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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
41日目、洗礼なのです
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『メルク』北の洗礼⑥



「……」

「――」


 アリスさんが私を正面から抱きしめます。前は無意識に抱きついてしまいましたけど、今回は完全に、意識内での出来事。


 私が先に浴槽に入り、アリスさんがその後に。背中から抱きしめるつもりでした。でも前髪で表情を隠していたアリスさんはそのまま、私の足の間にするりと入り込み、正面から私を抱きしめたのです。


 何も言葉を発する事も無く、アリスさんの頭を撫で続けます。私の腰に回された腕が力を増し、私の腰が少し浮いてしまいます。


 私の肩に、アリスさんの顔が押し付けられているからか、唇が。


(意識しだすと、途端に)


 意識が肩に集中してしまいます。


 アリスさんは今、怒ったらいいのか、悲しんだらいいのか、決めあぐねています。私がした事、私に起こりそうだった事。どちらも……約束を、破っています。本当は、こんなほんわかドキドキなんて、してはいけないのです。


「っ……ぅ……」


 お湯ではない、冷たい雫が私の肩に落ちてきます。私は、涙を流しているアリスさんを……撫でる事しかできません。


「置いて……いったり……しませんよね……?」

「すぐに約束破っちゃうから、心配ばっかりかけちゃうね……」


 怒るわけでも、悲しむわけでもなく、縋るような声が私の耳を震わせます。


「その約束だけは、破らないよ」


 生きる事を諦めたり、しません。


「……絶対、ですよ……?」


 アリスさんを抱き寄せ、もっと強く――私の生命を、聞かせるのです。生命の……調を。


 


