私の守るもの⑥
準備といっても――。
「私は、服以外持ってないんだよね」
アリスさんが準備をするといって家へ戻って行ったので、私は一人広場でぼーとしています。ここが定位置になったような?
通る人通る人、みんな頭を下げていきます。落ち着きません。
(私が守らないといけないもの、かぁ)
大人たちが酪農へいったり、家や集落の掃除などの家事をしています。
老人たちは子供に勉強? でしょうか、教えていますね。
子供は勉強だったり、遊んだり。あっ魔法。危なくないんでしょうか?雷っぽい魔法。お風呂場前で光ってたの、あれかな?
ああやって遊びの中で学んでいくんでしょうか。
(この平和が、なくなる)
悪意が世界を壊す。災害や戦争じゃなく、魔王の手によって。
(覚悟は、できてる。私は、やれる。アリスさんの傍でなら。きっと)
そのための、準備。
(……木刀)
抱きかかえるように持っていた木刀を見ます。
(これで、戦えるのは人間まで。人も悪意を受けてマリスタザリア化している。ホルスターンのときのような変化はないから、これでも制圧できるのでしょう)
人を、殴る……。武術の練習で相手を殴ったことは、あります。でもそれは、相手も心得がありました。これから相手する人は全員そうとは、限りません。
(これも……覚悟、しないと)
大きく深呼吸をします。試合の前のように集中力が高まります。それに応じて、魔力が漲ったように感じます。
魔力の運用。気力が体を巡るように、魔力も巡っていきます。
(これだけでも、力が漲る……。これも、魔法の一種?)
実践の中で学んでいくことも、あります。今はこれだけでいいでしょう。というより、軽率でした。私の魔力を感じ取ったのか、大人たちが私を見ています。
「ご、ごめんなさい」
私は謝ります。いきなり集落の真ん中で魔力をねりあげたのです。何事かと思われた事でしょう。
(敵は魔王。そしてもう一つ……)
動物のマリスタザリア化。現状の問題はこっち……。剣が必要です。一度の戦いで壊れてしまった、あの剣より頑丈なものが。
(魔法は、全部使えるって話だったけど……きっと得意分野を伸ばしていくのが、いいはず)
使えるのは便利ですけど、弱い魔法を練習するよりはずっといい。余裕があれば、練習したいけど……。
(私の魔法は私しか使えない。これがもしかしたら、魔王への切り札になるかもしれない)
でも、一つだけ。旅に出る前に、使えるようになりたい魔法があります。
そのために―-。
「オルテさん」
「どうなさいました、リツカ様」
私はオルテさんを尋ねます。
オルテさんは深々と、あの時”神林”から帰ってきたアリスさんを出迎えた時のようなお辞儀をしてくれます。
やっぱり少しだけ、気恥ずかしいです。
「一つ、お願いが」
「はい、なんなりと」
オルテさんが畏まって、傅きました。
きっと、守護長たるオルテさんなら何か知ってると思い、来ました。
これは、慣れそうにありませんね。どうしてもあの神主さんを思い出してしまいます。一度だけ会っただけの、あの……狂信……っ。言葉が、過ぎました。
「剣が欲しいです。それと剣で戦うために、剣自体を強化する魔法を知りたいのです」
私の答えは簡単です。「折れてしまうなら、強化しよう」
自分自身への強化はないとのことでした。であるならば、あるはずです。その他の強化は。
「剣は、すぐにでも。魔法に関してですが、すぐ使えるようになるかは」
たしかに……すぐに出来るかは、わかりません。私は元々魔法のない世界の生まれ。自分の”強化”以外使えるか、怪しいものです。
「はい。でも、やらなければいけないのです」
私は決意の炎を、絶やしたくありません。思わず、魔力が篭ってしまいます。
「――わかりました。では、こちらへ」
そういって、オルテさんが案内してくれます。私の覚悟を、見抜いてくれたようです。
「鍛錬場、ですか?」
「はい。いつでも盾になれるよう、体を鍛えています」
そうやって連れて来られたのは、武道場のような場所でした。剣がいくつもあります。二十人ほど入れそうなほどの空間。でも、剣術の訓練はしてそうにありません。切り傷がありません。
それにしても……いつでも盾に、なれるようですか。それはつまり、もしもの時はその身を盾にして”巫女”を……。アリスさんとオルテさん達の想いは平行線、ですね。
「剣はひとまずこちらをお使いください。後ほど、もっと良い剣を用意いたします」
手渡されたのは、昨夜の剣と一緒のもの。否応なく、昨夜の出来事が想起されます。
「――っ。もっと、いい剣ですか?」
膨れあがるある感情を抑え、剣へと気持ちを集中させます。
「この集落で一番のものをご用意します」
