『ゾぉリ』旅の終わり
人の気配を感じ、甲板に上がりました。
「丁度呼ぶ所でしタ。着きましたヨ」
余り大きい町ではないようです。広域感知一回で町を見れそうなので、最初に悪意を探っておきましょう。
今までは町長さんの協力を得て、感染疑惑の段階で止まっている人達の浄化もしていました。しかしこれからは、『感染者』だけになります。私達が去った後の感染率は上がってしまうでしょう。しかし、旅の継続が最優先です。
魔王は今ですらあの強さです。これ以上時間をかけるべきではないと判断します。
「さテ、どうしまス?」
「町の中心まで歩いて、私達への感情を探ります」
「その後、私が広域感知で悪意を探すよ。個別浄化が終わったら静かに去ろう」
こそこそと悪い事をしているみたいで……苦笑いしてしまいます。でも実際に、こそこそしているのです。メルクでの事は少し、私達の意識を変えてしまいました。
「私達は町で聞き耳でも立てますカ」
「神隠し対策はどうする。コイツを見といた方がいいのか」
「子供扱いは癪なんですけどネ」
「神隠しの手段が、逃げられる物なら良いんだけど……」
魔王戦の時、意味不明の硬直を受けました。何でそうなったのか分からないので、逃げる事すら出来ませんでした。神隠しの魔法が、そうかもしれません。
「神隠し被害者の話から考えるに、子供達は意識も奪われてるっぽいし」
「暴れる事無く、困惑すらせずに消失したという話でした。神隠しの魔法を受ける前に、精神操作のような魔法を受けているかもしれません」
少し考えます。
「シーアさんはしばらく、私達と行動しようか」
「精神操作にしろ神隠しにしろ、”拒絶”出来ると思います」
「じゃア、サボリさんは一人ですネ」
神隠しは子供のみです。
「一応この中だと、唯一の成人だから」
「一応とは何だ」
「それは、まぁ」
「おい」
とりあえず、神隠しの事が分かるまでは変則二組で分かれましょう。
「聞き込みは大丈夫でしょうけド、騒ぎを起こしちゃダメですヨ」
「俺が率先して騒ぎを起こした事があったか?」
「当事者の目の前で何を言ってるんですかネ」
アリスさんを攻撃して私を引き摺り出した、抜き身のナイフだった頃のレイメイさんを思い出します。思い出したら腹が立ってきました。明日の修行を十分延ばします。
「お前の所為で赤いのがキレたんだが」
「その後にリツカお姉さんを無差別に襲う宣言したんですよネ」
「……」
今度は、アリスさんが怒りました。レイメイさんの夕食が一品減るかもしれませんね。
「実際に襲った事あるんですカ?」
「襲われかけた事ならあるよ」
「未遂だろが」
あの頃に比べれば、ずっと大人しい人になりました。大人になったというのでしょうか。出会いは人を変えますし、デぃルクさんのお陰ですかね。ライゼさんからすれば、複雑でしょうけど。
「騒ぎを起こさないようにご注意ください」
「……」
ただの念押しです。騒ぎさえ起こさなければ、邪険に扱われる事はないと思います。
”巫女”ってだけで嫌われるには、何か理由が必要です。メルクではそれがルイースヒぇンさんでした。”巫女”と神さまに不信感を持たれるのは、理解が足りないからです。
理解出来る程、何かをした訳ではない。これが、北の領地における”巫女”不信の原因です。逆にいえば、何もしてないのですから……本当に無害な事を分かってもらえれば、旅人くらいの対応はしてもらえると、思います。
ルイースヒぇンさんが言っていたように、旅人ってだけで……”巫女”としては信用を失しているのでしょう。役目を終えるまでの辛抱です。それが終われば……また森に帰ります。それまでは、”巫女”として落第と思われても、我慢……ですっ。
(私は元々、”巫女”の事を軽んじてた訳だから。ダメージは少ない)
”巫女”として在ろうとする意志は、アリスさんの方が強いです。北の地では、アリスさんの心的疲労が懸念されます。
(私が支えるっ)
本当の”巫女”になって日の浅い私だからこそ出来る事をしましょう。
「到着でス」
船を町から少し離れた位置に止めます。
「どうしまス? まだ余裕はありますけド、休みますカ?」
精神的にも肉体的にも、皆疲れています。
「一応、様子見だけはしよう」
「でハ、巫女さん達は町中央まで顔を隠さずに歩いて様子見。その後感知ですかネ」
