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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
39日目、ハプニングなのです
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岩山の悲劇⑦



 草木が欠片もない岩山。雨風によって大きく抉れた、不思議な空間が広がっています。


「落石にも注意してくださイ。もう結構、ぼろぼろらしいでス」

「ちゃんと整備した方が良いね」

「マリスタザリアが減れば、コルメンスさんの方で行うでしょうけど……優先度は低いでしょうね」

「ですネ。通らなくても良い場所ではありますかラ」


 近道というだけで、岩山を通らないと絶対に北へ行けない、という訳ではありません。


「浸食が進んでて、洞窟みたいなのもあるんだ」

「はい。隠すにはもってこいです」


 子供が入るには十分な大きさです。マリスタザリアは大型が多く、小さい動物であっても大きくなる傾向にあります。姿が余り変わらず、機動力や力だけ上がる個体もいますけど、あの大きさの洞窟ならば入ることは出来ないでしょう。


「中で繋がってるんですかネ」

「んー、どこかに繋がってる物もあるだろうけど」

「殆どが窪みのようです」


 不自然に置かれた岩なんかに注意します。その不自然な岩は蓋でしょうから。中に何かがあるはずです。


「……っシーアさん! 前方にマリスタザリア!」

「前ですカ。轢きまス」

「え?」


 シーアさんが”風”を追加で送り、スピードを上げました。


「だ、大丈夫なの?」


 止まる事を前提に、結構急いで声をかけました。まだ先です。それでもシーアさんは轢く気です。


「船首は頑丈に作ってありまス」

「余り強い敵ではありません。轢いて対処出来るのであれば、負担も減るかと」


 確かに……マリスタザリア全てに対処していては時間がいくらあっても足りません。轢き殺せるのならば、それに越した事はないでしょう。


 しかし……。


「時間は有限でス。雑兵に構っていられませン」


 一応岩山の何処かで止めて、探索する予定だったはずなのですけど……。もっと次の街に近い位置で止めたいと、シーアさんはガンガンとスピードを上げます。


「リッカさま。どうですか」

「嫌な予感はしないけど、マリスタザリアの種類が分からない事には、まだ……なんとも……」


 胸のざわめきはありません。大きな災いはないのだと思います。しかし、マリスタザリアがどんな種類なのかが不明です。大型なのか小型なのか、二足なのか四足なのか、魔法は使うのか、体術は……。


 考えればきりがありません。


「いつでも飛び出せる準備だけは、しておくよ」

「はい」


 轢ければ、少なくともダメージは与えられます。倒しきれなかった時のために追い討ちの準備をしておきましょう。”強化”を纏い、手に取ったのは……ナイフ。撃ち抜きます。


 最高速度で進む船が、坂を登りきります。そして僅かな直線に、マリスタザリアは居ました。中型、二足です。


「鹿……?」

「サンクウリエ。自身よりも大きく育つ角を持つ、肉食獣です」

「角は戦いの中で折れる為、大きい角を見ることは中々出来ませン」


 先端が鋭いです。あれが変質でなければ、生来の武器という事になります。あれで突き刺し、仕留めるのでしょう。


「轢きまス! 衝撃に備えてくださイ」


 アリスさんの肩を抱き、手頃な場所を掴みます。シーアさんは、舵をしっかり握っているので振り落とされる事はないです、ね。


「あ゛……?」


 今更起きたレイメイさん。備えるなんて出来るはずもなく――船は躊躇いなくマリスタザリアに、ぶつかりました。


「ぃっで……ッ」


 強い衝撃が起き、レイメイさんが地面に腰を強かに打ちつけました。そのまま後ろへ転がっていってしまい、更に出っ張りに脚を引っ掛け、少し跳ね上がり……壁へ。


「~~~~ッ」


 芸術点の高い転がり方です。


 レイメイさんを観察している場合ではありませんでした。


「マリスタザリアの気配が消えてません」

「少し、受け流されたみたい」


 衝突の瞬間、体を捻り衝撃を逃がしたようです。こんな動きが出来るのは、魔王産のマリスタザリア……? 考えるのは、後です。


「アリスさん」

「はい」


 アリスさんが手すりに捕まるのを確認し、船の左後方へ。


(まだ、体勢を立て直せてない)


 少し揺れが強い甲板を物ともせず駆け抜け、船が通った道の端に倒れこんだマリスタザリアを目視しました。


「――シッ!」


 投げ放たれたナイフは、真っ直ぐにマリスタザリアの眉間を目指しています。風を切り裂き、ひたすらに……!


