『メルク』先代⑨
翌日の昼。アルレスィアは”神林”で”巫女”となる。ルイースヒェンから”光”を剥奪する。”光”は元々アルツィアが直々に渡した魔法だ。遠隔でも奪える。
『いくよ。アルレスィア』
「はい」
『――光よ』
アルレスィアに”光”を与える。この時、アルレスィアとルイースヒェンは一瞬だけお互いを理解した。
「そうですか。巫女様は、私を……」
『……アルレスィア。ルイースヒェンはもう、”巫女”じゃないよ』
「……はい」
アルレスィアは昨日の事を知ったようだ。何故”神林”で過ごす事を許可されたのかを。
「ルイースヒェンさんは、どうなるんですか?」
『本人の意思を尊重するよ。ここに残るか、出て行くかを』
アルレスィアに、核樹の杖と髪を数本渡し説明する。そして、”巫女”アルレスィアが誕生した。
「……そっか」
「申し訳ございません。寝ずに探したのですが……」
「良いわ。もう」
間に合わなかった。
いつもは隠れていたアルレスィアが、”神林”から堂々と出て来る。それを集落の人間が見ている。そして、理解した。
「――光よ」
”光”が周囲を照らす。その”光”を、虚ろな目でルイースヒェンが見ている。
「アリス……」
「お母様。私は本日より、”巫女”となります。最初のお役目として――ルイースヒェンさんにアルツィアさまの言葉を授けます」
おずおずと声をかけたエルタナスィアに、静々と伝えるアルレスィアは、ルイースヒェンを見据え”巫女”として告げる。
「集落に残り”巫女”を支えるか。自由を得るか。ルイースヒェンさんに選ぶ権利があります」
「……もう用済みって訳?」
「いいえ。元”巫女”として厚遇するようにとの事です」
「……ッ」
アルレスィアを睨みつけ、ルイースヒェンは震えている。
「出て行くわ。やっと解放されるんだもの」
後ろを向き歩き出す。
「でも、私はまだ諦めてないから。絶対に、戻ってくる」
矛盾した言葉を本音で零し、ルイースヒェンは”神林”から……去っていった。
――……
町民に話し終えたルイースヒェンは、下唇を食み目を閉じる。考えを纏め、目を開けた。
「……さて、準備準備」
ルイースヒェンが牧場に向かう。その手には、自宅で見ていた小ぶりの何かが握られていた。
先代巫女と町民がぞろぞろと移動していきます。先代巫女は別方向ですけどね。
「何だ。人が減っていくぞ」
頭を出しすぎです。追跡術がなってませんね。お師匠さんやリツカお姉さん、巫女さんをつけ回した私を見習うべきです。
「どこかに向かっているようでス。ついて行きますヨ」
「先代巫女か。演技にしちゃ迫真だが」
「演技じゃないとしたラ?」
「あ?」
演技だけで町民を騙しても意味はありません。確実にマリスタザリアを呼ばなければ、むしろ先代巫女の方が不利になります。
「先代巫女は本気でマリスタザリアを呼ぶ気だとしたラ?」
「赤いのが感知してねぇんだぞ。ここら辺に悪意なんざねぇんだろ」
そうなんですよね。リツカお姉さんが感知してないので、悪意はないのでしょう。
「とりあえズ、町民の行き先を確かめたら戻りますヨ」
「あぁ」
町民は安全だと思います。でも、町民に被害が出た方が現巫女への傷が大きくなりますからね。一応場所だけを確認しておきましょう。もしもの時は私達が守らなければいけません。
シーアさん達が出て行って五分程経ちました。何か動きがあったのか、町の方がざわめいています。
「リッカさま。悪意は、どうでしょう」
「町の方に、少しだけ。でも、町の外には何もないね」
「瓶の可能性はありますか?」
「あると思う」
マリスタザリアを完璧に呼ばなければいけない計画です。瓶ならば、確実に悪意を溢れさせる事が出来ます。どうやって手に入れたのかなんて、論ずる必要はありません。エッボです。
「今の所感じない。でも、魔王が少しでもこの計画に興味を持っちゃったら」
「すぐに悪意を瓶に詰めるでしょうね……」
「どうする? 今すぐに先代を止めるのが一番だけど」
「……シーアさんを待ちましょう。私は、ルイースヒェンさんを少しでも信じたいです。アルツィアさまが”巫女”に選んだ、あの人を」
アリスさんは、ルイースヒェンさんが最悪の事態を引き起こさない事に、少しだけ希望を持っているようです。望みは限りなく小さいものですけど、私も……信じてあげたいと思います。
(あの人は、嫌いです。あの人が私にしようとした事。今でも思い出します。もしあの人の悪事が成功していたら……)
アリスさんが、涙目に……。
「アリス、さん……?」
(リッカさまに会えても、共に在る事が……)
私にしなだれかかり、肩を震わせています。泣いて、る?
