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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
41日目、洗礼なのです
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『メルク』先代⑯



 悪意は何故か、牧場だけで吹き荒れています。いえ、何故か……ではありません。


「アリスさん……」

「はい。あの、声ですね……」

「あれは、そうなの?」

「多分、魔王です」


 マクゼルトから報告を受けていた。そんな口ぶりでした。これ程の悪意を、私達の回りでだけ吹かせる力。悪意の塊のような人形……。魔王としか、思えません。


「レイメイさん。いけますか」

「問題ねぇ」

「戦いたいでしょうけど、魔王は私がやります。ただ、ここは牧場です」

「全部言わんでいい。化け物は俺がやる」

「頼みました」


 あの魔王が居たら、私はそちらで手一杯です。マリスタザリアは……レイメイさんに任せます!


「アリスさん。一緒に」

「はい。恐らくあれは……魔王本体ではないでしょう。しかし」

「うん。一端であっても、見ておきたい」


 どれ程の一端なのかは分かりません。それでも、魔王に追い縋るチャンス! 絶対に、物にしなければ……!


「ルイースヒぇンさんはこの盾の中に」

「説明くらいして欲しいけど、後で良いわ」


 アリスさんは杖を地面に刺したままです。でも、ブレスレットがあれば、アリスさんは魔法を使えます。


 闇が晴れていきます。その闇の向こうには、いくつもの強大な悪意。全てが……魔王産です。


「レイメイさん。気をつけて下さい。全部、魔王産です」

「魔法と体術使いか。上等だ」


 戦いを楽しむなと言いたいですけど、高揚は戦いを有利にします。口出しはしません。


 周囲のマリスタザリアの強さは、王国侵略戦争で出てきたマリスタザリアより強いです。数にして、四十体。


(あんなに広範囲、しかも長時間汚染されるとは思わなかった)


 本当に、危なかったです。”疾風”で上に逃げたのは失敗でした。あの黒い人形(ひとがた)に少しでも攻撃を加えたいと思った事が完全に裏目でした。


 一度の”疾風”ではアリスさんの元に届かなかったのです。少しだけ焦ってしまいました。突然の声と警鐘が、私に歌劇場を思い出させたのです。それが、原因です。


 反省は終わりです。運良く、アリスさんの元に戻れました。私の役目を果たすとしましょう。


「死なないように」

「分ぁっとる。さっき死にかけた阿呆には言われたくねぇ」

「手痛いですね……」


 レイメイさんが居なければ死んでいたとはいえ、そこまではっきり言わなくても。助けられた側なので、多くを言えません。明日の修行を、より過激にする事で報いましょう。


「お二人共、無茶だけはしないようにお願いします。危ないと思ったら逃げに徹しましょう」

「うん」

「あぁ」


 レイメイさんはこちらに来ましたけど、シーアさんの姿はありません。多分町民を守ってくれています。ならば、前に集中するだけです。

 闇が晴れるまでもう少し……三……二……一……。


「状況、開始っ……!!」


 アリスさんの盾を飛び出し、敵の一団へ――。




 サボリさんを送り出したのは良いですけど、ここは暇ですね。


「牧場の方が騒がしいですね。多分リツカお姉さん達でしょうけど」


 共和国語で独り言を話しています。最近は抑えようと頑張ってたんですけどね。やっぱり癖は抜けません。まぁ、この癖はソフィお姉ちゃんの所為ですけど。


「サボリさんは間に合ったでしょうか。マリスタザリアは出たのでしょうか」


 牧場には数十体程の家畜が居るだけですからね。マリスタザリア化してもそれくらいでしょうか。


「三人が居ればここまでマリスタザリアは来ません」


 リツカお姉さんと巫女さんが居て、たかだか四,五十体程度のマリスタザリアを逃すはずが有りません。

 問題は、この場所で悪意が暴れた場合ですね。


「ただマリスタザリアを殺すだけなら、私だけでも大丈夫ですけど」


 町民が変質したらどうしましょう。殺す覚悟ってのは出来てますけど、私に実行出来ますかね。殺しが出来るかどうかではなく、攻撃が通るかどうかって意味です。


「かっこつけすぎましたかね」


 覚悟だけしておきますか。町民を殺させないために、命を懸ける覚悟を。


「もし町民が死んだら、いよいよ”巫女”が死んでしまいます」


 どんなに汚名を着せられようとも、死者だけは出してはいけません。その為の私です。一対一でリツカお姉さんと巫女さん、サボリさんに勝てなくとも、私には広範囲を守れるだけの力があります。


