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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
41日目、洗礼なのです
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『メルク』先代⑤



「本当に……本当に……!」


 ルイースヒェンが、明かりの点いていない家の中で呟いている。窓から差し込む光で見えるルイースヒェンの表情は、とても人に見せられるものではない。


「やっぱり、嫌い。私よりずっと”巫女”特性が高かったのもそうだけど……何より、あの性格が……ッ!!」


 机の上にあったコップを腕で振り払い、吹き飛ばす。地面に落ち、ガシャンと大きな音を立て割れたコップを憎々しげに見ている。


「赤の巫女は、ガキね。少しは頭が回るみたいだけど、それ以上に()()()()()


 コップを割った事で落ち着きを取り戻したのか、ルイースヒェンは思考する。


「周りを気にしすぎ。あの場には私とアルレスィアしか居なかったのに、町民を見てたわね」

 

 リツカの敗因は、町民の気持ちを考えた事だ。リツカの言い分は正しかった。なのに、()()()()()()()、と考えてしまい――自滅した。


「良い子なのは間違いないわ。アルレスィアよりずっと」


 新しくコップを出し、酒を注ぐ。今年で二十六になったルイースヒェンは、酒で気持ちを落ち着ける癖をつけてしまっていた。


「私の敵じゃない。やっぱり問題は……ッ!!」


 一息に飲み込み、コップを力強く机に叩きつける。


「どうする……。このまま引き篭もる……? 駄目。町民も()()()が良いに決まってる」


 神隠しの子達が帰ってくるならば、それが一番良いに決まっている。ただの行方不明者だ。帰ってくる事などありえないのだけれど、町民にとっては”巫女”候補という事になっている。ルイースヒェンが”巫女”に戻れば、帰ってくると思ってもおかしくない。


「アルレスィアの案通りにやっても、”光”が戻るなんて事はありえない……。剥奪された時に、よく分かったもの……。一瞬だけ、本当に一瞬だけアルレスィアと繋がった感覚があった。その時に、悟った」


 私は――”巫女”じゃなかった。


 本来、”光”の移譲で繋がる事などない。アルレスィアだから起きた事なのかもしれない。”拒絶”を持ち、その特性で……()()()()に目覚めてしまったアルレスィアだから。


 アルレスィアとルイースヒェン。魔力の量、魔力の運用、魔法の質、精神、魂。どれをとっても、アルレスィアが勝っていた。というより、アルレスィア以上なんて、この世界に居ない。だからアルツィアは、アルレスィアを選んだのだから。


 戦うわけではない為、魔力や魔法は関係ない。ルイースヒェンは精神と魂で圧倒されてしまい、その時に折れている。


「赤の巫女からなら……? これも、無理。アルレスィアがあんなに変わってるなんて思わなかった。変えたのは、あの子でしょう。だったら、無理」


 爪を噛みながら、ルイースヒェンの焦りが加速していく。


 リツカから”光”を奪えるかを考えてみたようだけど、それも無理と素早く悟ったようだ。まず、異世界からというのは本当だろう。わざわざ呼び出した”巫女”から奪えるはずがない。と、考えた。


 そして何より、アルレスィアを変えたという事に、ルイースヒェンは無理を悟った。


「イェルクの件で、それなりに調べた。その上で断言出来る。あの子に手を出したら、アルレスィアが黙っていない。確実に、潰される」


 ルイースヒェンが少し震えている。アルレスィアに恐怖しているのだ。


「今ならまだ、私が”巫女”じゃないってだけで終わる。この町からは出て行かないといけなくなるけど、まだ私を奉ずる町はある。でも、もしアルレスィアを怒らせたら、何を……されるか」


 リツカを少し追い詰めただけで、()()だった。もし直接害すれば、今度は穏便には済まないとルイースヒェンは思っている。


 ルイースヒェンがアルレスィアに何かをされた事はない。しかしルイースヒェンは、アルレスィアに得体の知れない恐怖を感じている。何かをされるかもしれないと、考えてしまうほどに。


