『ブフぉルム』修理⑤
「ごちそーさまー」
暗い城で少女が椅子から飛び降りる。
「どうだ」
「んー。うすい」
「そのようだな。まだ言葉が拙い」
頬杖をつき、鋭い眼光で少女を見ている。その者の感情は読めない。
「ねー。あのこがほしい」
「あぁ、あの」
「そう! ちらっとしかみえなかったけど、すごくおいしそうだった!」
「まだダメだ」
「えー」
頬杖をついている者の膝に両手をつき、頬を膨らませる少女。その少女の頭に手を置き、諭すように言う。
「まだ来られても困るのでな。何れ食べる機会は来る」
頬杖を解き、玉座から立ち上がる。その者の目はギラギラと菖蒲色に輝いていた。
「まだまだ届かない。ならばもっと、もっとだ」
「んー?」
「付いて来い。遊んでやろう」
「わーい! まおーとあそぶのひさしぶりだ」
魔王の後ろをついていく少女の顔は綻んでいる。魔王と少女の関係は謎だけど、決して悪いものではないように見えた。
ブフぉルムが見えてきました。そのまま入るのも良いでしょうけど、見える位置まで来たので遅めの昼食にします。シーアさんも、町が見えていれば安心するでしょうから。
「おい起」
「料理が出来るまで、そのままで構いません」
起こそうとしたレイメイさんを、アリスさんが止めました。三十分程ですけど、もう少し休んでもらいましょう。
「一応見ていて下さい。変わった事があればすぐに呼んで欲しいです」
「あぁ」
レイメイさんに一言お願いしてから、アリスさんと厨房に向かいます。
軽い物を作ってもらい、甲板へ。雲が少し増えています。一応パラソルも用意しておきましょう。
お昼はスープとサラダ、目玉焼きにベーコン、バターとジャムで食べるパンですね。
「シーアさんを起こしてください」
「おい起きろチビ」
「ふぁ………。お昼ですカ」
もぞもぞと起き上がり、目を擦っています。
「ん……? これは、リツカお姉さん達の……」
「おはよう。少しは休めたかな」
「えぇ。自分でも知らず知らず溜め込んでたようでス。リツカお姉さんの事を言えませんネ」
「リッカさまがシーアさんくらい正直ならば、私も嬉しいのですけど……」
「はは……。ごめんなさぃ」
丁寧に私たちの毛布を畳み、枕をその上に置いています。晴れていれば、そのまま干すのもありだったでしょうけど、あいにくの曇天です。
「私の部屋から持ってきても良かったんですけどネ」
「勝手に入るのも悪いと思ってね。気にしなくて大丈夫だよ」
取りに行くついでに、少しやらないといけない事もあったので。
「そういう事なラ。でハ、少し顔を洗ってきまス」
シーアさんを待って、食事にします。
「ちゃんと着けましたカ」
「真っ直ぐで迷うわけねぇだろ」
「同じ景色だと結構分からないものなんですヨ」
寝起きとは思えない程の速度で料理が消えていきます。お腹が空いていたようです。
「修理工場には私が持って行きまス。リツカお姉さん達は先に町へお願いしますヨ」
「神隠しの事もあるから、レイメイさんは置いて行くよ」
「気にしすぎと言いたいところですけド、私も誘拐なんて真っ平ですシ」
「二回目になるもんな」
「もう二度とありえませんかラ」
そういえば、最初の町で誘拐されましたね。人質として。共和国が近づくにつれシーアさんを知っている人は多くなってきました。王族の妹であり魔女。『エム』を与えられた最高峰の戦力であると。しかし、だからこそ狙われます。今まで以上に気をつけてもらわないといけません。
「船の修理が終わるまでゆっくりしてて。結構広いっぽいけど、二人で回れるだろうから」
「これからも共に戦うのですから、休める時に休んでください」
「……分かりましタ」
何も、シーアさんを軽んじている訳ではありません。むしろ重きを置いているからこそです。
「でハ、入り口で降ろしまス」
「お願いします」
浄化後、町で探索です。神隠しの被害者に話を聞くのを最優先とします。魔王の事はもう、聞いても分からないと思うので省きましょう。この周辺での異変を聞く事が代わりになると思います。
