岩山の悲劇
A,C, 27/04/03
早朝。まだ人が疎らな頃。
「もう少し滞在しても……とは、言えませんね。エリスさんもゲルハルトさんも、集落の事が気になるでしょうし……」
エルヴィエールが少し寂しそうな声で葛藤している。
「”神林”も狙われているので、守りを固めないといけません」
「エルヴィ様達ともう少し、子供達の話をしたかったのですけど、あの子達も頑張っていますから……私達も自分の役割に徹しなければ」
今日は、ゲルハルトとエルタナスィアが”神林”に帰る日だ。
「アリス達が世界を救うまで、私達は”神林”を――アリスが帰る家を守りきる。あの子達が森を出る時に約束した事です」
「リツカさんとの約束ですね」
「えぇ」
リツカらしいと、エルタナスィアとエルヴィエールの二人は微笑む。
「神林もですが、王都も心配です」
「ご安心を。防衛班も王国兵も、士気が高いですから」
”巫女”達と交流がある者達を中心に、絶対に王都を護ると不退転の決意を見せている。王国侵略戦争より数日。兵と冒険者の整備も終わり、防衛線の構築は完了している。同じ程度の物量であれば、護りきれる自信があると報告を受けている。
「こちらはお任せください。皆さんの第二の故郷たる王都を落とす事など、許しません」
コルメンスの力強い宣言に、集落に戻る二人は安心感を滲ませる。
「討伐隊帰還の報せが届き次第、連絡します」
「よろしくお願いします」
「恐らく、私から伝える事になるかと思います」
エルヴィエールが連絡役を買って出る。
「シーアならきっと、討伐後に一度フランジールに寄ると思いますので」
死闘である事は確実。その後そのまま、王都まで戻るのは無謀だ。レティシアならば共和国に寄る事を提案するだろうと、エルヴィエールは考えている。
「なので、私もそろそろ……一度戻ろうかと思っています」
「……あぁ、分かっているよ」
二人は一国を納める王だ。どちらかの城に滞在という訳にはいかない。
ぱしゃりという音に、エルヴィエールとコルメンスがエルタナスィアの方に視線を戻す。
「シーアちゃんに頼まれてたので」
「え!?」
「シーアったら……エリスさんに何て頼み事を……」
甘い雰囲気を出していた二人を、エルタナスィアが写真に収める。今日は気付かれるように撮ったけれど――。
「もしかして、ずっと……」
「はい。アリス達が出発してからずっと」
「気付きませんでした……」
撮られた事に気付かなかった二人。しかし、エルタナスィアが隠れて撮るのが上手というわけではない。二人が気付かなかっただけだ。
「見送りは良かったのですか? ロミルダさん達も来たがっていたかと思いますが」
花好きという事で、エルタナスィアとロミルダは話が合う。知り合ってから何度か、店先で話しているのを目撃されていた。
「そろそろ帰ると伝えた時に見送りは良いと伝えましたので。それに、私達は森から出られないという誓約はありませんから、アリス達の代わりに王都に行く事もこれからあるでしょう」
「うむ。それに………アリスはもう一人ではない。私達が居ないといけないという事はないだろう」
「そうですね……。少し寂しい気持ちですけど、それ以上に嬉しい」
カチリという音に、ゲルハルトとエルタナスィアが目を丸くする。
「アルレスィアさんとリツカさんに聞かせようかと思いまして」
「あらあら」
「そ、それは……」
エルタナスィアは少しだけ困ったように微笑み、ゲルハルトは強く困惑している。気恥ずかしいのだろう。
「護衛をお連れしました」
護衛の手配で遅れていたアンネリスが遅れてやってくる。
「明日になればディルク隊長が就けると思うんすけど……」
ディルクの方が護衛に向いている。やってきた護衛の男は、ディルクを待ったほうが良いのではないのかと思っている。
「ディルクは最近働き詰めだったから、三日程休暇を出すつもりだ。彼の存在は、冒険者、防衛班だけでなく王国兵にとっても大きい。大事な時に万全で居られるようにしてもらわなくてはね」
「そういう事なら……」
レティシアの要請で出撃する際、ディルクを派遣していた。確実に成功させたい任務が多かった為だ。なので、ディルクは疲労している。本人は毎日働いている巫女達を考えれば、自分はまだまだ働けると言っているようだが。
