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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
38日目、覚悟なのです
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『ゾルゲ』神隠し⑩



「お魚料理、楽しみですね」


 私がまた難しい顔をしていたのでしょう。場を和らげる声音でアリスさんが微笑みました。


「ムニエルやポワレが殆どなんだっけ?」

「はい。リッカさまが作ってくれた酒蒸しや、話してくれた照焼きなんかもあるかもしれませんけれど」


 酒蒸しはコースに合うかもしれません。でも、照焼きはコースには不向きなのかもです。味が濃いので、肉料理の前に出すものではないかと。和食のコースであれば、問題ないかもしれません。


「醤油があれば、照焼きも出来るかな。似たようなのがあれば良いんだけど」


 塩と出汁で醤油代わりにはなるのでしょうけど……照焼きなら、醤油を使いたいですよね。


「作り方は分かりますか?」

「んと、大豆を発酵させるんだったかな」


 この世界にも発酵食品はあるのですけど、醤油用の麹があるかは……微妙です。麹の作り方なんて知りませんし……。


「リッカさまの世界とこちらは味覚が似ていますから、どこかにあるかもしれません」

「東の国は、海の向こうだからまた違うよね」

「はい。東とは少しだけ交流がありますから、流れてくるかもしれません」

「東側に行った時に、探してみよう」

「はいっ。もし手に入れたら、リッカさまの手料理がまた食べたいです」


 一度酒蒸しを作ってからは、少し手伝いをするくらいでした。私だけで作るのは久しぶりですね。もし見つからなくても、何か代用出来る物があれば、砂糖とみりんで作れるでしょう。


 アリスさんがわくわくと、心を弾ませています。気合が入ります。


「任せて。おいしいの作るから!」

「はいっ。楽しみです!」


 アリスさんの舌を唸らせる……のは、難しいかもしれませんけれど……。頬が綻ぶくらいの物は、作ってみせますっ。



 もし作るときがきたときに、照焼き以外にどんな付けあわせが食べたいか等を話していると役場が見えてきました。


 濃い味と少し脂の乗った魚を使うので、さっぱりとした澄まし汁やほうれん草のおひたしを作ろうと思います。和食をアリスさんに振舞いたいです。


「お帰りなさいませ。浄化、ありがとうございました」


 役場に入ると、町長さんが迎えてくれました。お礼と共に頭を下げてくれます。


「無事終了して良かったです。それでは、少し時間をいただけますか」

「もちろんです。どうぞこちらへ」


 町長さんも、神隠しについての直談判を聞いていました。なので、薄々何を尋ねられるか分かっているみたいです。


「私の方にも、何度か嘆願書が届いていたのです。しかし、誘拐といえるのか微妙だったので判断に困っていたのです……」


 神隠しと話題になる前は、誘拐として通報があったでしょう。しかし、状況が非常に難しいです。


「もう一度確認させてください。蒸発したように消えたという事ですけど、それはどういう」

「足元からスッと消えていったと聞いています」

「その時子供は、どういった表情を?」

「何が起きているか分からないといった様子だったそうです。しかし、泣き叫ぶような子は居なかったようです」


 自分が今にも消えそうになっているのに泣き叫ばない。強い子達だったのか、他の原因があるのか。やはり、自分の目で見なければ状況を想像し難いです。

 

「消える速度や、親の行動等は、聞いていますか?」

「速度は……。しかし、子供を辛うじて掴んだ方が居ました。掴んでいたにも関わらず、そのまま消えたとの事でしたが……」


 ”疾風”や”影潜”という訳ではないですね。掴んでいれば、両親も巻き込まれているでしょうし……。


「連れ去られた子に共通点等は」

「ありません……。成人前であれば何歳でも連れ去られていますし、これといって……」

「要求等はないんですよね」

「はい。ここの料理人達の家族という事もあり、裕福な家庭が多いのですが……要求を受けた者は居りません」


 身代金目当てでは、ないんですね。子供自体が必要という事でしょうか。嫌な予感が加速していきます。身代金要求があれば、最低限の安全は保障されます。しかし、子供が目当てでの連れ去りなんて、何をされるか……。


