『ブフぉルム』修理⑧
「ん。帰って来ましたネ」
「あぁ、お前から言えよ」
「分かってますヨ」
シーアさんとレイメイさんが待合室で待っていました。
「船の状態なんですけどネ。明日の夕刻までとなりましタ」
「うん。棟梁さんから聞いたよ。泊まる場所と明日の予定を話したいけど」
「まずは、浄化をします」
「職人さんの仕事優先って事にしたんでしたネ。職人さん達もその方が嬉しいでしょウ。個人的な浄化ハ」
シーアさんが意味深な事を言いました。確かに浄化を受けたという実感を強く持てそうです。
三番船渠は人が少ないという話だったのですけど、今は結構な人数で作業しています。もしかしなくとも、優先して貰っているようです。少しだけ自室が気になります。許可を貰って上りましょう。
「すみません。一度部屋を見たいのですけど」
「あ、はい。どうぞ。今舷梯を」
「いえ」
アリスさんを抱え、いつもの要領で上ります。作業を中断させてまで見ようとは思っていません。少しだけ確認するだけです。
「え、え?」
「まァ、そういう反応になりますよネ」
私はリツカお姉さんの魔法を知っていたので、別の所に驚きましたけど。
「重てぇ人間持ってあれだけ跳べばそうなる」
「後でリツカお姉さんに言っておきまス」
「あ?」
まだ気付いてません。鈍い人ですね。アーデさんにも平気な顔で失礼な事を言いそうです。今のうちに矯正しておきましょう。
「巫女さんの事重いって言ってたっテ」
「おい待て言葉の綾――」
「明日の早朝鍛錬は過去最高の物になるでしょうネ」
見物ですね。何回死亡判定が出るでしょう。六十回は超えるでしょうね。クふふふっ!
船室はまだ、傷みを診ただけのようです。物を弄った様子は見受けられません。
(日記は、仕舞いこんでる。録音機は、緩衝材代わりに厚手の布に包んでる)
ちゃんと、なってますね。
「アリスさんのは大丈夫?」
「はい。日記も録音機もしっかりと」
アリスさんも、確認を終えたようです。
「大丈夫かな」
「はい。部屋に入られても問題ないかと」
ドアや床の軋みは気になっていましたし、仕方ないですよね。何故か不満を感じている私の心に疑問符が出てしまいます。
アリスさんとの共同スペースなのですから、快適な方が良いに決まっています。快適な部屋こそ、健やかな安らぎが生まれるというもの。その為の修理です。不満を感じるなんて、失礼にも程があります。
「じゃあ、降りよっか」
「はぃ……」
少し頬を染め、私の胸に寄り添ったアリスさんを抱えて、船を降ります。私達の用事は終わったので、浄化をしましょう。でもその前に……今のアリスさんを私以外に見られたくないので、小休止です。
アリスさんがいつも通りの凛とした姿になったので、再開します。この三番船渠で最後です。
「どうですか?」
「一人居るかな」
少し濃い方が一人です。私だと結構強く打ち込む必要があるくらいには、悪意がたっぷりです。
「声かけてくるね」
「はい。準備しています」
目の届く範囲に居るので、呼びに行きます。女性の職人さんです。力仕事を魔法で行えるので、男女で仕事が分かれるという事が少ないみたいです。きっちり分かれているのは、冒険者や兵士でしょうか。少なからず居る女性冒険者も、サポート役が殆どなんですよね。
「すみません。少しばかりお時間をいただけませんか」
「あ……へい」
イラついています。仕事を中断させられた事、いきなり呼び出された事、その他諸々のイラつきでしょう。
「すぐに終わりますから」
声かけはしたので、アリスさんに合図を送ります。
回りの人が一瞬目を瞑る程の輝きと共に、”光の剣”が飛翔してきます。私の横を通り抜け、対象者へ。悪意が抜け、浄化の成功を確認しました。他には――居ません。
「ありがとうございました」
「……? あ、あぁ……?」
自身の変化に少し戸惑っている方に頭を下げ、その場を後にします。
「先ほども言った通リ、明日の夕刻までかかるそうでス」
「お前の所為でな」
「レイメイさん。それはもう良いです」
「修理が必要になったのは確かですけど、あの場においてはあれが最適だったと思います」