「はい」
「いつでも広域出来るよ」
私はまだいけるので、広域感知だけはしておきます。切迫している『感染者』がいれば、優先しなければいけません。
「サボリさんはどうしますカ。広い町って訳でもないですシ、共に行動しますカ?」
「いや、適当に歩く。お前等と歩くと俺が注目されるんでな」
「あァ、悪い意味でですネ」
「そういうことだ。俺は別のとこから入る」
レイメイさんは別行動となりました。なるべく注目されるのは、”巫女”であって欲しいです。反応が見れないのは困ります。
「後のことは反応を見てからにしましょう」
「うん。じゃあ、行こっか」
「分かりましタ」
「あぁ」
ちょっとだけ緊張します。また”巫女”嫌いな町だと更に落ち込んでしまいます。一日に二回も体験したくはないです。
町での浄化や探索等は、状況を見てからですね。対象が多かったりしたら、休んだ方が良いです。この町に来るまでに少し休めたとはいえ、アリスさんが行える浄化は二人が限度。重篤者になると、一人いけるかどうかです。
「私は余裕あるのデ、戦闘が起きたら任せて下さイ。二人はお休みでス」
「私はまだ戦」
「お休みでス」
「はい……」
「リッカさま。お言葉に甘えましょう」
戦っている所をただ眺めるのは、もう余り……したくはないのですけど、シーアさんの厚意を無碍にするのは申し訳ないです。
「先行ってるぞ」
レイメイさんが、船から飛び降りました。私達も向かいましょう。舷梯を降ろし、鍵をかけ、ゾぉリへ。
「ゾォリの人でしたっケ」
「神隠しの事を知ったのは、その人が最初だったかな」
「話を聞きたいですけど、恐らくゾルゲに居ます」
町に向かいながら、神隠し関係を話します。
「警戒を解けって話ではないですけド、お子さんを見つけた”巫女”に敵対するとは思えませんネ」
見つけたとはいえ、意識がないのです。回復する見込みすらありません。それで恨まれるなんて思いませんけど……そうだと明言出来ないくらいには、疑心暗鬼です。
「この町での誤解はないとは、私も思います。しかし、町の様子を見るまでは、決めません」
「はイ」
「メルクからも近いから、”巫女”の悪評? が来ててもおかしくないもんね……」
メルクでの騒動も、結構大規模でした。すでに風の噂となっているかもしれません。警戒を解くには少し、状況が悪いのです。
日常を送っている町民達にとって、旅人すら珍しいのか、私達に注目が向けられます。ひそひそと聞こえる言葉の中には、”巫女”という言葉はありません。
「山を一つ挟むだけデ、結構届かないものですネ」
「王都でも、最初は半々でした」
「そういえば、もしかしてって感じで、自信なさげだったよね」
「銀髪や赤い目など、特徴的な部分は広まっていたようです」
私の様に、わざわざ顔写真で紹介とはなっていなかったようです。集落への来訪者なんて司祭だけって話でしたからね。その司祭も、ルイースヒぇンさんが辞めてからは全然だったようですし。
「リツカお姉さんの広告がここに届いてないって事ハ、ここから北にはもう、顔を知っている人は居ないかもしれませんネ」
「昔なら、変に目立たなくて嬉しいってなったけど」
今はちょっと、厄介です。”巫女”として知られていた方が、調べやすいのです。
「お二人なラ、”巫女”でなくても目立ちますけどネ」
「それはシーアさんも一緒ですよ」
「そのためのフードでス」
「偶にチラチラと見えるから、余計に気になって見ちゃうと思う」
「何ですト」
私達もそうなのでしょうけど、シーアさんは誰もが見惚れる美少女です。それに、将来性という付加価値は馬鹿に出来ません。
「ここにお姉ちゃんとエリスさんが居たらどうなるんですかネ」
「逆に静まり返るんじゃないかな」
「お母様とエルさんなら、それすらも楽しみそうです」
「想像に難くないですネ」
私は少し緊張感を増してしまいます。”巫女”という守りがないという事は、気軽に襲い掛かってくる輩が居るかもしれない可能性が増すのです。分かっていた事ですけど、ここまで完全に、”巫女”かも? という反応すらないとは思いませんでした。
(ちょっとでもそういった目で見て来た人が居たら睨もう)
個人になら問題ないでしょう。相手もやましいと思っているでしょうし。最初王都に着いた時と一緒です。