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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
39日目、ハプニングなのです
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岩山の悲劇②



「――こ、のッ!」

「……!」

 

 いつもより鋭く、素早い攻撃が私の顔の横を通り抜けました。二日も修行を休みましたけれど、鈍るどころかより強くなっています。


(殺意の篭った相手との戦いで、こうまで)


 ヨナタンとの戦闘は、レイメイさんにとって良い刺激になったようです。私も殺意を込めて相手をしてあげればいいのでしょうけど、倒すべき相手以外に向けるのは抵抗があります。


 レイメイさんが伸び悩んだ時に、やってみましょうか。


「良い一撃って思いましたけド、余裕ですネ」

「まだまだ、リッカさまが合わせていますから」

「本気を出す所カ、相手に合わせる余裕があるト」


 心持が変わった事で、今まであった躊躇の様なものが消えたのを感じます。しかし、それだけです。やっとスタートラインに立ったというだけです。


「疲れた時こそ、体勢には気をつけて下さい」

「な――」

「ほら、足が浮きましたよ」


 しゃがみ、足払いでレイメイさんの軸足を蹴り飛ばします。追撃を入れるのは簡単ですけど、受身を取る練習の為に、一旦様子見をします。


 肘から落ちたレイメイさんは、そのままの勢いで背中を打ち付けました。肺から空気がごふっと抜ける音がします。受身は取れなかったようです。


「今の攻撃がマクゼルトのであれば、レイメイさんの下半身は遥か彼方に飛んでいったことでしょう」

「怖ぇ事……ゼェッ……言うなッ……!」


 今日のメニューは、投げ技ではなく打撃中心です。同じ攻撃パターンの相手とやると、凝り固まってしまいますから。


「私の攻撃が当たる度、レイメイさんは死んでいます」

「分ぁっとる……」

「レイメイさんが生き残る道は二つです。完全に避けきるか、マクゼルトの攻撃を受け止める方法を見つけるかです」


 ただの拳圧で人を殺せる、本物の化け物です。受け止めるなんて考えたくもありませんけれど、一つだけ……方法はあるかもしれません。ぶっつけ本番でしか試せないので、避けるのが大前提です。


「読みの方はどうなんでス?」

「私から見ればまだまだですけれど」


 アリスさんの言う通り、まだまだ甘いです。それでも、確実に感覚が鋭くなっています。


「そろそろ次の段階に行きましょうか」

「あ゛?」

「立ってください」


 手首をぷらぷらさせ、足首の柔軟を行い、手を握り締め感覚を確かめます。


「レイメイさんはただ避けるだけです。反撃を禁じます」

「は」

「――シッ!!」


 左手による右頬への掌底打ち――に見せかけ、右手の掌底で鳩尾へ――川掌っ!


「ウッ……」

「1回死亡」

「説明を、しろ……ッ」


 お腹を押さえ悶えるレイメイさんが、説明を求めてきます。察しが良くなければ、読みも良くなりません。自分で考えて欲しいのですけど……。


「説明も何も、今のが全てです」

「反撃する事が出来ずにただ避けるだけというのは、相手の攻撃が分かっていないと難しいですね」

「まず無理ではないでしょうカ。リツカお姉さんの打撃は知ってまス。動き全てが相手への攻撃に繋がっているような物ですシ」


 私の攻撃は、結構隙だらけだったりします。なるべく無駄がないように動いていますけど、威力を上げるために体を回す動きを多く取り入れています。私は震脚だけで、威力を上げきれないのです。


「だからこそ、読んでください。読まないと痛い思いをするだけです」

「……まさかたぁ思うが、これからずっとか……?」

「そうですね。二日に一度にしましょうか」


 ただ殴られるだけになると、修行になりません。


「私の攻撃を十分避けきってください」

「ク……ッ!」


 私のように第六感を信じろなんて、無茶は言いません。レイメイさんが目指すのはライゼさんです。経験による読みです。観察眼をもってして相手の攻撃の癖を視る。そして、経験からくる読みで避ける。これを修得してもらいます。


「効率的に避けないと、ただ我武者羅に避けても当てますから」

「こ……効率だと?」

「動きを見て、先を読んで、私の死角へ避けてください」


 私が動けない位置に避けるんです。


「掠りでもしたら一回死亡です。今日の死亡回数を基準に、明日からの教練を決めます」

「三十六回でス」

「四十九回でしょうか」

「意地でも避け切ってやる……」


 一度見たマクゼルトの攻撃に近い速度で打ち込みます。しかし、私の攻撃は怪我させない為に当たる寸前で勢いを殺しています。これでは、実際よりずっと遅くなってしまうのです。