船を止めて対面してからの攻防となれば、そこそこ時間がかかったと思います。体術を使えそうな気配がしました。レイメイさんの修行相手にはなったかもしれませんけれど、時間で見れば最適解であったと思っています。
「明日の夕刻出発で良いと思うけど」
「次の町であるメルクには、明後日到着になるでしょう」
「そんなら、明日も泊まれば良いんじゃねぇか」
「宿に関してモ、一泊より二泊の方が安いですネ」
元々趣味らしい趣味が少ないメンバーです。食べ歩きやお酒なんかもありますけど、出費自体は抑えられています。それでも、いつまでかかるか分からない旅です。どうしても欲しかった宝石は買いましたけれど、それ以外の所で帳尻を合わせたいと思っています。
そういう意味では、まとめて泊まった方が良いのでしょう。――しかし。
「マリスタザリアの動向次第かな。今日明日でこの町にマリスタザリアが来たら、出て行くことになると思う」
「魔王が造ったマリスタザリアでなくとも、気をつけるべきでしょう」
私達がマリスタザリアを引き寄せていると思います。なので、一つの町に留まるのは最小限です。偶に我侭を言いますけど、迷惑をかける事は出来ません。存在自体が迷惑と言われるとどうしようも――。
「船が動けるようになるまでは滞在します。休養日と思って過ごしてください」
「うん。分かった」
「あぁ」
「東方の料理も気になりますしネ」
私達も、東方の食材は気になっています。干ししいたけみたいなのは、こちらに来て始めてみました。漢方の様な物もありましたから、色々見て回るとしましょう。
「少しお店を回りに行こうか」
「はい。先ほどの特産品店も気になります」
「チラっと見ただけだもんね」
他にもお店はあるようですし、今日明日で全部回ります。
「私も一緒に回りまス」
「はい。何度も食べたい料理なんか見つけたら言って下さい。何とか再現しましょう」
「東方の料理は、どれも毛色が違うもんね」
中華やアジア料理に似ているような感じです。
「俺は酒場に行っとく」
「飲むには、まだ早い時間だと思いますけど」
「宿も決まってないのですから、酔わないように注意してください」
「場所を見るだけだ」
一昨日は作戦前と言う事で控えてもらいましたし、昨日は少し嗜んでいたようですけど、シーアさんと一緒という事で普段より酔ってませんでした。今日は別に良いとは思うのですけど、何かあった時に困りますからね。
一旦別れ、町を歩きます。一件目は、先ほど入ったアンテナショップ。私は醤油の代わりとなる物を探しています。
(これは、バルサミコ酢? こっちはオイスターかな。こっちは……何だろう)
この黒い物は醤油に近い雰囲気ですけど……。やはり、味が分からないと選びようがないですね。
アリスさんとシーアさんは、珍しい食材を買い溜めしているようです。私は、どうしましょう。調味料となると、試しに買うというのは難しいですね。使うかどうか分からないものですし……。
「むぅ」
「こちらの商品ですか?」
店員さんが見かねたのか、声をかけてくれました。
「はい。どんな味なのかと思いまして」
「でしたらこちらをどうぞ」
差し出された瓶は、封が切られています。試食品だったのでしょうか。目の前にありながら気付かないとは……少し、恥ずかしいですね。
「いただきます」
気になっていた三種を飲ませてもらい、味を確かめます。バルサミコ酢とオイスターソースは正解でした。分からなかった物は、ウスターソースでしたね。
「ありがとうございました。欲しい物とは少しだけ違いました……」
そういえば、お酒も……純米酒が良いですよね。みりんも欲しいですし。
「お探しの物は、どのような味でしょう」
「少し塩気が強い、豆を発酵させた物です」
「豆を……。それですと、こちらが一番近いかと」
色が薄いですけど、見た目は一番醤油に近いでしょうか。
味は……。
「……! 近いです」
「良かったです。また何か必要な物がありましたら、お声をかけていただければ」
「ありがとうございます」
購入候補ですね。他にも探してみましょう。アリスさんへの手料理。なんとしても私だけの手で。