『ゾぉリ』旅の終わり④
A,C, 27/04/06
リツカが柔軟をしながらウィンツェッツを待っている。
「本気のリツカお姉さんですカ」
「本気の殺気を纏うだけという話でしたけど、リッカさまが殺気を纏う以上は手抜きなんてしませんね」
「今日のこれがあるかラ、昨晩は手加減しておきましタ。痛めつけて欲しいでス」
「治療が必要な傷を負わせたりしませんよ?」
「恐れ戦くサボリさんが見れればいいでス」
昨日の事でストレスを溜めているレティシアが、今か今かと待ち侘びている。ボクシングやレスリングを見るようなものなのだろう。
リツカが柔軟を終え、目を閉じ精神を集中させる。その手には、鞘に収まったままの刀が握られていた。
「俺が最後か」
「そこで止まってください」
「あ?」
舷梯から降りようとするウィンツェッツを、アルレスィアが止めた。
「そこから一歩でも踏み出せば、開始だそうです」
「……」
ウィンツェッツが軽く体を動かす。普段戦いに赴く時と同じ気持ちで一歩、舷梯から――踏み出した。
「――ッ!?」
一歩進んだだけのウィンツェッツが、動きを止めてしまう。その空間だけ、まるで重力が違うかのように重く圧し掛かってくるのだ。
(これが……ッ!?)
リツカの殺気を受けたウィンツェッツは、そう感じてしまったのだ。
殺気をぶつけられていないアルレスィアとレティシアは、急に止まったウィンツェッツの冷や汗を見て理解する。すでにリツカは、攻撃しているのだと。
「上等。それくらいじゃねぇと――」
昨日までは辛うじて目で追えていた。陽動や意識の隙間を攻められる事で見失うくらいだった。なのに。
「一回目です」
リツカはすでに、ウィンツェッツの目の前に居る。鞘に収まったまま、刀ををウィンツェッツの腹に当て、一度目の死亡を宣告した。
「”抱擁強化”の本気です」
「上限が違うんでしたっケ」
「リッカさまが想い描く最高点まで、時間が経てば経つほど昂ります」
「対マリスタザリアでしか見れませんからネ」
離れた場所から見ているアルレスィアとレティシアですら、赤い線が見えただけだ。リツカはただ真っ直ぐにウィンツェッツに近づいた。それなのに、ウィンツェッツには何も見えなかった。
「……ッ…………!」
歯軋りし、ウィンツェッツが”疾風”で一度離れようとする。
「――はァ!?」
「二回目です」
”疾風”に入る前に、ウィンツェッツの手首を掴んだリツカ。そのまま刀を首に添えている。
二度目を告げたリツカが消える。ウィンツェッツは直感で背後と思い振り向く。案の定、今まさに攻撃が振り下ろされようとしている。
(何度も、やられるかよ……ッ!)
攻撃を避けるウィンツェッツ。そのままリツカを目視しようと視線をズラす。しかし――。
「剣……?」
「三度目です」
ウィンツェッツの背中に、刀が当てられる。
ウィンツェッツはまだ、振り向くことしか出来ていない。その場から一歩も前に、歩けていないのだ。
(剣だけ、置いてったって訳か……!)
