『メルク』先代③
「言っておくけど、ここじゃアンタなんかただの小娘なのよ」
調子を取り戻したのか、尊大に腕を組み、見下すように顔を上げました。
「そのようですね。一体どのような言葉を持って皆様を導いているのですか?」
「本当の事を言ってるだけよ。森を捨てて旅をしている愚かな巫女もどきの所為で、アルツィア様がお怒りになってるってねッ!!」
なるほど。そういう見方もあるんですね。しかし、嘲笑を浮かべた顔は、”巫女”とは程遠い程に邪悪です。
「……そっちは誰よ。さっきから睨んで、何なの」
「初めまして。”巫女”の六花 立花です」
「……へぇ。アンタがね。巫女もどきが何の用よ」
アリスさんを巫女もどきと呼称している以上、私もそうなのでしょう。睨んでる理由なんて簡単です。さっきから聞いていれば、アリスさんに対して何て物言いを。
「聞きたかったんです。一体どこまで、神さまの声が聞こえていたんですか」
「どういう意味」
「名前は聞けましたか? 姿は、声音は? 虐殺の真実。世界の真実。神林とは何なのか、巫女とは何なのか。どこまで知ってるんですか?」
どこまで神さまの声が聞けていたのか。理解出来ていたのか。それをずっと聞いてみたかった。どれ程の理解度で、アリスさんを虐げていたのか。
「いきなり喧嘩腰でなんなの!? アルレスィア!」
「いつも私に言っていた事をそのままを話せば良いかと思います」
「そう……意趣返しって訳ね。”お仲間”を手に入れてやってきたって事」
「意趣返しも何も、知りたいだけです。”光”を剥奪されるに至った状況が気になったんです」
いくら魔王の事があって、アリスさんを早く”巫女”にしたかったとしても、神さまが声もかけずに剥奪する事があるのかと。
「アンタが言った事、知らなくても良い事ばかりだわ」
「と、いうと?」
「”巫女”とは”神林”と共に生きる者。世界の真実なんて知らなくても良い。必要なのは忠実に言いつけを守る事よ!」
耳が痛いですね。向こうの世界では一切守られていなかった事です。私はそれなりに……守れていた方みたいですけど……。
「その点アンタ達は最低ね。アンタ達の方こそ、声を聞けてないんじゃない? だって、神隠しは起きているんだもの。次の巫女を集めるために!」
「私達が不甲斐ないから、巫女候補を連れて行っているという話ですか」
「そうよ!」
「男の子が連れ去られているのは何故ですか?」
「巫女には守護者が必要でしょう。何れ良き守護者になるのよ」
筋は、通っているのでしょう。しかし、神さまの声を聞いている私達にとっては暴論でしかありません。この人は、神さまの声を殆ど聞けていなかったのでしょう。そして、会話する事もなかったのだと思います。
もし、神さまの制約を知っていてこれを話しているのなら……いよいよ最低の人間でしょう。自分が返り咲くために、この町の人間を騙して信仰を集めているのですから。
それも、アリスさんを貶す形で。
「アンタ達が森を出たいが為に嘘をついてるだけでしょ。森から出たらいけないのよ。結界がなくなっちゃうんだから」
「もし、巫女候補を集めているというのであれば」
”光”掌に灯らせ、言います。
「これは何故、まだ私達にあるのですか。貴女のように剥奪される事無く、今でも”巫女”を名乗る権利を残してもらえているんですか」
「次の”巫女”が育つまでの――」
「”巫女”が森にいなければいけないのは正しいです。ですけど、今は神さまの言葉で私達はここに居るんです。もし貴女の言葉通り”巫女”候補を連れて行ったのなら、森に居るはずの子の誰かに、一先ず”光”を移すべき案件です。そうすれば、森に”巫女”が居る事になりますからね」
私達に”光”を残す必要がありません。もし私達の行動が神さまの意に反していたのなら、ですけど。
「じゃあ偽者なのね。その”光”」
「そう見えますか?」
「見える」
状況証拠だけだと、押し切れませんね。知らない人にとっては、この人の言にも理があるのが問題です。