「ダメ、ですね……」
すすり泣くアリスさんを抱きしめ、頭を撫でます。
「信じたいと思っているのですけど……私は、あの人を……信じ切れません……っ」
崩れ落ちるアリスさんを優しく座らせ、抱きしめる力を強めました。震えは落ち着いていきます。でも、心の揺らぎは大きくなってしまいました。
「先代は、アリスさんに何をしたの?」
「っ……」
アリスさんがこんなにも揺らぐのです。あの人は何かをしているはず。それを知れば私は、あの人を信じる何て事は出来ないでしょう。それどころか、恨みさえするでしょう。それでも、聞かなければいけません。私はアリスさんを支えると決めました。だったらまずは、知らないと。
「あの人は、私を……」
「アリスさん、を?」
「”巫女”にさせない為に……穢そうと……」
「―――穢、す?」
脳を直接殴られたような衝撃が、私を沸騰させます。今すぐにでも先代の所に向かおうと急く脚を、必死に押さえ込みます。
穢す……。”巫女”にさせない為に取る手段としては、最善手でしょう。そんな事をされていたら、私はアリスさんと出会う事は出来ても……共に歩む事は……っ!!
「はぁー……ふぅぅー……」
怒るのは簡単です。でも、怒って……先代を襲撃して……それで得するのは先代だけです。
冷静に、冷静になるんです。
この状況で、マリスタザリアを呼ばずに私達を敵に仕立て上げえる方法が一つあります。先代に、私達が手を出せば……いくらでも、出来ます。例えば……本当の事を言われて腹を立てたとか、口封じとか……です。
だから、私は落ち着かなければいけません。いくら……純粋な殺意を抱いているとしても、です。
「絶対に、許……さない」
信じる必要なんて、ありません。でも……そんな愚かな先代を、苦しみながらも信じようとしているアリスさんは気高い魂の持ち主だと思います。私も、アリスさんを誇りに思っています。
「……っ……」
「ごめんなさい……。言えば、リッカさまが怒る事は、分かっていました……。それでも、知って欲しかったのです。私がルイースヒェンさんを苦手……嫌っている、理由を」
トラウマ。アリスさんが弱音を言ってしまう程の苦手意識です。襲われそうになった過去があったのです。そうなるのも無理はありません。その時私が居たら、安心させて上げられたのですけど……。十二歳の頃であればもう、大人の男にも負けないくらいにはなっていましたから。
「リッカさまとは、もっと早く会いたいと思っていました……。その時はまだ、何も知らなかったのですけど……それでも、会いたかったのです」
少しだけ、笑みが戻ってくれました。でも、また顔を強張らせるのです。
「私が、トラウマを持った理由は……。”巫女”になれなかった場合を想像してしまったからです」
胸にしなだれかかっていたアリスさんが、私の背に手を回しました。
「いつか、共に歩む異世界の”巫女”……。その方との未来がなくなると、思ったのです……。ずっと、その日を夢見て頑張ってきたのに……っ」
辛い毎日を、私との出会いを夢見る事で耐えていたと、アリスさんが涙を流します。
「貴女さまを知ってからはもう……ルイースヒェンさんを許す気なんて、なれませんでした」
そんな過去を持っていたアリスさんに、先代巫女の話をさせていたんですね。自分の軽率さを後悔します。
「いつか、また会う事があれば……文句の一つでもと、思っていたんです」
「アリスさん……我慢しなくて、良いんだよ?」
「いいえ……我慢は、してません。貴女さまに”巫女”として会えたのですから……。でも、許す事は……無理みたいです。信じるなんて……出来ません……」
先代巫女を信じるなんて無理です。アリスさんから希望を全て奪おうとしたのですから。そして私は益々、先代巫女への恨みが募ります。アリスさんを今でも苦しめているのですから。
「今すぐにでも、ルイースヒェンさんの元に行き……力尽くでも、止めたいのです。アルツィアさまの想いを、これ以上無駄にしないために」
全てを愛している神さまはきっと、先代も愛しているのでしょう。神の使いとして最低の行いをしようとした先代すらも。
「しかし……今の私達が強行すれば、この地で浄化をするのは不可能になってしまいます……」
アリスさんは今、”巫女”と人との間で葛藤しています。ならば、私は――。