「フ……ッ」


 胴体を残し消し飛んだ頭。角がカランと落ちる音が、聞こえました。 

 マリスタザリアの絶命を感じ、辺りの警戒へと移行します。



「……」

「何でス。そのおでコ」

「何の騒ぎだ」


 見事なまでに赤くなったおでこを摩りながら、レイメイさんが立ち上がりました。


「マリスタザリアを轢きましタ」

「おい王族」

「四の五の言ってられませン」


 轢き逃げ、速度超過ですかね。一発免許停止でしょうか。


「マリスタザリアですシ、良いでしょウ」

「まぁ……誰も見てねぇだろうがよ……」


 これからもマリスタザリアを轢く事があるでしょう。確かに、時間のロスはなく進む事が出来ています。もし仕留めきれずとも、ナイフさえあれば私が撃ち抜けます。


 ただ、問題が。


「シーアさん。船底が」

「……」

「あ?」

 

 ぶつかった時でしょうか。嫌な音がしました。今も、船の底がミシミシと軋みを上げています。もしかしたら、ひびが入っている可能性も。


「シーアさん、一度止めた方が良いのではないでしょうか」

「せっかくなので岩山を下りきるまでこのまま行きまス」

「意地で船壊すなよ」

「壊れませン。これは王族用の船でス。頑丈さが違いますヨ。頑丈さガ!」


 一度止まって整備した方が良いとは思います。しかし、海の上ではないので浸水はないでしょうし……沈むなんて事はないです。先ほどからぽろぽろと地面に零れている木片に目を瞑れば、ですけど。


「坂を下りまス。サボリさン」

「あぁ……」


 ”風”を向かい風に切り替え、速度を一定に保つようにします。”風”使いがいれば、航海も何のそのですね。海洋生物のマリスタザリアが居なければ、ですけど。


「坂を下りきった所で止めまス」


 感知範囲には、今の所マリスタザリアは居ません。しかし、木霊する唸り声は、マリスタザリアの存在を如実に表しています。探索のついでに、倒せるだけ倒しましょう。




「これはダメですネ」

「お前……」

「次まで行けそう?」

「まァ、ギリギリですネ」


 ギリギリでも、次にいけるのなら問題ないです。どうせ整備する予定だったのですから。


「応急修理だけはしておきまス」

「俺もこっちを手伝う。探索はお前等だけで行って来い」

「分かりました」


 アリスさんと二人で少し散歩です。穏やかなものではないですけど、少し違う空気を吸いに行きましょう。


「あん時止まってりゃここまで酷くは」

「余り変わりませんヨ。早く修繕用の木材持ってきてくださイ」

「はぁ……普段あれだけ慎重にとか言ってる奴のやることかよ」

「それでもサボリさんよりはマシでス」

「あ゛!?」


 仲が良いのは結構ですけど、作業はしっかりとお願いします。


「リッカさま、参りましょう」

「うん」


 とりあえず、広域感知を一度して……一番近いマリスタザリアを討伐しましょう。そして周辺を探る感じで。


「マリスタザリアの動きが良いから、注意していこう」

「魔王の、でしょうか」

「魔王産のマリスタザリアが、魔法と体術を使うとは、思うんだよね」


 魔法や体術を使わないマリスタザリアと、使うマリスタザリア。違いは大きいですけど、なぜ分かれているのか……。悪意の量か質が関係しているのだと、推察します。


「魔王産は、ほぼ全て……魔法と体術を使うと思う」

「それ以外でも、居る可能性があるのですね」

「うん。自然発生でも、悪意の質と量さえあれば、きっと」


 全てが魔王の策略、一手に見えてしまいます。それでも、直接的ではないだけ余裕があります。もし直接、幹部なりを送り込んでこられると、非常に困ります……。


 一体の幹部ならば四人で総力戦って事になります。しかしそれが、二体、三体となると……対処しきれなくなるのです。


 実力もそうですけど、数に負けます。戦いは数です。そして、それを使う人が優秀であれば……より凶悪に。


「魔王産マリスタザリアだとしたら、ここには何かあるのかもしれない。慎重に探してみよう」

「はいっ」


 露骨な誘導にも思えます。魔王産のマリスタザリアに守らせるなんて。罠かもしれない、そう思っていても止まる事が出来ません。私達と魔王の関係は、そうなのです。


 相手の選択肢は多く、私達の選択肢は少ない。何しろ私達は少しでも、情報が欲しいのですから。



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