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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
41日目、洗礼なのです
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『メルク』先代⑧



 ある日、ルイースヒェンとイェルクが酒宴を開いていた時の事だ。アルレスィアがその場にやってくる。


「どうしたの。アルレスィア」

「……」

 

 ルイースヒェンとイェルクは、露骨に顔を顰める。集落の者達も良い顔はしていない。集落の一部を除いて、アルレスィアは疎まれていた。”巫女”でもないのにアルツィアが見えるという少女は、集落の者とイェルクにとっては嘘をつく悪童だった。


「貴女がこんな場に来るなんて、ね。すぐに帰りなさい」


 ルイースヒェンだけは、少女が本当の事を言っていると分かっている。それでも認められない。”巫女”である自分よりもずっと、”巫女”らしいアルレスィアを。


「アルツィアさまが悲しんでいました。巫女様に声が届かないと」

「……それで?」

「司祭イェルクの言は間違っているので、付き合うのを控えるべきとの事です」


 アルレスィアは短く、用件だけを述べる。


『アルレスィア。別に、良いんだ。役目はこなしてくれている。元々無理やり”巫女”になってもらったんだ。それ以上は望まないよ』

「ですけど……」


 アルレスィアに話した事は後悔していない。しかし、アルレスィアの気持ちを少しばかり軽んじてしまったようだ。


「……」

(やっぱり、完全に聞こえてる。アルレスィアは何れ巫女になるんでしょうね。だけど……気に食わないわ。その()が)


 アルレスィアを見るルイースヒェンの表情は、憎悪に歪んでいる。


「その目を止めて。嫌いなのよ。()()()()()()その目が」

「巫女様もそうだと思います」

「そうやって、何でも知ってるって目も嫌い」


 アルレスィアとルイースヒェンが睨みあう。


「控えよ小娘。ルイースヒェン様に、不敬であるぞ」

「……っ」


 イェルクが立ち上がり、ルイースヒェンとアルレスィアの間に立つ。アルレスィアはイェルクが苦手だ。


「神の名を騙る不届き者めが」

「騙ってなど」

『アルレスィア。帰ろう。君が傷つく必要はない。そうそう。()()()()()()だから、森に迎えに行くとしようか』

「……分かりました。やっと――」


 アルレスィアを連れ、家に帰る事にする。アルレスィアは悔しそうだけど、傷ついて欲しくない。君が傷つくと、あの子も悲しんでしまうだろうから。


(……アルレスィアには、姿も見えてるのよね。やっぱり、あの子に付いて行ってるのかしら……)


 ルイースヒェンが、アルレスィアの後姿を見ている。その小さい後姿に、ルイースヒェンは何を思うのだろうか。


「罰を与えずともよろしいのですかな」

「必要ないわ。誰にも信じてもらえないって、それだけで罰でしょ」

「それもそうですな」


 イェルクが嗤う。それを見ながら、ルイースヒェンは静かに目を閉じる。何れアルレスィアが”巫女”になるのは明白。その時をルイースヒェンは、想像していた――。




 更に月日は流れる。この時はまだ十二歳だったアルレスィアが、こっそりと森に入ってきた。


「……」


 ルイースヒェンは森で、静かに祈っていた。


(そろそろ、ね)


 ルイースヒェンは予感していた。その時が近づいている事を。


「……でも、私は……今更、戻る気なんて、ありませんから……」


 ルイースヒェンが森から出て行く。


 その後直に、アルレスィアがやって来た。


「アルツィアさま」

『もうすぐ13歳だね』

「はい」

『そろそろ”巫女”になってもらうよ。”光”の扱いと、”拒絶”との複合を練習してもらわないといけないからね』

「覚悟は出来ています。直に来る、もう一人の”巫女”さまを導く為に――私が先に」

『そうだね。きみがあの子に教えて上げるのが一番だ』


 アルレスィアの覚悟は完璧だ。少しの躊躇も、恐怖もない。「今すぐにでも旅発てるから、呼んで欲しい」と、目で訴えかけてくる。


(まだまだ、その時じゃないよ)

『明日の昼。ここにおいで』

「分かりました」

 

 アルレスィアが頷き、湖の畔に立つ。じっと眺めた後、目を閉じる。何かを感じたいようにも見える。そうする事で、もっと強く感じられるみたいだ。



 一通り堪能したようで、集落への道を歩き出す。


「巫女様は、諦めていないようでしたけど」

『そうだね』

「今にも私を……」

『大丈夫だよ。きみの方が強いから』

「……」


 アルレスィアのルイースヒェン嫌いは深刻だった。それも、今日で終わる。ルイースヒェンを”神林”から()()する。


 ルイースヒェンもそれを望んでいたはずだった。だけど、知ってしまった甘い蜜は、ルイースヒェンの心を揺さぶってしまった。


 今のルイースヒェンは、”巫女”を辞めた後を恐れている。好き勝手出来た”巫女”時代は、ルイースヒェンを怠惰にした。今更元の生活に戻れるとは思えなかったルイースヒェンは、”巫女”に執着している。


