『メルク』先代⑫
「続けます」
「邪魔したわね」
「……」
アリスさんと先代の間に火花のようなものが。私と先代の間に入り、先代の視線から私を隠すように立ったアリスさんが微笑み、続きを話し始めました。
「諦めてしまう方も居ますけど、基本的には前向きに役目を受けます。しかし”巫女”の殆どが、”神林”での役目に疲れ果て……移譲式の頃には辞めたいと思ってしまうのです」
私には、分からない感覚です。出来るのならばずっと”巫女”で在りたいとさえ思っているのに。
「二者の間で、想いは一致しています」
「だから移譲式の同意で、止まった事がないんだ」
「はい。本当であれば……私の時も移譲式を行う予定だったのですけど……」
先代はアリスさんを穢そうとし、その結果移譲式を行う場を用意出来ませんでした。確かに、自業自得です。
「……そっか。今にして思えば、なんであそこまで……”巫女”に拘ってたのかしら」
「失いたくなかったからでしょう。”巫女”だからこそ得られた贅沢を。しかしそれは、”神林”に居たから欲した物です。ここには自由があります。”巫女”である必要がありません」
しかし先代は、今でも”巫女”に固執していたはずです。
「”巫女”としての役目を終えたあなたを、この町は優しく迎え入れたはずです」
「えぇそうね。両親も最初こそ驚いてたけど、すぐに分かってくれたわ」
「ならばなぜ、私達を陥れるような真似を」
神隠しや、今私達がここに居る理由である騒動、私達を陥れて一体どうしたいのでしょう。
「”巫女”を辞められた事は嬉しかったわ。少し寂しさはあったけど」
「それならば、静かに過ごす事も出来たはずです」
「貴女が素直になったから、私も素直になってあげるわ」
先代さんの雰囲気が変わりました。ドルラームはそれを鋭敏に察知し、離れていきます。
「私も貴女が……大ッッッ嫌いなのよ!!」
地面を踏み鳴らし、魔力を発露させました。臨戦態勢です。
「”巫女”として過ごすのも悪くなかった。イェルクが持ってくる、権力者達からの賞賛も悪くはなかった。集落の人が見せる敬意も、何もかもが悪くなかった」
集落の毎日は嫌いだったようですけど、そこで受ける待遇は悪くはなかったと。
「アンタと……森だけは嫌いだった……ッ!!」
「……」
「その目よッ!! 何でも知ってるって目……ッ!! こっちの事を何でも知ってるって態度も……!」
アリスさんの感覚は鋭いです。見透かしたように、相手の考えを読むことがあります。集中している時と他にもある条件が揃った時だけのようですけど、正確です。
先代は、それが嫌だったと言います。私はアリスさんが自分よりも大切なので、アリスさんが私を見たいというのであれば全て見せます。……いつか、全て!
先代から嫌いと、強い憎しみを向けられているアリスさんの表情は涼しいです。どちらかといえば、私の方に意識が向いている気がします。
アリスさんなら、先代が嫌っていた事を知っていたでしょう。
「森は寂しい所だった。誰も居ない、何もない……ッ!」
また、私には分からない感覚です。あの森に居る時、私は幸福に包まれるのですけど。”巫女”しか入れない神秘の森は、全ての人に幸福を与える……という訳ではないようです。
「寂しい……ですか?」
「アンタは違うっていうの!?」
「リッカさまも私も、”神林”でそんな気持ちになった事はありません」
「向こうの世界に居た時……森に居る間だけは、幸福でしたけど……」
こちらではアリスさんのお陰で、寂しさを感じた事はありません。
「やっぱり、変わり者ね。アンタ達」
先代が私達から離れる為に歩きだしました。
「イェルクが私を歪めたって言ったわね」
私達に背を向け、話し始めました。その背に、拒絶を感じます。今朝会った時と同じ空気です。
「私は”巫女”に歪められたのよ」
「それが、あなたが出した結論ですか」
「そう。私は、ずっとアンタに復讐したかったッ!!」
あ。限界です。私はもう、口を挟まずにはいられません。
「復讐って、アリスさんは何も」
「生まれてきたでしょ」
「は?」
