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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
42日目、故郷なのです
537/934

『ゾぉリ』旅の終わり④

A,C, 27/04/06



 リツカが柔軟をしながらウィンツェッツを待っている。


「本気のリツカお姉さんですカ」

「本気の殺気を纏うだけという話でしたけど、リッカさまが殺気を纏う以上は手抜きなんてしませんね」

「今日のこれがあるかラ、昨晩は手加減しておきましタ。痛めつけて欲しいでス」

「治療が必要な傷を負わせたりしませんよ?」

「恐れ戦くサボリさんが見れればいいでス」


 昨日の事でストレスを溜めているレティシアが、今か今かと待ち侘びている。ボクシングやレスリングを見るようなものなのだろう。


 リツカが柔軟を終え、目を閉じ精神を集中させる。その手には、鞘に収まったままの刀が握られていた。


「俺が最後か」

「そこで止まってください」

「あ?」


 舷梯から降りようとするウィンツェッツを、アルレスィアが止めた。


「そこから一歩でも踏み出せば、開始だそうです」

「……」


 ウィンツェッツが軽く体を動かす。普段戦いに赴く時と同じ気持ちで一歩、舷梯から――踏み出した。


「――ッ!?」


 一歩進んだだけのウィンツェッツが、動きを止めてしまう。その空間だけ、まるで重力が違うかのように重く圧し掛かってくるのだ。


(これが……ッ!?)


 リツカの殺気を受けたウィンツェッツは、そう感じてしまったのだ。


 殺気をぶつけられていないアルレスィアとレティシアは、急に止まったウィンツェッツの冷や汗を見て理解する。すでにリツカは、攻撃しているのだと。


「上等。それくらいじゃねぇと――」


 昨日までは辛うじて目で追えていた。陽動や意識の隙間を攻められる事で見失うくらいだった。なのに。


「一回目です」


 リツカはすでに、ウィンツェッツの目の前に居る。鞘に収まったまま、刀ををウィンツェッツの腹に当て、一度目の死亡を宣告した。


「”抱擁強化”の本気です」

「上限が違うんでしたっケ」

「リッカさまが想い描く最高点まで、時間が経てば経つほど昂ります」

「対マリスタザリアでしか見れませんからネ」


 離れた場所から見ているアルレスィアとレティシアですら、赤い線が見えただけだ。リツカはただ真っ直ぐにウィンツェッツに近づいた。それなのに、ウィンツェッツには何も見えなかった。


「……ッ…………!」


 歯軋りし、ウィンツェッツが”疾風”で一度離れようとする。


「――はァ!?」

「二回目です」


 ”疾風”に入る前に、ウィンツェッツの手首を掴んだリツカ。そのまま刀を首に添えている。


 二度目を告げたリツカが消える。ウィンツェッツは直感で背後と思い振り向く。案の定、今まさに攻撃が振り下ろされようとしている。


(何度も、やられるかよ……ッ!)


 攻撃を避けるウィンツェッツ。そのままリツカを目視しようと視線をズラす。しかし――。


「剣……?」

「三度目です」


 ウィンツェッツの背中に、刀が当てられる。

 ウィンツェッツはまだ、振り向くことしか出来ていない。その場から一歩も前に、歩けていないのだ。


(剣だけ、置いてったって訳か……!)


