『メルク』先代②
メルクは、湖の畔にありました。少し濁っているのが気になりますけど、見た目に爽やかです。川も久しぶりに見ましたね。小さな林と合わせて、見た感じだけだとまるで――”神林”。
「似てます、ね」
「うん。見た目だけ、だけど」
雰囲気は、少し暗いです。本当に似ているだけです。似すぎているだけです。
何故か心がざわめきます。あの湖と林を見ていると、眉間に皺が寄りそうになります。
「喜ぶと思ったラ、意外と冷静ですネ」
「んー……なんか、ときめかない……」
「私も、違うと言いますか……」
アリスさんも同様みたいです。この胸のざわめきは一体……。
「行けば分かるでしょウ。偶々似てるだけの林にムカムカしてるだけかもしれませんヨ」
「んー。それなら、良いんだけど」
「私達はしばらく様子を見ます」
いきなり予定とは少し違う事になってしまいました。巫女を名乗るのは一旦待ちます。
「そういう事なら私達が先に降りますカ。町長さんに話すのは後にしテ、町の様子をチラっと見てきまス」
「お願いします」
「ありがとう」
シーアさんを酷使してしまいますけど、今回の違和感は特殊です。悪意でもなんでもない、ただのざわめき。それも、アリスさんも困惑するほどの。先ほどまでの苦悩が嘘の様に、私はこの町を疑ってしまっています。心変わりが酷いと思います。しかし、そうなってしまうだけのざわめきなのです。
船を泊めて、私とサボリさんが降ります。リツカお姉さん達はお留守番です。何かを感じているようですけど、その何かは結構信じられます。
「別の奴のざわめきとかなら鼻で笑うが、アイツらじゃな」
「ですネ」
今までもリツカお姉さんの嫌な予感は当たってます。恐らく今回もでしょう。何しろ、巫女さんも一緒ですからね。
「私達も慎重に聞いてまわりますヨ」
「あぁ、店とかは後が良いか」
「道行く人の会話でも聞いてみましょウ。丁度神隠しの話でもちきりみたいでス。反応を見れるでしょうかラ」
早速神隠しの話をしている一団が居ます。バレないように聞いてみましょう。
「三軒先のベアリットさんの子の事だけど」
「神隠しでしょう? あの方が怒ってたわね。自分だったらーって」
「でもそうでしょ? あの方の時はこんな事なかったんだもの」
「そうよねー。今の巫女様って余程不甲斐ないのかしら。新たな巫女候補を手当たり次第連れて行くなんて」
これは、ちょっと判断に困ります。
「なんだ、ありゃ」
「察するニ、現巫女を貶める内容みたいでス。そしテ、神隠しは完全に巫女さん達の所為って思われてますヨ」
「勝手な言い分だ。気にする必要はねぇってのは分かってるが、ちっとばかしムカつくな」
私も同じ気持ちですよ。一体どういう状況なんですか。大体男の子も攫われている事の説明がつきませんよ。
「とりあえズ、戻って報告しまス」
「ああ」
はぁ……。いくら北の奥地に近づいたからといって、こんなに変わります? あぁ、違いますね。あの方っていうのが関係してるんでしょうね。一体誰なんでしょう。巫女さんなら知ってそうな気がします。
「戻りましたヨ」
「おかえり。どうだった?」
「どうもこうモ、お二人は巫女である事を隠した方が良いでス」
「え?」
気をつけるとかではなく、隠すべきとなるなんて。
「詳しくお聞かせください」
「町の中心付近で主婦達が話してたんですけどネ。あの方って人の所為デ、神隠しは巫女さん達が不甲斐ないからって事になってますヨ」
「連れて行かれたガキ共は巫女候補だとよ」
「男の子も居るんだけど……」
何が、どうなってるんです。
神隠しを私達の所為にされるって考えはありました。でも、不甲斐ないから……? あの方って一体……。
「……」
「アリス、さん?」
「まさか……」
私の問いかけに応えられない程、動揺しています。こんな事、一度も……。ただ、私の様に落ち込んでいる訳ではないようです。あの方という人に、驚いて……?
「リッカ、さま」
「うん?」
アリスさんが何かを決意して私の名前を呼びました。
「私は、”巫女”である事を隠したくありません」
「巫女さン?」
「おい、聞いてたのか」
シーアさんとレイメイさんが困惑します。
「あの方っていうのが、関係してるんだね?」
「はい。私は……逃げたくありません」
「……分かった。じゃあ、その人の所に行こう。”巫女”として」
アリスさんが見せる、対抗意識。そして、町の人たちの反応が示すあの方の正体。ここまで来れば、分かります。その人はきっと、私にとっても無関係ではありません。
「私も会いたいって思ってた。そして――言いたい事が沢山ある」
「リッカさま……」
「一緒に行こう」
「はいっ!」
アリスさんの過去を知った時から、その人にはずっと言いたかった事があるんです。司祭という無知な存在ではなく、知る事が出来る立場に居ながらアリスさんを虐げてきた、その人には。私はずっと……文句を言いたかったんです。
「何か良く分かりませんけド、今は触れないほうが良いですネ」
「また修行が増えるのは御免だ。俺は聞き込みに行くぞ」
「私もそうしますかネ。巫女さン、私達は行きまス」
「分かりました。こちらも用事が済み次第合流します」
私の怒気に気付いたのでしょう。シーアさんとレイメイさんが退散してしまいました。
「ごめんね」
「何があるのかは何となく分かりましタ。巫女さんに関係してテ、リツカお姉さんが怒っちゃう相手って事ですネ」
「まぁ、お前がキレる時なんてのはそんくらいだしな」
呆れられてしまったのではなく、慣れてしまったようです。それはそれで問題がある気がしますけど、呆れられるよりはずっと良いですね……。
”巫女”を隠さないとはいっても、”巫女”であることを喧伝する事はしません。無用な不信感なんて持たれても困ります。まずは、元凶たる”ある方”を尋ねるとしましょう。
「こちらです」
「分かるの?」
「この町の造りから考えるに、あそこしか考えられません」
アリスさんの瞳が見る先は、核樹役をしている木の隣の家です。一際豪奢な造りで、この街の雰囲気にはあっていません。
「町長の家よりも、役場よりもずっと豪華だね」
「そういう人でした。お変わりないようです」
自己顕示欲ともいうのでしょうか。誰よりも上昇志向が強いようです。
「あの人は確実にリッカさまにも何かを言うでしょう。ですから本当は会わせ――」
「アリスさんを一人でなんて行かせないよ。昔の事もあるし、この町を見たら……良い事なんて何一つないから」
アリスさんは言ってました。まだ未練を持っていて、何れは返り咲くつもりだと。まさにそうなのでしょう。この町では、私達よりずっと信頼されているようです。
「分かりました。共に、参りましょう」
「うん」
会いに行きましょう。先代巫女に。
扉をノックして、暫く待ちます。
「誰」
少しドスの聞いた声が、短く聞こえました。
「お久しぶりです」
「……ッ!」
ガタガタと、扉から聞こえます。鍵を開けているのでしょう。
「アンタ……ッ!!」
「まさかここで会うとは思いませんでした。ルイースヒェンさん」
「ッ……! ふん……それで、何の用? 私の町に」
私の町、ですか。
(故郷なの?)
(出身を聞いた事はありません。私と違って、集落生まれという訳ではないようですけど……)
ここに居座っている……という訳ではないようです。しっかりと馴染んでいるように見えます。ここが故郷なのかもしれませんね。