私の守るもの⑤
(――っ)
これは……。昨夜のことに対しての、お礼というのは、わかりますけど……。そんな場ですが、感謝よりも申し訳ないという空気が漂っているのです。
「……我々の不始末を貴女につけさせてしまいました」
ゲルハルトさんが敬語で私に謝り続けます。
「森の結界が綻びかけていたのは知っていました。それにも関わらず、敵の接近を察知するどころか……迎撃すらまともに!」
アリスさんの集落の方たちですから、アリスさんから聞いていたでしょう。結界の弱まりを。
「あなたがまだ、魔法が使えないのを知っていたのに、あのような無茶を」
使えないと知っていた。それはつまり……。
「あの……私がこの世界の人間では、ないと、知っていたのですか……?」
服が違うだけで、この世界の人間じゃないとまで、思い至るものでしょうか。少なくとも私は、疑問には感じていましたが……正しく理解したのは、あのマリスタザリアを見てからです……。
魔法は、この世界の人間ならば全員使えます、”使えないと知っている”ということは、そういうことなのです。
「はい……。全て、アルツィア様から”巫女”を通して、伝えられていました」
思えば、集落にきたときから、敵意がありませんでした。明らかに怪しいのに、です。
隣にアリスさんがいるとはいえ、それにしてもまったく敵意がないというのはおかしいのです。
「知っていたにも関わらず、貴女が戦うのを止められなかった。結果、救われましたが……。あのまま貴女が死んでいたかもしれない」
死――っ。ああ、そんなに私を刺激しないで下さい……。
「本当に申し訳ございませんでしたっ!」
見れば、アリスさんは誰よりも強く……今にも膝をつきそうなほど……強く私を祈っていました。
そんな姿に私は――――精神が、集中していくのが……分かりました。
「頭を、上げてください。確かに、死に、かけましたけど……。結果的には皆、無事だったのです。それで、いいんです」
声が震えないように注意しつつ、話します。
「――ありがとう、ございます。”リツカ様”」
アリスさんのような、親しみを篭めた『さま』ではなく……ゲルハルトさんは最後に、私を『様』と呼びました。ああ、やっぱり――それは慣れません。
皆口々に私へ感謝を述べ、食事処を去っていきました。今この場にはアリスさんと私しかいません。
「知って、たんだ。私がくるの」
皆、理解が早いと思ってました。でも、知っていればそうなりますね。
「はい……」
アリスさんが沈痛な面持ちで、私の隣に座っています。
「申し訳、ございません。騙すようなことをして」
搾り出すように発せられた言葉は、余りにも弱弱しく、私の胸を締め付けました。
騙されたとは、思ってません。でも聞いておかなければいけません。
「一つだけ、教えてほしいんだ」
私はアリスさんに体を向けます。
「どこまで、知ってたの?」
アリスさんは私の目を見詰めています。逸らすことは一切ありませんでした。
「……この世界が壊れかけていると、アルツィアさまに。私が”巫女”として、この危機を取り除くように、言われました」
目を閉じ、その時を思い出すように話しています。
「でも、私だけでは……無理だと。理由は話してくれませんでしたけれど…………そして、もう一つの世界のこと。その世界にも”巫女”がいることを聞きました」
そう言葉にするアリスさんは、少し喜んでいるように感じました。
「その方と、一緒に育ち、鍛え、そして、倒すようにと……そう伝えられたのが、九年前です」
九年前……私が七歳のとき……それって、つまり……。
「その時に、来るはずでした。でも、アルツィアさまが失敗したと……」
多少の落胆と共に、アリスさんは私を見ました。
そうですか。あの時私が連れて行かれようとしていたというのは、これが理由ですか。本来なら私はあの時、アリスさんと一緒に過ごすはずだったのですね……。
「もう一つの世界に居る”巫女”の成長を待つということで、それから九年間、待つことになりました」
それで、いいのでしょうか。無理にでも連れて行ったほうがよかったんじゃ……。もっと早くに連れて来ていれば、魔法の練習も出来たはずです。
「向こうの世界での成長も大事だから、とのことでした」
そういうものなのでしょうか。向こうでの生活は、これからの旅に必要なのでしょうか……。凄く平和に、毎日を過ごしていたのですけど……。
「そして、昨日。きたのです。リッカさまが」
瞳を輝かせ、じっと私を見ます。昨日を思い出します。湖から眺めるアリスさんを―-。
「私が知っているのは、これだけです……。もう一つの世界、もう一人の”巫女”、世界の危機……」
「……つまり、私の詳細は知っていなかったんだね」
巫女ってことしか、知らなかったのですね。
「はい……申し訳ございま」
「よかった」
「―-ぇ?」
そう、よかったのです。
「よかったよ、私だけ初めてご対面じゃ、なんかズルイもん」
おどけて言います。
「アリスさんも、初めてだった。だからよかったの。私、アリスさんと出会えてよかったよ」
私だけが驚いていた訳ではありませんでした。アリスさんもしっかり驚いていたのです。
それに……知っていた分、辛かったのかもしれません。待ち望んでいたと、泣きそうな表情が物語っています。
アリスさんは私を待ち望んでいた。それを知る事が出来て私は、天にも昇れそうなのです。
「私、アリスさんを守れて、よかった。ここに来れて、良かったんだ」
だから、そんな悲しい顔をしないで……?
「――はぃ」
私は落ち込むアリスさんを抱き寄せました。
「じゃあ、集落の人たちはどういう風に思ってるんだろ?」
むしろ、気になるのはそこでした。
「はい。私と同じ”巫女”であり、世界の……救世主。といったところでしょうか」
救世主は、大仰すぎます……。
「世界を救うために来て頂いた”巫女”を、昨夜……失いかけたのです」
なるほど。道理で、ゲルハルトさままで、落ち込んだような――。
「どうか、私たち一同の身勝手さを、お赦しください……」
アリスさんがまた、悲痛を顔に浮かべてしまいました。
「さっきも言ったけど、私は気にしてないんだ……。皆、いい人たちなんだもん。無事でよかったって気持ちでいっぱいだよ? それに、約束……したでしょう」
アリスさんが顔を上げ、私を見ます。
「アリスさんの、皆の英雄になるって」
私は約束を守ります。絶対です。
「これくらいで揺らいだりなんてしないよ。私は、ちゃんとやるよ。最期まで―-」
「――。はい、リッカさま。私も、なります」
私の言葉を噛み締めるようにしてアリスさんが言います。
アリスさんが一緒に居てくれたら、なんだって、できるのです。
決意を新たに、二人で、旅立ちの準備を始めるのでした。
約束を重ね。
私はまた、私の秘密に蓋をしました――これが誰にも、最後までバレなければ良いと、思いながら……。