「どんなにそれっぽい事を言っても無駄よ。私は私だけを信じている。まぁ、イェルクくらいは信じて上げても良いわ。アンタが殺したイェルクだけはね。ねぇ? 人殺し」
痛い所をつかれてしまいました。
「人である事を辞めた司祭イェルクを、”巫女”として滅しただけです。それに――」
アリスさんが私を庇うように前に出ました。私が始めた討論です。アリスさんの手を借りる訳には。
「司祭イェルクは最期、リッカさまに感謝していましたよ」
「――ぇ」
思いもよらず、私の方が止まってしまいます。
(そういえば……あの時、あの人……何か言ってた、ような)
私が呆然としている間に、何かを言っていたのは、覚えています。アリスさんはしっかりと、聞いていてくれたんですね。私の代わりに……。
「昔からそう。アンタは自分に都合が良い耳をしてる。そう思いたいだけなんでしょ。妄想女」
司祭も言っていた事です。都合の良い耳というのが分かりません。アリスさんが伝えてくれた事全て、アリスさんにとって都合が良い事ばかりではありません。中には、”巫女”という物がいかに無力なのかを伝えるものもありました。
それを知ってか知らずか、この人はアリスさんを妄想女と呼びます。自分の意思に反して手が出そうです。そんな事をすれば、アリスさんの立場が悪くなるので絶対しませんけど……!
(私が口を開いても、あの人に響かない所か……正当性を主張されちゃう)
現状この町において、私はあまりに無力です。先代巫女であり、この町にとっては誇りとすらなっているこの人と、得体の知れない私では話にすらならないのです。
かといって、アリスさんを貶されて黙っているなんて……。
「アルツィアさまの存在をいかに伝えるか。”巫女”とはそれに尽きます。ですけど、”巫女”である証明がなければ妄言。あれば神託。伝えるためには、証明が必要です」
「それが”光”だった! だけどね。私は奪われてもなお、ここで”巫女”を続けられている! 私は”巫女”よ! アンタが何を言おうがッ!」
「あなたが”巫女”であった事は事実。そして、町民はこう言ったそうです。今の巫女様はそんなにも不甲斐ないのか、と」
不甲斐ないなんて、ありえません。アリスさんは長い歴史の中で最も優れた”巫女”。神さまのお墨付きです。
「本当の事でしょう! アンタに変わってから国が大きく荒れ始めたんだからさ!」
それは、魔王がいよいよ危機感を抱いたから……もしくは、準備が丁度整ったから、です。決して、アリスさんの所為ではありません。
「神隠しに疑問を抱いていませんでした。あなたの言葉を信じたからです。ここまで信頼されるほどの事をあなたはなさったのでしょう。ご立派だと思います」
「上から何を……! でも、これで分かったでしょう。私が”巫女”に相応しい――」
「町民は、あなたにお願いしなかったのですか?」
「は?」
「次の”巫女”はあなたがするべきだ、と。お願いしなかったのですか? 次の候補を攫う必要などない、あなたがするべきだ、と」
「……ッ」
そういった話は聞いていません。もしかしたら、他の人たちはそう思っているのかもしれませんけど、この人の反応を見る限り……そういった声は上がっていないようです。
「攫われた子達の誰かが務める事に、誰も異を唱えなかったのですね」
「違うわ。私がこれからそれを伝えるのよ。子供達の為に、自分が”巫女”に戻る事を選ぶと」
「では、どうぞ。私達も丁度居る事ですし、譲渡式を行いましょう。アルツィアさまは全て見ています。あなたも知っているでしょう。認められれば、あなたに”光”が戻ります」
「い、今、から?」
「はい。私達は旅の途中ですから、今日中でなければ」
先代から汗が滲み出てきました。追い詰められているようです。
「あなたの言葉通り私達が不甲斐ないのなら、アルツィアさまも移すしかないでしょう」
アリスさんは、本気です。もし神さまが選べば、それで良いと……。ならば私も、腹を括りましょう。”巫女”でなくなっても、魔王を倒す……覚悟を。