 受身をしっかり取れるようになって、ある程度避けられるようになったら手加減を段階的にやめていきます。最終的には全力で組み手が出来れば良いなと、思うのですけど――。


「何回目でス?」

「四十二回目です」

「巫女さんの勝ちっぽいですネ」


 まだまだ先になりそうですね。


「あと三分です」

「……」


 打撃時、完璧に勢いを殺しているので怪我どころか痛みもありません。しかし、何度も死亡判定を出され、避け続けているためか……レイメイさんの目に生気がありません。


 ライゼさんならば、もっと上手く教える事が出来るのでしょうけど……。私はこれ以外の方法を知りません。反骨心で頑張ってくれる事を、期待します。



 

 修行を終え、私はシャワーを浴びます。まだまだ寒いですけど、少し温度が上がったように感じます。でも、これから北に進むとまた寒くなりそうです。防寒着を買っておくべきでしょうか。


(今日の朝ごはんは、昨日シーアさんが買ってきたお土産かな)


 十品食べ切って、その後自分のお金でお土産を買ってきたようです。レイメイさんも稼いでいるとはいえ、昨日の出費は大きかったでしょうね。


「さて」


 手早く身嗜みを整え、朝食の準備に向かいましょう。

 今日は山越えです。船で超えるので楽ではありますけど、マリスタザリアが多数出現すると噂の場所ですから、体力をつけないと。


 扉の向こうを、シーアさんが歩いています。ゆっくりと扉を開け、ぶつからないように気をつけます。


「準備?」

「はイ。まァ、並べるだけのですけどネ」


 アリスさんが暖め直してくれたようです。湯気が仄かに立ち上っています。


「リツカお姉さん用にスープもあるみたいですヨ」

「ほんとっ? 行ってくる!」


 走らず、それでいて素早く厨房に降りて行きます。



「少しピリ辛らしいです――ってもう居ませんネ」


 リツカお姉さんなら毎日同じ物でも喜ぶでしょうけど、巫女さんは毎日変えてますね。こちらとしても違うものを飲めるのは嬉しいです。実際スープに関しては、ゾルゲで食べたどのスープよりおいしかったですし。


「コースの一部としてのスープト、スープという単品料理の違いでしょうネ」


 スープや煮込み料理は、栄養が偏りがちになる事が多い旅では重宝します。栄養全て、体に入れられますから。スープがおいしいというだけで、旅の安心感が違いますよ。巫女さんに感謝しかありません。


「そんな料理ヲ、味がないとかいうお馬鹿さんも居ますけド」

「あ゛……?」


 甲板で、リツカお姉さんに言われた通り体幹? を鍛えているサボリさんがダルそうに私を見ています。あれだけリツカお姉さんにこてんぱんにやられた後のこれはきついでしょう。体よりも心が。


「五十四回死んだ気分はどうでス?」

「うっせぇ。お前もやってみろよ」

「無理ですヨ。あんなの避ける事が出来るのなんテ、お師匠さんか巫女さんくらいでしょウ」


 リツカお姉さん本人が言っていた事です。「もし仮に、百二十パーセントあり得ない事だけど私とアリスさんが戦ったとしても、私の攻撃は一度も当たらない」と。


 逆に巫女さんは当てることは出来ると言ってました。当てても倒せる気はしないとも。

 お互い、相手取るなんて状況はあり得ないと言ってましたけど。


「お師匠さんガ、自分より才能があるって言ってたんでしょウ」

「俺はそんな事聞いてねぇ」

「リツカお姉さんが言ってたじゃないですカ」

「世辞だろ」

「リツカお姉さんガ?」

「……」


 巫女さん相手でもお世辞を言わないリツカお姉さんが、サボリさん相手にお世辞なんて言うわけないじゃないですか。お師匠さんに認められてるって事が照れ臭いからって、変な言い訳しないでください。


「隠れてた魔王が出しタ、マクゼルトという手札。つまりもウ、マクゼルトは隠す必要がないって事でス」

「あぁ」

「いつでも襲ってきますヨ」


 悠長にしている暇はないって事です。


「さっさと強くなって下さイ。魔王軍幹部は未だ居るんでス。せめてマクゼルトはサボリさんが一人で倒すしかないですヨ」

「分ぁっとる。アイツは俺の獲物だ」


 真剣に、修行に取り組んでいるのは分かっています。成長速度も、リツカお姉さんが驚く程の物です。それでもまだ、マクゼルトに勝てるとは思えません。


 今でもマクゼルトと聞く度、口にする度に思い出します。真っ赤なリツカお姉さんが更に――赤くなった姿を。



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