですね」
自然を大切にして生きる人々。私にとっては、こちらの世界のほうが好ましいかもしれません。
「マナは自然からも作られるから、大切にしてるんだね」
「そうですね。マナがなければ、我々の生活が滞ってしまいますから」
まったく整備されていなく、歩きにくい道に注意しながら会話していきます。この作業すら愛おしい。
”神の森”を知ってからというもの、自然が大好きな私にとってはこの世界の全てが輝いて見えます。
「やっぱり、この世界素敵」
大きく息を吸います。全身でこの世界を感じます。
アリスさんにとっても、初めて自分の目で見る世界。私たちは、この世界を旅する。目的は、過酷で辛いものですけど、この世界を回れるのは、嬉しいです。
そう、強く思います。でも……。
「アリスさん」
空気が痺れる。これは――。
「はい。リッカさま――――初戦です」
遠くない場所に、悪意を感じました――。