「ゾォリか」

「神隠し被害が確認されているところですネ」


 巫女さん達が先にお風呂に入るでしょうから、サボリさんはまだ黒いままです。煤だらけ。


「一応子供達を見つけたんですシ、”巫女”に否定的って訳ではないでしょうけド」

「だからってなぁ」

「まァ、最初は様子見ですヨ」


 先入観を持ってはいけませんからね。いい意味でも悪い意味でも。


「魔王は見えなかったんでしたっケ」

「あぁ。赤いのがボロボロになるのだけは見えてたがな」

「それはまァ、見れば分かりますけド」 


 服も、袖とかお腹の部分とか破けてましたし。


「でけぇ赤いのが出た後、すぐか。アイツの肘から血が吹き出たのは」

「そういえバ、肘が重傷でしたネ」

「死に掛けたらしいが、何が起きたかは後で聞かねぇとな」


 それで魔王の一部っていうんですから困ります。


「ゾォリってどんな町ですカ」

「話題変わりすぎだろ」

「私も疲れてるんでス。鬼ごっこは面倒でしタ」


 サボリさんに運転を任せられるようになったのは良かったです。


「はっきり言うが、この辺は何もねぇぞ」

「備蓄はありますシ、問題はないですけド」

「オルデクで買い足せば良いだろ」

「任せましタ」

「あ?」

「これは予想ですけド、巫女さんはリツカお姉さんを町に入れたがらないと思うんですよネ」

「あぁ……だろうな」


 そういった職業に偏見はないでしょうけど、それとこれとは別って感じです。ただでさえ遠ざけている巫女さんが、ど真ん中な町で探索なんてさせるんですかねぇ。


「つっても、赤いのは役目を優先させるだろ」

「その後ですヨ」

「公私混同はしねぇだろ」

「”巫女”として動く事が難しくなってきた今、もっとリツカお姉さん優先になると思うんですよネ」


 私はそれで良いと思ってますけど。お二人はお二人ですしね。メルクの町民と先代巫女からあんな対応されたというのに。王都の時とお変わりないです。


「まァ。どうせ楽しむんでしょうかラ、良いじゃないですカ。ついでデ」

「俺が頷くとでも思ってんのか」

「そう言いつツ?」

「ありえねぇ」


 あの堅物だったコランタンさんですら楽しんだ町です。いくら心に決めた人が居ても揺らぐんじゃないですかね。


「オルデクで私はリツカお姉さん達と動きまス。子連れより余程聞いてまわれますかラ、サボリさんが主力なんですヨ」

「あぁ? しっかり働い」

「つまり私の監視はないって事でス」

「だからやらねぇっつってんだろ」


 そんな口だけを信じる程私は大人ではありません。


「……」

「おい」

「まァ、アーデさんの事を思い出しておいて下さいネ」


 少し遊ぶくらいなら良いですけど。


「何でお前が監視してんだ」

「一応約束した身ですシ」

「その理由を聞いてんだ」

「まァ、アーデさんが良い人だったっていうのト、最初に威嚇した事の償イ。後は」

「あぁ」

「サボリさんを弄るネタになるかと思っテ」

「だろうと思ったよ阿呆がッ!!」


 オルデクの話になってしまいましたね。ゾォリが先ですけど、さて……今日町に入るか、とりあえず休みにするか。迷いますね。


「……そろそろこの煤を落としてぇんだが」

「リツカお姉さんがまだ上がってませン」

「流石に上がってんだろ」


 まぁ、あれから三十分ですしね。血と汗を流すだけなら上がっていてもおかしくないです。


「まだ鍵が開いてませン」

「鍵閉めたまま寝たんじゃねぇか」

「浴場の鍵が閉まってから一度も開いてませン」

「長ぇ……」


 ただの冒険者なら、多少戦いの痕を残していても不思議ではありません。けど、戦いを感じさせてはいけない人たちですからね。本来は。


「血塗れの巫女なんテ、王都だけのあだ名で良いでしょウ」

「今更だろ。もはや裏切りの巫女じゃねぇか」

「不本意度では同程度ですネ。ただ裏切られたのは、巫女さん達なんですけド」


 仕方ないですね。


「代わって下さイ」

「あ?」


 舵を代わって貰います。事故を起こされては敵わないので。


水流(【デヴィド】)(・イグナス)

「は?」


 リツカお姉さんから、洗濯機というものがあると聞きました。箱の中で水が、すごい勢いで渦状に流れて洗濯物を洗うらしいです。レイメイさんも洗濯してあげましょう。


「乾燥は自分でして下さい」

「ガボッゴボボッ!? 覚えて――ガボッ」


 指を鳴らして魔法を止めました。


「……」

「乾燥急いで下さイ」

「根に持ってやがったな」

「いつも言ってるじゃないですカ」


 先程の延長になりますけど、サボリさんが戦っていればまだ言い訳出来ましたよ。


「今回はお前もだろが」

「でもあんな間違い方されるなんて思いますカ?」

「それは俺等も同じなんだがな」


 このままでは平行線です。せっかく二人が止めてくれたのにって話になってしまいます。


「勘違いされないようにするにはどうするべきなんですかネ」

「まずお前は独り言をすんな」

「癖になってるんですよネ」

「今後の人生においても独り言なんざ良い印象もたれねぇだろ」

「それもそうなんですけどネ」


 気の抜けてる時とか、イラっとしてる時とかつい出てしまいます。もう勘違いされたくないですし頑張りますけど、勘違いする方が悪いですよね。もう言っても仕方ない事なので黙りますけども!


「そういうサボリさんは実戦で修行する時は気をつけるべきでス」

「ただ戦うだけじゃ強くなってる気がしねぇ」

「他人から見れば遊んでるようにしか見えませんヨ」

「本気でやってんだがな」

「他人にどう見えるかって話ですシ」


 リツカお姉さんと長らく過ごして、私達の意識は結構変わっています。でも、この世界の人間にとって回避とは”疾風”や”転移”ですし。あんなギリギリでちょこちょこ避ける習慣なんてないです。


 そんな事出来るならさっさと殺して欲しい。それが普通の考えです。修行してるなんて誰も思いませんよ。


「お互い気をつけるって事デ」

「仕方ねぇな。まぁ、明日から本気でやってくれるみてぇだしな」


 リツカお姉さんの本気ですか。本当に殺す事は無いとして、どんな修行になるんでしょうね。巫女さんが消耗してしまいますから、怪我もさせないでしょうし。


 まぁ、一つだけ分かっているのは――リツカお姉さんも少しは、サボリさんに怒っているって事くらいですかね。


「リツカお姉さん達が上がったみたいですヨ」

「必要に見えるか?」

「見えませんネ」


 ”風”を使って乾燥させているサボリさんが盛大なくしゃみをしています。そろそろ暖かくなっていく季節とはいえ、北はまだまだ寒いです。風邪ひきますよ。


「あぁ」


 お馬鹿は風邪をひかないって良く言いますね。


「そこはかとなく馬鹿にされとる気がするんだが?」

 

 変な所で感情を読んできますね。他の所でその鋭さを出して欲しいものです。



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