旅立ち②
朝食は静かに食べました。昨夜までは会話がありましたが、今日はありません。
(今日、アリスさんが出発するんだから、しかたないかな?)
二日間で、アリスさんが集落の皆さんに愛されているのが良く伝わってきました。
昨日、湖までの道中での話しですが、アリスさんも”巫女”になったのは三年前。その六年前に世界の話を聞いたとの事です。
”巫女”になるより前に、世界の危機を聞かされる。私とは、覚悟が違います。私は、森に入れるから。くらいのものでしたからね。
あぁ……また自分が嫌になってしまいます。こんなんじゃ、守れません。
アリスさんは物心ついたときから神さまが見えていたそうです。
修道士だったエリスさまと集落在住の元守護長だったゲルハルトさまが出会い、アリスさんが生まれ、そのアリスさんは神さまが見える子だった。
”巫女”になるのは、必然だったのかもしれません。
私とは……境遇が全く違うのは当たり前ですけど、”巫女”になったのは私と同じ歳くらいでしょうね。
そんな年齢で、この世界の救世主として”お役目”を受ける……。
つまりその時から今日まで、ずっと世界を救うための鍛錬を毎日つんでいたはずです。いえ、訓練はそれより前からかもしれません。何しろ神さまはアリスさんの才能を最初から知っていて、世界の危機を教えたのですから。巫女として、世界を救うために、ずっとずっと……。
(そんなアリスさんを見ていた、集落の方たちのアリスさんへの気持ち――)
そんなことを考えながら、私の隣で水を飲んでいるアリスさんを見ます。
(こんなに、綺麗で、笑顔がまぶしくて、無邪気な一面もあるのに……それでも、懸命に世界のために命を賭けて戦う人……)
私の決意の炎が、より強く燃えます。
(絶対、守りきる)
そして、帰ってこよう。この日常に。アリスさんがずっと笑顔で居られるように。
私はアリスさんのためなら、なんだってできる。アリスさんだけじゃないけど、まずはアリスさんを完璧に守りきる。自分のことなんて、考えてる暇はない。
見すぎだったからでしょうか、アリスさんが私をチラチラと赤い顔で伺っています。
「ご、ごめん。少し考え事してた」
慌てて謝って、前を向きスープを飲みます。
エリスさんが、「ごめんなさいね、リツカさん。アリスのではないけど、私が作ったスープで我慢してね?」と、ニコニコと渡してくれたものです。バレテル。恥ずかしい。
……あんなに緩みきった顔でアリスさんスープ飲んでたら、誰にでも分かりますね。ええ。……はぅぅ。
アリスさんのより、少しだけ初めから甘みが強いスープを飲みます。旅の間も、アリスさんと笑顔でいられたらいいなぁ。と思うのでした。
食後、少しだけ一人の時間が出来ました。
アリスさんは、集落のことを集落長ゲルハルトさまと、守護長オルテさんと話し合っています。
『やぁ、リツカ。暇かい』
ナンパのような掛け声で神さまが話しかけてきます。
「ええ、アリスさんは長たちといますので」
それにしても、覇気が余りありませんね。
『心配してくれるのかい、優しいねリツカは』
そう言って頭を撫でようとしてきます。
「アリスさんも優しいでしょう」
私はひょいとかわします。
『……アルレスィアは確かに優しいけど、うん。これは言わないほうが身のためか』
――こういったことは自分たちで気づかないと意味がない。
そう言って私を撫でることができなかったのがショックだったのか、手を見ています。ちょっと罪悪感を感じますけど、この年齢で頭を撫でられるのは少し、恥ずかしいです。
『気だるい理由だけどね』
唐突に話を再開します。この切り替えの早さは見習わなければいけません。
『魔王のことをね、少し調べた』
大事な話しが始まろうとしています。でも、それは私だけで聞いていいのでしょうか。
『あとで、きみから伝えておくれ』
時間の有効活用、といった所ですね。
『前、三人居ると言ったろう。得意分野が三つあるのはって』
「言ってましたね」
『あれの3人目が魔王だ』
「予想はしてましたけど、そうなのですね……」
私は驚き半分納得半分といった面持ちで話しを聞きます。
『”闇”と”悪意”は分かってるんだが、あとはわからないんだよ』
「私のことや、みんなのことはわかってるのに、ですか?」
『ヤツは隠れるのが上手くてね。なにより私の意識の隙間を縫って生まれたような存在だ。分からないことのほうが多い』
この広い世界で、魔王を探す……。数年は見ておくべきでしょうか。
『分かってるのは、この世界の悪意の塊って事と、得意分野が三つ以上ってことさ』
「以上って、三つじゃないんですね」
『そういうことだから気をつけておくれ。リツカ。何がおきるかわからないからね』
魔王のことを話す神さまは、いつも困った顔をしてしまいます。
自分の不始末といっていましたが、しかたないのではないでしょうか……。
「ありがとうございます。神さま。気をつけます」
私は恭しく、頭を下げました。そんな私に神さまは優しく微笑むのです。
私は目を閉じ、”神林”から流れてくる風に身を預けます。優しく私を包み込んでくれます。きもちい……。
でも、なぜか少し遠く感じます。この集落に入ってから何度かこういった感覚に陥りました。なぜでしょう……。
この感覚が嫌で、より集中しようとしたところ、ぱたぱたと走りよってくる音が2つ聞こえました。足音の軽さとこの気配は。
「リツカさまー」
エカルトくんとエルケちゃんですね。私の傍にきたエカルトくんを膝の上に乗せます。すっかり、なつかれてしまいました。
(今日で、しばらくお別れだなぁ)
せっかく仲良くなれたのに、残念です。帰ってくるまで、覚えていてもらえるでしょうか。
いつだったか、祖母から聞いた事があります。幼い頃に自分に懐いていた七花さんが、暫く会わない内に自分の事を忘れていて悲しかったと。
七花さんが家に寄ると、それを笑い話にしていました。
「アルレスィア様と、旅に出るのですよね」
エルケちゃんが、苦しそうに尋ねます。
「うん、ちょっと長くなっちゃうかな? ごめんね、アリスさん借りていくよ」
エルケちゃんが、違うと言わんばかりに首を横に振り。
「いえ、アルレスィア様はうれしいでしょうからっ」
力強く、私を見ます。
「ですから、アルレスィア様を泣かせたら……許しませんっ」
子供らしい、アリスさんを心配する声に、私の顔が綻びます。
「うん。任せて。絶対、アリスさんが笑顔のまま帰ってこれるように頑張るから」
「―-はい!」
私はエルケちゃんを笑顔で撫でます。そんな私たちを、エカルトくんは不思議そうに、でも嬉しそうに見ていました。
アリスさんのために私の全てを捧げる。
約束を重ね、私の蓋の厚みが……増していく――-。
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