実物の剣を放り、確実にそこに居ると幻視させる。そして本物は背後へ。ただでさえ捉えられないリツカが小細工まで使っては、ウィンツェッツに勝機はない。
「ゼェッ……ハァ、クッ……」
たった数度。ウィンツェッツには永久にも思える時間だった。殺気の篭った死亡宣告は、ウィンツェッツの精神を確実に削っている。
リツカに振り向き、荒い息を吐きながら睨みつける。
「普通の修行に戻しますか」
「冗談言え。やっと、マシになったんだろが」
「そうですか」
そのままで良いと、ウィンツェッツは固持する。リツカはそうだと思ったと言わんばかりに、無感情に応える。そして無造作に、誰でも目で追える速さで歩き出した。
「……?」
本当にただ歩いているだけのリツカ。しかしウィンツェッツは動けず、ただ見ることしか出来ない。リツカの右手が動く。いつの間に抜刀したのか、抜き身の刀が握られていた。
「――」
リツカは刀をゆっくりと振り上げる。
「――――な、に?」
その刹那。ウィンツェッツの体は斜めに、斬られた――。
「動かなくなりましたネ」
リツカが刀を振り上げた所で、二人は動かなくなってしまった。
「レイメイさんは今、本当に死んだんです」
「ン?」
レティシアが首を傾げる。「もしかしてもうやられてしまっている?」と。
「本物の殺気を纏って行った陽動です。レイメイさんは、自身が斬られた姿を幻視しているのです」
刀を振り上げ、殺気を纏ったリツカは斬るようにフェイントして見せた。ウィンツェッツはそれで、斬られたと勘違いしてしまった。
「そんな事出来るんでス?」
「本物の殺気が扱えれば可能です」
アルレスィアの解説が終わった所で、ウィンツェッツが現実に戻ってくる。
「カッ……ハッ……!? ハァッ……ハァッ……!」
息をする事すら忘れていたウィンツェッツが、膝をつく。
「ライゼさんがこれをしなかったから、レイメイさんは一種の疎外感を感じたんでしたっけ」
「……そうだ。アイツは俺に、本気で向き合わなかった……と、思った」
「今だとどうですか」
「……こんな事、まだガキだった俺には出来ねぇな」
「他人ならしたと思いますよ」
「……」
親だから出来なかった。リツカの言外の言葉に、ウィンツェッツは地面に目を向ける。
「続けますか」
「さっさとするぞ」
修行を再開したリツカとウィンツェッツ。しかし、修行といえるかは怪しいものだった。何故ならウィンツェッツは、その後も殆ど――動けなかったのだから。
「ボッロボロでしたネ」
「……」
「いつもよりは汚れてませんけド」
「……」
「言い返せない程消耗してるみたいですネ」
シーアさんが、レイメイさんを突きながら茶化しています。
「リツカお姉さんも今日は疲れたみたいですネ」
「慣れてきたとはいえ、まだ三十分以上はきついかも」
”抱擁強化”を使って、三十分以上戦う敵になんて会いたくないです。予定としては、マクゼルト含む幹部と魔王は……かかりそうです。
「昨日の魔王との戦闘っテ、今日以上に本気だったんですよネ」
「うん」
「間に合いまス?」
レイメイさんが、マクゼルトと戦えるようになるのがって事ですね。判断に困りますね。対魔王ならば間に合わないと言う所です。マクゼルトの戦闘をちゃんと見れた訳ではないので、明言出来ません。
「間に合ってもらわないと、困るかな」
「だそうですヨ。サボリさン」
「分ぁってる」
死にに死んだレイメイさんが、どんな成長を遂げるのか。ただ、どんなに殺気を飛ばしても……途中からダレテいましたね。心のどこかで死なないという考えが過ぎったのでしょう。そこからは集中力がチラチラと切れていました。
(出来て三十分かな)
死地において、三十分集中力が持てば良い方とは思います。ただ……今後を考えると少し短いですね。何より、三十分ずっと集中するだけの気力が足りていません。十分一セット。それを三回ですかね。短く濃く、ですね。
「明日からは反撃して良いです。実戦形式でいきましょう」
「あぁ……」
「レイメイさんは当てる気で来て下さい。私はいつも通り当てません」
長く戦ってもらう為に、当てることはしません。
「でももし、レイメイさんが気を抜いたら――分かっていますね」
「……」
体に直接刻み込んであげます。戦場で気を抜くことで起きる最悪を。
「サボリさんの治療どうしまス?」
「私がしましょうか」
「軽い怪我なら私がしますヨ」
「軽い怪我しか負わないと思いますよ?」
「まァ、巫女さんの魔力は温存しておきたいですシ」
アリスさんとシーアさんが、レイメイさんが怪我した時の事を話しています。
「何で俺だけが怪我する前提なんだ」
「先程の戦いを見ていて、リッカさまが怪我をする未来なんて考えられません」
「冗談なラ、リツカお姉さんに冷や汗の一つでもかかせてから言って下さイ」
「……」
私も怪我をする気なんてないので、私を傷つけるのは諦めてもらいましょう。
「リッカさま。上がりましょう」
「うん」
少し急いで朝食を終わらせます。昨日の様子からして……絶対に来るでしょう。朝食の時に来られても、嫌ですから。