後は、醤油ですね。
「ご馳走様でしタ」
シーアさんが最後のパンを食べきり、食事を終えます。アリスさんと私は片付けを、レイメイさんは再度運転を。今日はシーアさんの休養日という事で良いでしょう。
ブフぉルムは、造船のためだけの町に見えます。生活スペースは最低限。生活に必要なお店は充実して、船の修理や購入者の為の宿泊スペース。東との交流で輸入しているのでしょう。アンテナショップのような場所はあります。それでも、船大工が快適に過ごせるように整備されているようです。
「滞在するのには、困りそうにないかな?」
「はい。船の修理には一日以上かかるでしょうから、今日は泊まりになるかと」
宿泊は避けたかったですけど、整備から修理になった以上致し方ありません。
「では後ほド」
「うん」
舷梯を降ろすのも面倒なので、アリスさんを抱え飛び降ります。少し砂地ですね。
入り口近くに居た人たちを少し驚かせてしまいましたけど、問題なく町に入ることが出来ました。さて、まずは町長さんですね。
「ここですネ」
「みたいだな」
「すみませン。修理に来たんですけド」
「あぁ? あぁ、三番に行ってくれ。右端だ」
「どうモ」
三番、あれですね。
「あ? あの船どっかで――」
「おーい早く持ってきてくれ」
「あぁ、あいよ」
三番は、結構寂れてるような気がしますけど、気のせいですかね。
「すみませン。修理お願いしたいんですけド」
「あぁ、じゃあ船止めて降りてきてくれ」
「はイ。鍵はどうすれば良いですカ」
「鍵?」
「この船、鍵つきなんですヨ」
「……? ……おいおい、ちょっと待ってくれ」
職人と思われる人がバタバタと慌て始めました。職人なら知ってるでしょうね。これが王族専用船だと。とはいえ、そこまで慌てるようなものではないはずですけど。もしかして、乗っていると思っているのでしょうか。
新にやって来たのは、ここの長でしょうか。仕立ての良い服を着ています。
「あ、あの。もしやと思いますが……エルヴィエール・フラン・ペルティエ様でしょうか」
「その妹でス」
「レティシア様、でしたか」
「はイ。女王陛下は乗ってませんかラ、そんなに畏まらなくて良いですヨ」
王族に対し失礼を働いてはいけないというのは分かっています。それでも、過剰反応すぎですよ。飛び入りでやってくるほど、女王陛下は失礼ではありません。
女王陛下の名代としてここに来るのなら、私でも連絡を入れます。ここへはただのお客として来たに過ぎません。
「ただの通りすがりの修理希望者でス。気にしないで下さイ」
「は、はぁ……」
「では……船を見させていただきます。鍵は、船室に問題があるのならば開けておいて欲しく……」
船室ですか。一応見てもらった方が良いですよね。
「少し待って下さイ。もう二人にも確認しないといけませン」
見られて困るもの云々ではなく、女性の部屋に入れるわけにはいきません。ですけど、修理が必要なら入ってもらうしかないです。
「巫女さんですカ」
《どうしました?》
「船室の方も修理がいるかもしれないんですけド」
《確かに、扉が軋みを上げていましたね。それでは、船室に入って良いかという確認ですか?》
「はイ。大丈夫ですかネ」
《一応毛布を取りに戻った際に整頓しておきました。私物の扱いにだけ気をつけていただければ幸いです》
「分かりましタ。伝えておきまス」
流石、準備が良いです。
「あのー」
「船室の方も見て欲しいでス。女性の部屋なので配慮していただければ幸いでス」
「えぇ、一応女の職人も居ますので……。あのー、先ほど巫女さんと聞こえたのですけど」
ガンガンと音が響いている場所で、良く聞こえたものです。
「まァ、気にせずニ」
「へ、へい」
簡単に巫女さん達の素性をバラすのは、辞めた方が良いですね。今後を考えて注意しておきましょう。
今回は手遅れでしたけど。