「どんなお祭りをしているのかは分かりませんけど、ここは任せて下さい」


 牧場の方に見える黒い空間。あそこに居るんですね。


「妹はいつだって、姉を支援するものです」


 後ろは守って上げますよ。



 レティシアは、共和国の言葉で独り言を話していた。たとえ聞かれても問題ないようにと。独り言はレティシアの癖だ。思考を纏めるために、言葉にしている。その時は共和国の言葉で話す。


 今回の話を()()()聞いたのなら、もしもの為にレティシアがここに居るという内容だった。しかし――。


(マリスタ、ザリアっていうのは化け物の事かな……? ルイースヒェン様が言ってたような……)


 ルイースヒェンの自宅の地下には秘密の部屋がある。マリスタザリアが襲って来た時の為だ。入り口はルイースヒェンの家の中。しかし、出入り口が一つだけであった場合、家が壊れた時に出られなくなるからだ。


 この町は”神林”に似ている。しかしどんなに真似ていても、所々違いはある。湖にかかっている桟橋もその一つだ。レティシアはそこでぼーっと湖を眺めている。

 

 桟橋の下は、地下からの隠し扉がある。


(えっと、マリスタザリア……出た……来る……祭り……?)

 

 単語が分かる程度だけど、聞き耳を立てている者は共和国語を理解している。ただ、抜き出した単語が問題だった。


「早く、皆に伝えないと……」


 焦燥を浮かべ、地下道を走る。


 抜き出した単語から、”マリスタザリアが出現しここに向っていて、桟橋の上で独り言を言っていた者は、それを楽しんでいる”と、思ったようだ。


「今の巫女って………!」


 ”神林”での役目を放棄し旅をしている。そんな無責任な巫女。それがこの町での評価だった。


「人の心がないの……!?」


 マリスタザリアを呼び寄せ、それを楽しむ巫女。それが、新しい評価になってしまった。



「釣りでもしましょうかね」


 釣竿を見つけました。落ちてるんですし、使うくらい良いでしょう。


「ん?」


 この湖、意外と浅いです。


「川釣り用ですかね」

「おい……!」


 後ろから急に声をかけられました。何故か町民が十人くらい出て来ています。


(出口が他にもあったんですか。でも、なんで怒ってるんでしょうね)

「落ちていた釣竿を勝手に使った事は謝リ」

「あんたら何て事してくれたんだ!!」

「ここって釣り禁止だったんでス?」


 本物の”神林”ならまだしも、普通の湖で禁止っていうのもおかしな話です。この町のしきたりなら従いますけども。


「釣りとかどうでも良いんだよ! 化け物なんか呼び寄せやがって!」

「うン? 何の事でス」

「恍けるな! ルイースヒェン様が言ってたんだよ……!」


 もう先代巫女の作戦は始まってるみたいですね。リツカお姉さんを出し抜くなんて、元”巫女”も侮れませんね。


「呼び寄せテ、私達に利益があるとは思えませんネ」

「さっきあんた、祭りが始まるって言ったらしいな!」

「は? あぁ、ただの比喩――」


 私の言葉を遮り、牧場の方から咆哮がいくつも上がりました。本当に呼んだんですか、先代巫女は。しかも今、こんな時に。


「ひぃっ」

「や、やっぱり!」

「こいつを捕まえて”巫女”を脅そう!?」

「馬鹿! 人の命を弄ぶ”巫女”がそんな事で止まるわけねぇだろ!?」


 これが、北の洗礼って事ですかね。”巫女”の事を誰も信じてません。誰も神誕祭に誰も来てないようですし、もうダメかもしれませんね。


「浄化は諦めた方が良いですよ。お二人さん。もう誰も”巫女”を信じてくれません」

「今諦めろって……!」

「こいつだけも捕らえろ!!」


 どうやら、一番後ろに居る女性が共和国語が分かるみたいです。ただ。


「中途半端にしか聞こえてないじゃないですカ。適当な事言わないで欲しいですよ全ク」


 さっきの事もそうだったみたいですね。中途半端な言葉しか理解出来なくて起きた誤解ですか。”巫女”の逸話にそんな事がありましたね。


「アルツィア様の気持ちが少しだけ分かりましたヨ」


 確かにこれは、歯痒いです。


 とりあえず、逃げながら防衛しますか。ただでさえ”巫女”が不利な状況です。ここで死人が出たらって話です。


「サボリさんが向こうで良かったです」


 今ここに居たら、あの人の事ですから余計に拗らせます。野蛮サボリさんですからね。



ブクマありがとうございます!

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