 実物の剣を放り、確実にそこに居ると幻視させる。そして本物は背後へ。ただでさえ捉えられないリツカが小細工まで使っては、ウィンツェッツに勝機はない。


「ゼェッ……ハァ、クッ……」


 たった数度。ウィンツェッツには永久にも思える時間だった。殺気の篭った死亡宣告は、ウィンツェッツの精神を確実に削っている。


 リツカに振り向き、荒い息を吐きながら睨みつける。


「普通の修行に戻しますか」

「冗談言え。やっと、マシになったんだろが」

「そうですか」


 そのままで良いと、ウィンツェッツは固持する。リツカはそうだと思ったと言わんばかりに、無感情に応える。そして無造作に、誰でも目で追える速さで歩き出した。


「……?」


 本当にただ歩いているだけのリツカ。しかしウィンツェッツは動けず、ただ見ることしか出来ない。リツカの右手が動く。いつの間に抜刀したのか、抜き身の刀が握られていた。


「――」


 リツカは刀をゆっくりと振り上げる。


「――――な、に?」


 その刹那。ウィンツェッツの体は斜めに、斬られた――。



「動かなくなりましたネ」


 リツカが刀を振り上げた所で、二人は動かなくなってしまった。


「レイメイさんは今、本当に死んだんです」

「ン?」


 レティシアが首を傾げる。「もしかしてもうやられてしまっている?」と。


「本物の殺気を纏って行った陽動です。レイメイさんは、自身が斬られた姿を幻視しているのです」


 刀を振り上げ、殺気を纏ったリツカは斬るようにフェイントして見せた。ウィンツェッツはそれで、斬られたと勘違いしてしまった。


「そんな事出来るんでス?」

「本物の殺気が扱えれば可能です」


 アルレスィアの解説が終わった所で、ウィンツェッツが現実に戻ってくる。


「カッ……ハッ……!? ハァッ……ハァッ……!」


 息をする事すら忘れていたウィンツェッツが、膝をつく。


「ライゼさんがこれをしなかったから、レイメイさんは一種の疎外感を感じたんでしたっけ」

「……そうだ。アイツは俺に、本気で向き合わなかった……と、思った」

「今だとどうですか」

「……こんな事、まだガキだった俺には出来ねぇな」

「他人ならしたと思いますよ」

「……」


 親だから出来なかった。リツカの言外の言葉に、ウィンツェッツは地面に目を向ける。


「続けますか」

「さっさとするぞ」


 修行を再開したリツカとウィンツェッツ。しかし、修行といえるかは怪しいものだった。何故ならウィンツェッツは、その後も殆ど――動けなかったのだから。




「ボッロボロでしたネ」

「……」

「いつもよりは汚れてませんけド」

「……」

「言い返せない程消耗してるみたいですネ」


 シーアさんが、レイメイさんを突きながら茶化しています。


「リツカお姉さんも今日は疲れたみたいですネ」

「慣れてきたとはいえ、まだ三十分以上はきついかも」


 ”抱擁強化”を使って、三十分以上戦う敵になんて会いたくないです。予定としては、マクゼルト含む幹部と魔王は……かかりそうです。


「昨日の魔王との戦闘っテ、今日以上に本気だったんですよネ」

「うん」

「間に合いまス?」


 レイメイさんが、マクゼルトと戦えるようになるのがって事ですね。判断に困りますね。対魔王ならば間に合わないと言う所です。マクゼルトの戦闘をちゃんと見れた訳ではないので、明言出来ません。


「間に合ってもらわないと、困るかな」

「だそうですヨ。サボリさン」

「分ぁってる」


 死にに死んだレイメイさんが、どんな成長を遂げるのか。ただ、どんなに殺気を飛ばしても……途中からダレテいましたね。心のどこかで死なないという考えが過ぎったのでしょう。そこからは集中力がチラチラと切れていました。


(出来て三十分かな)


 死地において、三十分集中力が持てば良い方とは思います。ただ……今後を考えると少し短いですね。何より、三十分ずっと集中するだけの気力が足りていません。十分一セット。それを三回ですかね。短く濃く、ですね。


「明日からは反撃して良いです。実戦形式でいきましょう」

「あぁ……」

「レイメイさんは当てる気で来て下さい。私はいつも通り当てません」


 長く戦ってもらう為に、当てることはしません。


「でももし、レイメイさんが気を抜いたら――分かっていますね」

「……」


 体に直接刻み込んであげます。戦場で気を抜くことで起きる最悪を。


「サボリさんの治療どうしまス?」

「私がしましょうか」

「軽い怪我なら私がしますヨ」

「軽い怪我しか負わないと思いますよ?」

「まァ、巫女さんの魔力は温存しておきたいですシ」


 アリスさんとシーアさんが、レイメイさんが怪我した時の事を話しています。


「何で俺だけが怪我する前提なんだ」

「先程の戦いを見ていて、リッカさまが怪我をする未来なんて考えられません」

「冗談なラ、リツカお姉さんに冷や汗の一つでもかかせてから言って下さイ」

「……」


 私も怪我をする気なんてないので、私を傷つけるのは諦めてもらいましょう。


「リッカさま。上がりましょう」

「うん」


 少し急いで朝食を終わらせます。昨日の様子からして……絶対に来るでしょう。朝食の時に来られても、嫌ですから。




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