「他の街に被害者は居ませんか?」

「申し訳ございません。確認をしておりません……。お時間をいただければ、近隣の街に確認を取りますが」

「お願いしてもよろしいでしょうか」

「はい。連絡を取れるのは、ブフォルムとメルクです」


 町長さんが連絡を取りに席を立ちました。


「ブフォルムは造船業が盛んです。メルクは、小さいながら豊かな町と聞いています」

「どっちも、平和な町っぽいね。隣町?」

「ブフォルムは最東端、メルクはその北に位置しているはずです」

「最東端だと、いくつか町を挟むかな?」

「今回は挟まなかったはずです。長時間移動になりますし、少し山を越えます」

「山って事は、緑が」

「いえ……残念ながら、岩山です」

「そっか……」


 木々の間を船で駆け抜ける。きっと心地良い風も香りがするはずです。でも、岩山とは……。


「アーデさんの整備を受ける事が出来なかったので、ブフォルムで整備を受けた方が良いかもしれません」

「そうだね。あの時は急いでたから、アーデさんの厚意を無碍にしちゃって……」


 厚意もそうですけど、レイメイさんにも悪い事をしました。もう少し話したいこともあったでしょうに。


「造船って事は、海が近いのかな? あ、でも……陸走れるんだから、近くなくて良いのかな」

「はい。海は、北を進む限り見えないと思います」


 アリスさんと海を……ちゃんと見たいと思ったのですけど、やっぱり魔王討伐後になりますね。


「北で本格的な船の整備が出来るのはそこだけなので、人や物が集まると思います」

「醤油っぽいのあるか、探そう!」

「はいっ」


 半ば諦めていた醤油ですけど、いざ思い出すと少し懐かしい。



「お待たせしました。ブフォルムで一件ありました。メルクでは起こっていません」

「ありがとうございます。明日ブフォルムに向かうので、そちらでも話を聞こうと思います」

「お願いします」


 神隠しの事は、これ以上の情報はありませんね。次の質問に移りましょう。


「もう一つ、エッボという元貴族に覚えはありませんか」

「エッボ様ですか? 何度かこちらにもお越しになりましたが……」


 町長さんの反応を見るに、エッボの裏の顔は知らないようです。今はまだ捜査段階。無闇に話すのは避けた方がいいでしょう。

 反応を見て、知っている人にだけ聞く事にします。


「ここに来る前に少し会う機会があったので、ここではどんな感じだったのかな、と」

「そうでしたか。いつも護衛の方三名を連れてクレル=ランという料理店に立ち寄っていましたよ」

 

 護衛の三名。ヨナタン達ですね。


「クレル=ランとは、どのようなお店ですか?」

「西の料理を主に扱っていました。全席個室の会員制でして、紹介状がなければ入る事すら出来ません」


 密会には持ってこいという事でしょうか。エッボは西にも事業展開を目論んでいました。西に何か、思う所があるのでしょうか。


「この街に来る度にお会いしますが、その都度連合の料理を扱うなと……」

「そんな無茶を?」

「はい……」


 もう貴族ではなく、ただのお金持ちです。街の運営に口出し出来るわけありません。スポンサーは他にも居るんですから。


 しかし、連合に対して負の感情を持っているようです。西に思いを馳せていたのも、それが関係してそうです。何しろ王国の西は、連合に奪われています。


 エッボは今の王国をどう見ていたのでしょうか。不条理な侵略を行った連合と停戦しか出来ない弱い国? しきりに強い国と言っていたエッボには、そう見えたのかもしれません。


「その、私がそれを言ったということは内密に……」

「もちろんです。無理を言ってしまい申し訳ございません」

「いえ……」


 普通であれば口を噤むはずの情報でした。人数やお店まで教えてくれるのですから。きっと、強い圧力だったのでしょう。連合嫌いを、町長さんにぶちまけていたのだと思います。


「神隠しがエッボ氏の仕業なんて事はないですかね」

「え?」


 きょとんとした顔で、聞き返されました。考えもしていなかったという事ですね。


「失礼。聞き流してください」

「はぁ、分かりました……」


 町長さんに聞く事は、これくらいでしょうか。シーアさん達と合流します。


「ありがとうございました。もうしばらく街で聞き込みをする事をお許しください」

「是非、お願いします。私はここで詰めていますので、何かありましたらお申し付けください」


 町長さんに頭を下げ、役場を後にしました。



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