『ゾぉリ』旅の終わり③
「情報部から聞いてないんですか。私は魔王討伐で忙しいんですよ」
「そんなものはそちらの方達に任せれば良いのです」
「それにこう聞いておりますぞ。王国が狙われていると」
「王国の次は共和国、連合、皇国です。王国に居ると分かっている魔王をさっさと倒すのが一番に決まってます。後手に回るから貴方達は一向にお姉ちゃんを落とせないんですよ」
魔王の目的が仮に、世界制服であったとしたら、王国の次は周辺諸国でしょう。一番近い共和国が最初に狙われる可能性が高いのはいうまでもありません。最後は、東にあるオステ皇国でしょう。そこまで行くともはや、この大陸は墜ちます。
「何をおいても共和国。貴女は我等が国を守る義務がある」
「魔女の称号たる『エム』を継いだ以上、それが定めですぞ」
「共和国に命を捧げたのは貴女でしょう」
魔女の名である『エム』。それを継いだシーアさんは共和国を守る為に生きる事を課せられています。そんなシーアさんは考え抜いて、覚悟して私達についてきています。
全ては、将来的な脅威となる魔王を……共和国の為に、エルさんの為に排除するためです。
「シーアさんは、義務を放棄してませんよ」
「共和国の脅威を誰よりも理解しているのはシーアさんです」
「部外者は黙っていてもらいましょう。”巫女”様方」
「共和国の最大戦力である彼女を失うのがそんなに嫌なのですかな」
「何と自己中心的な。無理難題を突きつけているのでしょう。レティシア様の顔に疲労が見えますが」
「無責任にレティシア様を酷使しているのでしょうな」
この感じは、司祭に似ています。ただ、司祭が妄信による宣言とすればこの人たちは――ガヤですね。自分達がおかしい事を理解していて、相手を落とすためだけに口を開いている。
この人達の言っている事が、正しい一面であるのはどちらも一緒です。私達の真実と世間の真実は違います。
シーアさんを失うのは痛手所ではありませんし、シーアさんに甘えているのも本当。でも、蔑ろにした事はありません。
(というより、この人達って……アレでいいんだよね)
(はい。元老院だと思います)
コランタンさんの後を務めている元老院は酷いと、シーアさんは零していました。確かにこれは、酷いです。
「巫女さん達の悪口は許しませんよ。共和国まで送ってさしあげましょうか」
「嘆かわしい。我々はただただ国を想っているというのに」
「何処をどう想っているんです。国民が貧困にあえいでいる時、貴方達は何をしてたんですっけ」
「何もしておりませんよ」
「そうですね。何もしてなかったんですよね」
シーアさんは自分の行いが共和国の平和に直結していると決意して、ここに立っています。ただ邪魔しに来ただけのあなた達では、シーアさんを連れ帰るなんて不可能です。
「あんなにも怠惰だったのに、良く元老院になれましたね。どんな魔法を使ったんです?」
「国民は分かっているんですよ。その時誰が居たおかげであの程度で済んでいたのか」
「国民は知らないだけですよ。貴方達が何もしなかった所為で先代達の政策が滞っていた事を」
元老院をする前この人達は官僚だったようですね。
「謗り合いはそろそろ辞めましょう。本当の理由を話して下さい。貴方達が国の為に働くはずがありません」
「偏見ですな。言ったではありませんか。我々は国を想い、貴女をお迎えに上がったんですよ」
「情報部の連中は貴女の意思を尊重しすぎていましてな。重要なことをお伝えしていなかったのです」
「何のことです」
「国民は女王陛下と貴女の不在を不安に思っているんですよ」
「私の行いについては情報部が国民に」
今までの流れから考えるに、シーアさんが情報部経由で届けようとした事は……。
「握り潰したんですか」
「それか歪曲して伝えたか、ですね」
「そうなんです?」
「いえいえ。情報部から聞いた事をしっかりと、私共の言葉で伝えたにすぎません」
周囲の人たちが、私達を見ながらざわめき出しました。先程までの困惑しながらも生暖かい視線から、迷惑しているといった視線に変わっています。ただの観光客から、争いを持ってきた邪魔者へ変更です。
「場所、変えよ?」
「分かりました」
「着いてきてください。ここだと迷惑をかけます」
元老院ですか。コランタンさんはいい人でしたけど……。今の所この人達に、良い印象を持てません。
