『メルク』先代⑩
”巫女”として最善を取るのなら、シーアさん達の帰りを待ち、状況を把握する。そしてその後を決めるべきでしょう。間に合って、先代と対面する事になったなら、なるべく穏便に済ませる為に話し合いをするべきです。
でも、私は……。
「私は、アリスさんを支えたい。一緒に行こう」
「しかし……っ」
「人の気配が一箇所に動いてる。まだ町の中には人が居るけど、隠れていけるよ」
恐らく避難行動です。今ならいけます。
「我慢してないって言ってたけど、アリスさん我慢してる」
私はよく、我慢してると指摘されます。でも、アリスさんも結構我慢症です。
「一緒に行こう? 私みたいに毎回は良くないけど……アリスさんはもっと、我侭を言っても良いと思う」
自分の感情に正直になっても良いと思います。因縁のある相手である先代巫女の暴挙。ここで手を拱いていては、アリスさんの中にわだかまりが残ってしまいます。
「思うがまま、動いてみよう?」
「……良い、のでしょうか」
「偶には、私に飛び乗るくらいの気持ちで動いてみよ? 私はちゃんと、アリスさんを支えきるから!」
私がアリスさんを支えた事は、数えるほどしかありません。その全てで共通しているのは……本当にちょっとだけ、支えてるだけでした。アリスさんの性格だと、考えなしに行動なんてしないので当然ではあります。だからこそ偶には、私に――全部任せるくらいの気持ちで行動して欲しい。
いつも私の後ろを守ってくれるアリスさん。今日は私が、アリスさんを後ろから守ります。
「後ろは任せて?」
「……はいっ!」
アリスさんを全てから守ります。”巫女”としてのアリスさんも、傷つけさせません!
「巫女さんから”伝言”、というよりリツカお姉さんからですネ」
「何だ」
「もう行くそうですヨ」
「おい。納得してたんじゃなかったのか」
町民を逆撫でするような行為ですから、もう少し待ってとお願いしたわけですけど、こうなる気はしてました。今日の巫女さんは意固地でしたからね。
「”巫女”には譲れない物があるんじゃないですカ?」
「何だそりゃ」
「直接聞いた方が早いですヨ。まァ、戻る手間が省けた分、町民を守るために動けると思いましょウ」
先代巫女との話し合いはお二人に任せ、私達は町民を優先しましょう。二人も、後ろに私達が居た方が安心出来るでしょうし。
「はぁ……。まぁ、今に始まった訳じゃねぇからな。赤いのの我侭は」
「何を言ってるんでス?」
「あ?」
やれやれ。わざわざリツカお姉さんがって言ったじゃないですか。
「もしリツカお姉さんの我侭だったラ、巫女さんが”伝言”しますヨ。あくまで自分の考えかのようにでス」
「じゃあ」
「今回は巫女さんの我侭でス」
珍しい事もあるものですね。先代巫女に少し興味が湧きました。巫女さんがリツカお姉さん以外に執着するなんて事があるんですね。
(リツカお姉さんと違って――固執みたいですけど)
良い結果にはならない気がします。リツカお姉さんの頑張り所でしょうか。巫女さんが傷つかないように――って、余計なお世話って奴ですね。
「そろそろ前線で戦いてぇんだが」
「相変わらず餓えてますネ」
「実戦じゃねぇと成長が実感出来ねぇ。赤いのは殺す気でやってくれねぇしよ」
「……ヘンタイなんでス?」
「違ぇよッ!! どんな曲解してやがる!」
てっきり嬲られたいのかと。
「サボリさん的にはどっちが良いんですカ」
「どっちって何だ」
「嗜虐性の高いマリスタザリアと殺意の高いマリスタザリア。どっちの相手をしたいんですカ」
「あぁ、そういやそんな種類が居るとか言ってたな」
マリスタザリアは、人の負の感情によって性格を変えるそうです。人殺しを楽しんでる人とかは嗜虐性が上がるみたいですね。強い怒りや復讐を考えてた人なんかの影響を受けると殺意が上がったり、様々です。
大きく分けるとこの二種だそうですけど、魔王産のマリスタザリアになると、そういった感情を抜きにして任務を優先するみたいです。
「殺意が高ぇ化け物だな。俺を本気で殺しにかかってくれなきゃ意味がねぇ」
「魔王産はどうなんでス」
「その化け物は巫女共しか相手しねぇだろ」
「譲ってもらったらどうでス?」
「アイツは化け物を見たら速攻だからな。譲るとかねぇよ」