「……これしかないか。故郷から出て行くなんて、嫌だし」


 ルイースヒェンが机の引き出しから何かを探している。


「賭けだけど、成功の方が勝ってる。アルツィア様には……完全に嫌われるでしょうけど、もう……嫌われてるもんね」


 悲しそうに、ルイースヒェンが微笑む。その手には、小ぶりの何かが……握られていた。




 アリスさんに慰められて目の腫れが引いたところで、船に一度戻ります。先代との移譲式まで、この町での活動はしない方が良いでしょうから。


 移譲式の結果で、先代の優位がなくなると思います。その後浄化をする予定です。感知範囲内には、二人か三人程居るようです。


「もう少しここで休みませんか?」


 ニコニコと手を広げ、私を誘惑します。そのまま抱きつきたいですけど……。


「船の中の方が、落ち着けるよ?」

「すぐに戻りましょうっ!」


 周囲に人は居ません。先代が近づかないようにと、常に命令しているのかもしれません。町民にとっては、品行方正な”巫女”で通しているのでしょう。気の休まるべき家の周囲に人が簡単に近寄っては、休めません。人払いをするのは当然といえば当然かもしれません。


 アリスさんに手を引かれ、歩き出します。途中広場に座っていたシーアさんとレイメイさんを拾い、船に戻りました。




「それデ、誰だったんでス? あの方っテ」

「先代巫女のルイースヒェンさんです」


 シーアさんは、あの方が気になっていたようです。船に戻るとすぐに会議モードとなりました。


「アリスさんを虐げてた悪い人だよ」

「あぁ、そういウ」


 思わず、口走ってしまいます。印象操作は良くないと思います。でも、事実ですから。ただ……事実という事に腹が立ちます。いきなり、先ほどの決意が揺らぎそうになったので、頬を叩き気持ちを切り替えます。


 アリスさんは乗り越えたのです。私がぐだぐだと、引き摺ってはいけません。


「無事なのか。先代ってのは」

「私を野蛮人か何かって思ってません……?」


 いくら、どんなにムカついても……無闇に手を出したりしません。そこまで子供ではないです。暴力で解決できるのは、悪人とマリスタザリアだけです。


 先代は……悪人といえるかは怪しいです。町民の安心に一役買っているのは間違いありません。嘘で塗り固めた安心なので、認めることは出来ませんけど……。


 これから私達が引き継ぐつもりです。神隠しではなく誘拐であると、しっかり子供達を取り戻すと伝えるのです。


「それデ、どうするんでス?」

「この町は完全に、現巫女はあの方って奴より頼りにならねぇと思ってやがる。お前等が何を言おうが、言う事を聞かねぇぞ」

「生活必需品、嗜好品すらこの町で完結してまス。船の定期便すらありませン。完全にこの町は独立してまス」

「お前ラ巫女は完全に、この町じゃ招かれざる客だぞ」


 短い間。巫女一行という事を話せない状況下で、シーアさん達なりに集めた情報で忠告をしてくれます。そしてそれは正しく、私達の行動を大きく制限するものでした。


 この町で私達が行動を誤れば、何も出来ずに去る事になってしまいます。


「ルイースヒェンさんには、町民の前で”光”の移譲式を行うと伝えています」

「エ。そんな事出来るんですカ」


 目をパチクリとし、シーアさんが困惑しています。


「アルツィアさまが認めれば可能です」

「まず認めないよ。アリスさん以上の巫女なんて居ないから」


 私の言葉に、シーアさんも強く頷きました。


「神誕祭をあれ程盛り上げたお二人でス。まず間違いなく先代の負けで終わるのでしょウ。しかしそうなるト、神隠しの事が二人に降り注ぎますヨ」

「神隠しにあってガキを失くした家族達だが、”巫女”になるなら仕方ねぇと言ってるらしい。それが違うとなると、どうなるんだろうな」


 絶対に、私達に火の粉が降り注ぎます。でもそれは……覚悟の上です。その上で誓います。子供達は必ず、取り戻すと。


 信じてもらえずとも、夢の中に居るよりも希望がある方へ向いてもらいます。神隠しだと絶対に……戻って来ないのですから。


 神隠しなんてこの世界ではありえません。それだけは、分かってもらいます。




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