 アルレスィアの懸念通り、襲い掛かってくるかもしれない。そう思わざるを得ない程、鬼気迫るものがあった。


(ルイースヒェン……。君を選んだ事を、後悔している。選ばなければ良かったと思ってしまう。だけど謝る言葉すら、君には届かないのだろう。だから私は――無理やり奪う事で、君の未練を断ち切ろう)


 明日の昼、実行する。


(今までありがとう。ルイースヒェン。せめて君の幸せを、祈らせておくれ)




 私の人生って何だったんだろう。最近はその事ばかり考える。


 ルイースヒェン。それが私の名前。小さな町で、ただの町娘として過ごしていた。十五で恋をして、十七で結婚。二十には子供を生んで、その子と旦那の為に生きる。そんな人生設計だったはず。


 でも実際はどう? ”巫女”に選ばれて、辺境に飛ばされて、森に通い詰めるだけの退屈な日々。イェルクが来てくれなかったら狂ってた。イェルクには感謝してる。私がどういう存在なのかも分かった。


 でもね。私は、アルツィア様としっかりと話をしてみたかった。せっかく”巫女”になれたのに、しっかり聞き取れない。だからかな。アルツィア様は私には余り話しかけてくれない。


 アルレスィアには、あんなに話しかけてるのに。やっぱり……ちゃんと話せないと駄目なんだって、思う。アルツィア様の言う事、ちゃんと聞けてないのかもしれない。だから――嫌われたんだ。


 それだけなら良い。話せないのなら、仕方ないって思う。嫌われたとしても、”巫女”でいられるのなら……。”巫女”としてちやほやされて、イェルクに言えば何でも手に入る。そんな生活も悪くないって思えてきたの。


 アルレスィアへの劣等感はいつも感じてるけど……”巫女”の私はアルレスィアより信用してもらえてる。

 でもそれは、私が”巫女”だから。”巫女”じゃなくなったら……。


 ”巫女”の代替わりは簡単。”光”の移譲のみ。先代の”巫女”と向き合ってたら、いつの間にか私に”光”が移っていた。

 私も、そうなんでしょうね。そろそろ代わる。そんな気がする。


 アルレスィアは優秀よ。魔力も魔法も、日常における全てが。きっと、良い”巫女”になる。それだけは分かる。だからって、諦められないわ。私の人生を大きく変えてまでなった”巫女”を。


「……そうね。男を使いましょう」


 一番手っ取り早くて、私が直接手を下さなくて良い方法。”巫女”になる為に、”巫女”で在る為に必要な条件。それを、奪おう。


「ねぇ。誰でも良いから男の人を呼んで?」

「分かりました」


 呼ばれた男は、普通の顔ね。出来れば醜悪な顔の方が良かった。


「ねぇ。アルレスィアを襲ってきて」

「はっ……え?」

「煩わしいって思ってるんでしょ? 許可するわ」

「し、しかし」

「何?」

「あの子は、次の……」


 アルレスィアが成長する度に、周囲も気付き始めたみたいね。アルレスィアが次の”巫女”だと。


「そんな事、誰にも分からないでしょ。やるの? やらないの?」

「……」


 そのまま断るなら、それでも良かった。何も本気で言ってる訳じゃないもの。でも、男って単純。アルレスィア程の子だもの。そうなるわよね。


「行きなさい」

「……はっ」


 これで、良い。私の人生なんて、”巫女”で在る事でしか、意味なんてないんだから。もう、元になんて……戻れないんだから。


「さようなら。アルレスィア」



 

 ルイースヒェン。そこまで……。


『アルレスィア』

「はい」

『今日は森で過ごすと良い』

「ですけど……もう……」


 アルレスィアは、”巫女”ではない者が長時間居て良いのかと心配している。


『今日くらい構わないよ。それに、まだ居たいだろう?』

「……はい。まだ、()()()()()から」

『だったら、最後まで堪能すると良い』


 あの子も喜ぶだろう。


「ぁ……ありがとうございますっ!」

『ハハハっ――良い笑顔だ。布団はないけど、核樹を使うと良い』

「はいっ」


 嬉しそうに、アルレスィアが湖に戻る。

 ここなら安全だ。ここに居るなんて、ルイースヒェンですら思い至らないだろう。そして、()()()()はここに向かない。


 ルイースヒェン。きみはもう、”巫女”では……いられない。



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