そこまで、してもらわなくても……と思いましたけど、オルテさんは首を横に振りました。
「世界を、救っていただくのです。それくらいは、させてください」
たしかに、良いものであればあるほど、いいですね。
「ありがとうございます。オルテさん」
あとは、剣を強くするだけです。
魔法を知るための方法。
「イメージしてください。剣を強くしたいと」
想いが強ければ、頭に思い浮かぶことでしょう。
「……」
守るための、守り抜くための強い剣を……。
―――。
「私に鋭き剣を……!」
剣が力を宿し、鋭さを増します。威圧感を増したその剣なら、少々のことでは壊れないでしょう。重さはそのままに、粗悪な剣はブロードソードの如き力を持ったように感じます。
(なるほど。昨日の剣も、この魔法を知ってたらもうちょっと長生き出来てたのかな……)
「えっと、これはどれくらいの強度でしょう」
魔法は不得手な分野だとその効果を一気に下げます。しっかりとどの程度なのか見極めねば。
「実際に見ていただくのがいいでしょう。私に鋭き剣を……!」
オルテさんが同じ魔法をかけます。私のかけた物よりずっと……強く感じます。
「私の特級魔法は”製錬”と”甲冑”になります。私の剣と切り結ぶことができれば、そう壊れないでしょう」
オルテさんの威圧感が増しました。私も、気力を充実させます。
オルテさんの上段からの振り下ろしを、下からの切り上げでいなすようにして弾きます。
この時点で、壊れてもおかしくないほどの衝撃がありましたが、まだ無事のようです。
その後何度か剣を打ち合わせ続けると――私の剣が、先に折れてしまいました。
「中級の二段階目、といったところでしょうか。剣本体の質にもよりますが、これだけの強度を維持できれば、昨夜のマリスタザリア程度なら二十、三十は切り倒せましょう」
それならば、安心ですね。二度の攻撃で折れたのに比べれば圧倒的な強化です。
特級や中級というのは……後でアリスさんに聞きます。何にしても、マリスタザリアと対抗できるというお墨付きがあれば良いのです。
「ありがとうございます。オルテさん」
私はお礼を言いますが、オルテさんが動きを止めてしまいました。そしてオルテさんが神妙な面持ちになり、跪きました。
「……あの時、私は」
そして、オルテさんが懺悔するかのように、私に話し始めました。
「あの時、私は……油断しておりました。アルレスィア様の護衛、守護として、その全てを捧げていたにもかかわらず……ッ! ”神林”の結界があるのだから、行き成りは、現れないだろうと……ッ」
アリスさんがいる状態で、結界があるのです、その結界が効果をなくし……あのような出来事が起きること自体、想定できることではないのです。
でもオルテさんには、それだけの後悔を感じるに至る経緯がありました。
「聞いていました、結界は効果をなくしかけていると。しかし、まだ大丈夫だろうと、アルレスィア様があんなにも、楽しくしているのを……私がいることで羽を伸ばせないのは、いけないと」
昨夜のアリスさんは、集落の人たちから見ても、楽しそうにしていると、写っていたようでした。
エルケちゃんも言っていました、あんなアリスさんは見たことがないと……。
「ですから、油断していました……。そして、行き成り酪農場から現れたあれに、不意打ちを受けそのままッ……!」
そのまま、嬲られるようにして。――っ。
「私は、守護者失格です」
それは違うと言い掛け、口を噤みます。その言葉は、ただの慰めにしか、すぎないのです。
だって……私と出会ったアリスさんの楽しみを奪いたくなかったと、オルテさんは……アリスさんと私だけの時間をくれたのですから……。
「リツカ様。どうか……アルレスィア様を、お守りください。あの時、アルレスィア様を守りきったあなた様にしか、お願いできません。どうか……」
オルテさんが再び深々と頭を下げました。
安心して下さい。私はすでに、決めています。それに、オルテさんがどれ程…………アリスさんを大切に思っているのか分かったのです。ならば私がオルテさんと約束する事に躊躇はありません。
「オルテさん、任せてください。私が必ず守ります」
私からの約束も、忘れません。その約束が、私を更に強くすると信じています。
「ですから、オルテさん。アリスさんの帰ってくる場所を、この集落をしっかり、守ってください。私は、ちゃんと……アリスさんをこの集落に、無事に、連れて帰りますから」
「――はい、おまかせください。リツカ様!」
強く決意した眼差しで約束するのです。いえ……誓うのです。
約束と誓いで私を縛り……。
私の秘密へ更に蓋をかけました―-―。