それが定石ですからね。しかしリツカお姉さんも、サボリさんの成長の為ならば譲るでしょう。
「もしマリスタザリアが現れたラ」
「あぁ」
「ここは私が守って上げまス」
「あ?」
「察しが悪いですネ。行って良いと言ってるんでス」
「……」
どうせ私は、幹部達とは1対1で戦っても勝てません。せいぜい支援役です。ならばここは、サボリさんの育成を手伝うのが良いってもんです。
「貸し一ですヨ」
「お前から借りたくねぇ……が、行かせてもらう」
「この先の町にはゾルゲみたいな所はないですかラ、安心してくださイ」
「お前じゃ安心出来ねぇって話だろうがッ! 昨日の店での支払い分返してもらってねぇぞ!?」
そういえば伝票置いたままでしたね。
「いくらでしたっケ」
「六万三千だ」
「そんなに食べましたかネ」
「店員が引くくれぇ食ってたぞ」
東方の料理が結構おいしくて、予想より食べたのは覚えてますけど。六万もでしたっけ。
「サボリさんのお酒おいしそうでしたネ」
「あ? あぁ……そうだな。まぁまぁ美味かったな。ワインよりは合ってたぜ」
やけに話しますね。動揺してるんですかねぇ。
「東方との貿易に際シ、お兄ちゃんは二つの税を課していまス。特産税。東方だけに生息している植物等を使っている食材、日用品に約二パーセントの税。これハ、環境保護を考えての事でス」
「……」
基本的には自由貿易ですけどね。西と違って。
「そしてもう一つが酒税でス。これが結構高くてですネ。東方のお酒はどうやらアルコール度数が高いらしク、健康被害を考えてより高くしてまス。確か二十パーセントでしたかネ」
お酒が入ってくることは殆どありません。流石は東方文化に最も近い町。お酒まで用意するとは、念の入り様が段違いです。
「ボトルでならまだしモ、単品でしたネ。驚く程高くなったんじゃないですカ」
「……」
「それデ、私の食べたのはいくらでス? せっかく貸し一のお返しは二万以内にしようと思ってたのニ、このままだと十万コースですネ」
私から毟り取ろうなんて百万年早いんですよ。
「お前……少しくれぇ良いだろ」
「それなら最初から言ってくれれば良いんですヨ。変に騙そうとするかラ、ちょっとやる気になってしまいましタ」
「クッ……」
まぁ、自分の食べた物ですし。ちゃんと払いますよ。
「仕方ないですネ。折半で良いですヨ」
「なぁ…………結局損してねぇか?」
「詐欺税でス」
正しい金額である五万三千。そう言ってくれればしっかり返したんですけどね。案の定多めに申告してきました。
「口は災いの元。貸し一の値段も上がっちゃいましたネ」
「いくらだ」
「二万で抑えるつもりでしたけド、五万でス」
「二万でも高ぇんだが」
「今回は料理だけじゃないですかラ」
「そういう問題じゃねぇ」
そうは言っても、こっちは騙されそうになった訳ですし? 戦いたいっていう我侭を叶えてあげる訳ですし?
「それじゃア、欲しいの一つで良いですヨ」
「何だ」
「料理人でス」
「は?」
「共和国と王国の主要都市にも良い料理人は居ましたけド、もっと良い人が居るかもしれないでしょウ」
欲しいのは最高の料理を作れる料理人です。何れある式典の為に必要になります。
ただ、まずは良いお店を探さないといけないんですよね。
「良いお店知りませんカ」
「聞く相手を間違えてるとかって話じゃねぇな」
「まぁ、ですよネ」
お酒の事しか頭に無い人ですからね。
「探しておいてくださイ。それでチャラでス」
「納得いかねぇ……」
「お金は良いでス。探すだけで良いんですヨ」
「はぁ……分ぁったよ」
お姉ちゃんの為ですし、元々私がお金を出すつもりでした。サボリさんは探すだけで良いです。
結婚式は華やかでなければ。
「さぁ、最後の町民っぽい人が入っていきますヨ」
「みてぇだな」
あれは、先代巫女の家でしょうか。全員が入るには小さいです。多分、地下ですね。絶対避難所です。地下に居てくれるのはありがたいですね。守るのはあの家だけでいいです。
さて。
「サボリさン。行って良いですヨ」
「あぁ」
防衛戦。得意という訳ではありませんけど、相手を倒すだけでいいなら得意です。
守るのは家。壊れても地下は無事となれば、楽ってもんです。