「この子が居なかったら……もっと穏やかな集落生活を送れたのよッ!! 生まれてさえ来なければ良かったのよ!」
言葉がありません。生まれただけで、復讐の対象に? 何を言っているのですか。アリスさんが生まれてきてくれて、私は神さまに感謝するばかりだというのに。
「リッカさま……」
「あ……ごめん。聞き捨てならなさすぎる言葉だったから……」
「い、いえ。ありがとうございます。リッカさま」
アリスさんは気にしてないようです。良かった。
「睦み合ってんじゃないわよ……ッ!」
「睦……?」
首を傾げながら先代を見る私の前に、アリスさんの背が現れました。
「私は生まれて来ました。それは私にはどうしようもありません。謝る事も出来ません」
しっかりと相手を見据え、アリスさんは真っ直ぐに立っています。私が前に出る必要はありません。アリスさんの戦いを見守ります。
「うっさいッ! だったら黙ってれば良かったのよ……!! アンタを見てすぐに分かった……明らかに、アルツィア様の姿が見えてるって……ッ」
先代は神さまの姿が見えません。それでも、アリスさんの様子から分かるのは”巫女”だからでしょう。アリスさんの力が分かっていて、虐げていた事に憤りを感じます。
(私の怒りは、マリスタザリアが出た時まで取っておく……)
この牧場で悪意が吹き荒れれば、牧場の家畜達がマリスタザリア化します。そうなった時、ここで全て倒す……! そして先代には眠ってもらいます。そのまま移送するしかありません。町民に説明しても、信じてもらえないでしょうから。
「いつか”巫女”になるのは分かったわ……。それに、自分の無力も……ッ! 嫉妬した……どうでも良いはずの”巫女”が……惜しくなった……!」
「ならば何故、私の言葉に耳を……。それが出来ないから、恨んだのでしたね」
「分かるっていうのも考え物ね? 私がどれだけ……自分の矛盾に苦しんだか分かるんでしょッ!?」
どうでも良い”巫女”の役目。狭い集落での生活。全てに飽いていた先代が、アリスさんの存在に”巫女”として嫉妬したのです。その時に起きた先代の心境はどんな物だったのでしょうか。
「どんなに自分を騙しても、苦しかった”巫女”の仕事……。アンタはアルツィア様から慰められてたんでしょうけど、私にはそんなのはないわッ!!」
アリスさんは神さまから慰められたと良く言っていました。でもそれは、先代達の理不尽な虐めが行われていたからです。
「皆崇めるけど、助けてはくれないッ! 一言目には役目……二言目には森……森、森……森ッ森ッッ!! 私の顔は全ッッ然見ない……ッ」
集落の人たちの反応を思い出します。そういえば、私じゃなくて”巫女”を見てましたね。
「こんな仕事……辞めたいって思ってたのに……ッ! いざ無くなるとわかると……アンタに奪われると思ったら……ッ」
ただの代替わりなら、先代は大人しく下がったのかもしれません。でも、アリスさんの才能と力が、先代の心に矛盾を生んでしまったのです。
「”巫女”の苦しみは”巫女”にしか分からない……。唯一の理解者……アルツィア様と話せない私には、どうしようもないのよ……ッ! 矛盾を抱えたまま、何をすればいいのか分からない毎日を生きて……ッ!!」
悲痛に歪んだ表情で、よろめいています。張りと潤いを失くした唇が切れてしまいました。整った顔ですけど、化粧が厚いです。多分あの下は、やつれているのでしょう。
今でも、そうなのでしょう。”巫女”を辞めて自分の故郷に帰って来たにも関わらず、元”巫女”として扱われたのでしょう。でも、”巫女”として生きる事が辛かったはずの先代は何故……。
「何故、”神林”と似ているのですか」
アリスさんが代わりに尋ねてくれました。
この町の、先代が住んでいる場所を中心に、”神林”集落に似た景色が広がっています。こんなにも嫌がっているのに、何故こんな事をしているのか疑問なのです。
あぁ……と、先代が肩を竦めました。この景色は、自分の意思ではない……?
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