ディルクが欠けた際、もしまた侵略を受けてしまったら――次は守れない。ディルクは現場の最高権力者。一度ギルドを通してから命令を出していては間に合わない。その場その場で最適解を出せるのは、ディルクくらいしか居なかった。
「防衛線は整備出来た。でも、まだまだ指揮官が足りていない」
「今選別を行っている所です。選任の中には数名候補が居ますが、難航しております」
守るための人員は確保出来た。しかし、不測の事態に対応出来るだけの柔軟性が欠けていた。ギルドとの連携不足が露呈した先の戦争。現場判断出来るものが要ると、指揮官の発掘に勤しんでいる。
「この話は後で」
「はい」
今はゲルハルトとエルタナスィアの見送りだからと、話を区切る。
「あぁ良かった。間に合ったよ」
「ロミィさん?」
「アンネが急いでるのが見えたから追っかけ来たけど、正解だったねぇ」
ロミルダが息を切らせてやって来た。手には何かの袋を持っている。
「見送りは良いって言われてたけど、これを渡したくてね」
「これって……」
エルタナスィアに渡されたものは、小さい種が数個入った袋だ。エルタナスィアの目が、驚きに見開かれる。普段見ることのない、エルタナスィアの純粋な驚愕に、ゲルハルトは目を丸くしている。
「フルドゥジエ――に、なるはずのもんだよ」
フルドゥジエ。この世界特有の花だ。香りは桜に良く似ている。赤色と桃色の間くらいの色合いだ。桜との違いは、木にならないことか。
「これが欲しかったんだろう?」
「えぇ。手に入ったの? もう絶滅したものと……」
「物好きは何処にでも居るもんさ」
ロミルダが肩を竦める。手に入るとは思っていなかったのだろう。
長いことフルドゥジエを見ていない。恐らく、天然の物はもうない。
「品種改良ってのをしたらしくてね。試作品って事で本当にフルドゥジエになるかは、お楽しみってとこかね」
「そんな貴重な物、良いのかしら……」
「良いよ。私も少し持ってるからさ」
ぐいっと種を手渡すロミルダ。申し訳なさそうにしながらも、エルタナスィアは受け取った。
「しっかり育てば、二人も喜んでくれるだろうからねぇ」
「そうね。リツカさんは、サクラが好きって言ってたから」
魔王討伐隊の王都最後の夜に、リツカがエルタナスィアに話したことだ。桜という木があり、春には桃色の綺麗な花を咲かせるというのだ。この世界にはないものなので、一番近いのがアルツィアの髪の色と例えてエルタナスィアを困らせていた。
いつもの絶好調リツカだったから、勢いが先行していた。
アルレスィアはくすくすと笑いながら、図鑑で見たフルドゥジエに似ていると補足していた事で、エルタナスィアはフルドゥジエを探し始めたのだった。
「皆が帰って来るまでに、咲かせたいわね」
「私の方でも育てようかねぇ。水次第で桃色を強くしたり出来るそうだよ」
「そうなの? フルドゥジエにそんな変化なかったはずだけど……」
「何でも売り物にする時に、育て方で変化があったほうが楽しいだろうからってさ」
「確かに、育て甲斐があるわね」
同じ趣味、同じ歳とはいえ一気に仲良くなっている二人に、ゲルハルトとアンネリスはきょとんとしている。
娘を持つ母親というのもあるのだろう。共通の話題であるリツカも居る。仲良くなるのに、さして時間はかからなかった。
「水で色が、変わるんですか?」
「えぇ。水に含まれる成分が関係しているらしいです」
「アサガオっていう花があるんですがね。あれもそうですよ。紫とか青とかになるんです」
エルヴィエールも花に興味が出てきたようだ。ロミルダとエルタナスィアから、ガーデニングの話を熱心に聞いている。
置いていかれる形になったゲルハルト、コルメンス、アンネリスは、もう少し時間がかかりそうなガーデニング談義を待つ傍ら、護衛や防衛について話している。
静かに見送るはずだった早朝の南門は、王族と花屋、”神林”集落の長にギルド職員と、様々な顔が朗らかに会話している光景が広がっていた。
王都の朝は、平和な一日を告げているようだった。
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