「話も何も、レティシア様が頷いてくれれば終わる話なのですがね」
まだ話そうとする元老院を無視し、シーアさんが歩き出します。首を横に振り、元老院たちは仕方ないといった風に歩き出しました。まるで、我侭な子の言う事を聞いてあげているといったように、です。
何にしても、言葉選びには気をつけないといけないでしょう。話せば話すほど、共和国にどんな形で伝わることになるか。完全無視が良いという問題でもないです。
シーアさんが居なくなると、大変困ってしまいます。でも、シーアさんの想いを優先して欲しいとも思っています。元老院がどんな話をするのかで、決まります。
移動した場所は船の近くです。岩場になっていて、視線が届きません。遮音すれば戦闘も可能です。
「帰ってくれませんかね。私は魔王を倒すまで帰るつもりはありませんので」
「それは困りますな」
「困るっていうのが分からないんですけど。魔王が居なくなって誰が困るんです」
魔王が居て喜ぶのは、誰でしょう。王国がまさに危機的状況という面から見れば、連合でしょうか。連合と手を結んでいる? 共和国に利があるとは思えませんね。
「王国と共和国は、関税等の国交が自由でしたね」
アリスさんがシーアさんに尋ねています。
(いや、これは……誘導かな)
シーアさんに気付いて欲しいのかもしれません。
「はい。お姉ちゃんとお兄ちゃんの関係とは無関係に、お互いに利が……」
シーアさんが考え始めました。
「なるほど。税ですか」
元老院側は反応を示しません。でも、良く見ると目が笑っていません。
「王国が窮地に陥れば、交渉しやすいですね」
「連合も同じ考えではないでしょうか」
「まさか、連合とも話しを?」
核心はすぐそこです。シーアさんの力を知っている元老院の方達は、シーアさんを離脱させることで少しでも、魔王討伐に苦労して欲しいのではないか。という、話みたいです。
「何を根拠におっしゃっているのやら」
「昔から王国との関係に疑問を呈していましたし。お姉ちゃんとお兄ちゃんの邪魔ばかり。そして持ってくる縁談は連合のが多いときてます」
「それだけで決め付けるには弱いですな」
「妄想とも言えますぞ」
確かに、妄想ですね。
「この際本当かどうかは問題ではないです。疑い有りという事で査問にかけるだけですよ」
「そのような事が出来るとお思いですか」
「出来ないならそれでも良いです」
共和国に有利な交渉を行う為に、魔王討伐を邪魔する元老院。この人達の考えは単純明快です。国に利益をもたらし、私腹を肥やす。もし本当に国の為に動いているのなら、シーアさんがここまで嫌うことはないと思います。
「どうせお姉ちゃんも呼び戻しているのでしょう」
「当然でしょう。女王陛下が他国で遊んでいるなど、国民に示しがつかないというもの」
エルさんは遊んでいた訳ではないのですけど。予定通り神誕祭終了後帰るつもりで居たのに、戦争に巻き込まれただけです。そして個人としては、私の意識が戻るまで色々と心配をかけてしまいました。
エルさんが今日まで王国に居たのは、安全な帰国のために準備を重ねていただけです。
「国民全員が知っている事です。言っておきますけど、貴方達の発表よりお姉ちゃんの言葉の方を信じますよ」
「でしょうな」
シーアさんから、何かしらボロが出るのを待ってるんでしょうね。
「今日はもう疲れました。話の通じない人ばっかり相手して」
私達も少し、疲労が出てきましたね。緊張の糸が切れてしまったのでしょうか。
「話は明日にして下さい。私達はもう休みます」
アリスさんと顔を見合わせ、浄化を明日行うことを確認します。そしてそのまま、シーアさんについて行くことにしました。
「それでは明日。こちらに来ますので」
「来なくて良いですよ」
かなり本気で断るシーアさん。疲れの強さを滲ませています。
「あんな街中で口論しちゃったから」
「浄化を申し出る前に謝ったほうが良さそうですね」
謝れば、許してもらえると思います。誠意さえ見せれば、人と人は分かり合えると……思っています。
「レイメイさんに連絡しないとね」
「時間になったら帰ってくるんじゃないですかね」
「行動の全てを縛られるのは嫌でしょうし、帰ってくるのを待ちましょう」
大人ですもんね。帰ってくるように言われるのすら嫌そうですし、用事があるわけでもないのです。そのままにしておきましょう。