『メルク』北の洗礼③
「あれは、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】……?」
そこまでの敵って事なのでしょうか。それとも、最短で殲滅する為ですかね。
「私も向かった方が……いえ、今私がここを離れると」
町民を足止め出来ません。マリスタザリアを見られなければ、まだ言い訳出来るかもしれません。
「何だあれは!?」
「赤の巫女に似てる……?」
「おい! 一体何をする気だ!?」
情報って本当に武器です。王国では、適当な噂にイラっと来た事もありました。でも、ここまで何も知らない、噂すら聞いてないっていうのは、それはそれでイラっとします。
(今流行りの”巫女”の事を、元”巫女”からしか聞いてないってどういう状況ですか)
来訪者とかから聞いた事ないんですかね。まぁ、今更ですね。
「……? 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】が揺らいで?」
巫女さんに何かあったのでしょうか。いえ、リツカお姉さんに……っ!?
「うわッ!?」
「何この光――!?」
【アン・ギルィ・トァ・マシュ】が発光を……?
(向こうが気になりますけど、魔力は感じてます。大丈夫でしょう)
何か起こる度に悪い方へ向かってしまいます。町民をここまで信じ込ませるなんて。
(リツカお姉さんとサボリさんの修行、見てて良かったですね。私も少しは、避けるのが上手になってます)
かといって、どんどん増えてる町民相手にどこまで逃げられるか。
「ただ平和に暮らしてただけじゃないか……何でこんな事をする!?」
「私達は何もしてませン」
「ルイースヒェン様の言った通りになったのよ!?」
適当に言ったのか、王都の事を知って考察したのかは分かりませんけど、あながち間違っていないのが問題です。嘘だと言えませんからね。
(マリスタザリアを倒したら、私達は退散した方が良いんじゃないですかね)
私達が居た方が、より悪意が澱みそうです。
「牧場で化け物共が暴れてるぞ!!」
「ほら……! ルイースヒェン様の方が正しいじゃない!?」
「そこで巫女さん達が戦ってるでしょウ」
「巫女とその仲間は居るが……戦わないで見てるだけだぞ!!」
巫女さんが【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を出したんです。もう巫女さんは動けないでしょう。それでもまだマリスタザリアが居るのなら、一体だけ本物の化け物が居たんですね。マクゼルトみたいな。
そうなると巫女さんが動けないのと同様に、リツカお姉さんも戦闘不能になっている可能性が高いです。マリスタザリアの相手はサボリさんになるんですけど。
(まさか、またいつもの癖が?)
何にしても変な所を見られて、また悪い方にいったみたいですね。
「もうバレてしまっているのなら、牧場に行きますか」
(一撃でマリスタザリアを殺しきり、この町を離脱しましょう)
巫女さん達なら説得するでしょうけど、町民と遊んでる場合ではないです。
「な――ッ!?」
ルイースヒぇンさんに説明を終えた辺りで、マリスタザリアの一団が大爆発に巻き込まれました。あの魔力色は、シーアさんです。間近で爆発を見ることになったレイメイさんが、爆炎の向こう側に。
「大丈夫かな」
「驚く余裕はあったようですから、逃れられたはずです」
「ちゃんと逃げれるくらいの猶予は与えましたヨ」
”疾風”で飛んできたシーアさんが、私の様子を見て納得したといった表情を浮かべました。
「先程までの状況、町民が見てましたヨ。もう言い訳できそうにないでス」
「本当に運がないわね」
「あなたにだけは言われたくありません」
レイメイさんはマリスタザリアに攻撃する事無く避けているだけ。私達は離れた場所でそれを見ているだけ。町民からはそう見えていたでしょう。実際レイメイさんは遊んでいるようなものですけど……。
「ン? 仲直り出来たんですカ」
「んー……。仲直り、ではないかな?」
お互い嫌ったままですし、ちょっと素直になっただけ? 仲良く見えるかもしれませんけど……。んー、複雑です。もやもやってします。
「お゛い゛」
「やっと戻ってきましたカ」
「てめ゛ぇ゛……」
「全員揃ったので、町民が集まってくるまでに決めます」
黒い煤をつけ、服がぼろぼろになったレイメイさんを軽く無視します。残念ながら、怪我をしていないレイメイさんに構っている暇はありません。町民はもうここに向かっています。
「リッカさま。どうですか?」
「”光”は向こうまで届いてたけど、地下までは」
それに、負の感情が強いです。
「先代巫女様は、余程この町で信頼されているようで」
「お褒めに預かり光栄ね。赤の巫女様」
もう私達がどうこう出来る問題を超えています。
「私の言葉は全然通じませんでしたけド、お二人ならどうでス?」
「無理かなぁ」
「今まで受けた事のない感情がこちらに向かっています。正直、私達の言葉は逆効果でしょう」
「議論なんざいらねぇだろ。さっさと船に戻るぞ」
私の治療は終わっています。行こうと思えばいけます。
「そうは、いかないんですよ」
立ち上がって、腕の調子を確かめます。
「全員地下から出て来てる。多分私達が何もしてないって事で、町民達でマリスタザリアを倒す気だよ」
シーアさんが倒しきっているとは知らないでしょう。爆発が起きた事から、より緊張感を高めているはず。
「何が起きてるのかを町民が理解するまでに一瞬時が止まるはず」
緊張してやってきて、マリスタザリアが一体も居ない。そんな事になれば思考が一瞬止まるでしょう。
刀と剣をアリスさんに預け、私は町の方へ歩き出します。
「リッカさま……?」
「私がやる。アリスさん達は隠れてて? ルイースヒぇンさんはそのままで」
「私が居ると勘違いされるわよ?」
今の町民なら、私が脅しているとか人質とか思うでしょうね。でも、怒りの瞬間も体は固まります。思考の沸騰は正常な判断を狂わせるのです。
「三秒あれば事足ります」
「三秒?」
「リッカさま、それは」
腕輪は汚れ一つありません。魔力の通りも良い。”強化”と”光”なら発動出来ます。でもそれだと、二人が限界。浄化対象者は十名を越えています。
「信頼回復は望めないけど、”巫女”としての仕事はする」
ちょっと疲れるだけです。心配はいりません。
「町を救ってあげたんですから、せめて事後処理くらいしてくださいよ」
「はぁ……。ま、良いわ。この町だけの評判って事にしてあげる」
「それで良いです。せめて私達が魔王を倒すまで、町に留めて置いてください」
戦後の話なんて、その時にならないと分かりません。今分かってる事は、今ここで悪評が溢れると……今後の活動出来ないって事です。
「リッカさま、私が――」
「【アン・ギルィ・トァ・マシュ】と私の治療、それも……私の肘の治療で、アリスさんの魔力がギリギリなのは分かってるよ」
「っ……」
アリスさんが出来るのなら、それが一番です。
私がやればきっと、町民の怒りは更に大きくなるでしょう。ルイースヒぇンさんの言い訳が、更に厳しい物となるはずです。だからって、それがどうしたっていうんです。
私にとっては、アリスさんの体調優先。これ以上の魔力消費は生命に関わります。
「シーアさん、アリスさんをお願い」
「分かりましタ。サボリさんは船の準備しておいてくださイ」
「まだ文句言い足りねぇんだが」
「もたもたやってるからこうなったんですヨ?」
「グ……」
もうそこまで来ています。
「――私の強き想いを抱き、力に変えよ」
もって十秒。頭痛との闘いです。逃げる為の力を残さなければいけないので、長くても五秒で全員の悪意を沈めます……っ。