私の守るもの④
―-我……御身の供物なり。拝」
―-。
足止めということでしたけど、特に何かあるわけでもなく、アリスさんのお祈りが淑やかに行われました。
(神さまは足止めって言ってたけど……何に対して?)
でも、そんな些細な疑問はアリスさんのスープの匂いで、どこかに行ってしまうのでした。
日をまたぐと甘みが増し、更においしさを増したスープになっていました。神さまからの説明を理解するために使った頭に、スープの甘さが染み渡ります。
大して頭が良い訳ではない私が、頭をフル回転させたのです。少しホッとする暇くらいは貰えます、よね。
「おいしいですか? リッカさま」
アリスさんが少し心配そうに首を傾げました。
「昨日より甘みが増しておいしいよ。アリスさん。本当に毎日でも食べていられそう」
会心の笑顔で答えます。アリスさんはそんな私を母のように慈愛に満ちた顔で眺め続けています。
「アリスさん……。そんなに見られると恥ずかしいよ……」
顔を赤く染め、伝えます。私も年頃の女の子ですので、食べ物で緩んだ顔を見られるのは、恥ずかしい……です。
「ごめんなさい。リッカさま。余りにも幸せそうだったので……」
アリスさんが悪戯っぽく笑いました。そんな表情も、素敵と思ってしまいます。
アリスさんとの距離が近づいた気がします。精神的な距離が。敬語を辞めたからでしょうか。あとは、これから長い旅に出るんですから、他人行儀なのはダメですよね。
なにより私はこの距離が、尊いものに思えて、浸ってしまうのでした。
ずっと、このまま、戦いのない日常を送れたら、と……。
食事を一通り終え、食事処を見渡す余裕が出てきました。皆一様に、私のほうを窺ってます。
(神さま見えるようになったりしたし。気になるよねぇ)
そう、思っていたのです。私の特異性について気になっているのだと思っていました。でも、違ったようです。
「ねーねー、リツカさま」
エカルトくんが私に話しかけてきます。どうやらエカルトくんには気に入られたようです。嬉しいことですけど、他の子たちは遠巻きに見るだけなのが、ちょっともの悲しいです。
「んー?どうしたのかな?」
頭を撫でながら、エカルトくんに話しかけます。
「アルレスィアさまにけいごやめちゃったのー?」
――ん? どうしてそんな質問を、と周りをみました。エカルトくんの質問しては大人びていたからです。
「……」
「――」
じっと、今朝よりも更に眉間に皺を寄せたアリスさんのお父様と、笑顔が増したお母様と目があいました。
そんなに眉間に皺を寄せたら、私のお母さんのように癖になっちゃって、後から後悔しますよ。なんて、場違いなことを考えてしまいました。
この視線、お父様とお母様だけではありません。食事処の皆さんも色々な視線を私に向けています。その視線で分かるのは、私の特異性に向けた物ではなく、アリスさんとの関係が変わった事に対する興味という事でした。
(私が神さまを見る事が出来たり、特異な魔法を使えたり、気になる事はもっとあるんじゃ……)
「しゅうらくちょうさまと、エルタナスィアさまがね。はなしてたの。リツカさま、けいごやめたんだねぇ。って」
エカルトくんは、気になったことは聞かないと気がすまない性格なようです。将来は学者になることも可能でしょう。現実逃避気味にエカルトくんの将来を考えます。
えるたなしーあ様とは、アリスさんのお母様の名前でしょう。たぶん。
そういえば、挨拶に行ったはずなのに、お父様から糾弾されて有耶無耶でした。ちゃんとしないと。
そんな私たちにお父様とお母様が近づいてきます。
「エカルト。ダメよ。リツカさんを困らせては」
笑顔のお母様、えるたなしーあさまから助け舟が出されます。
「はーい……」
エカルトくんが少し残念そうに下がります。昨日から少しだけ思ってましたけど、もしかしなくてもお母様のほうが強いんじゃ……?
「えっと、集落長様、えるたなしーあ……さま。昨夜は、挨拶もまともにしませんで、申し訳ございません。六花 立花です。御世話になっております」
私は立ち上がって、礼をします。
お父様からの視線が刺さりますけど、それは色々な感情が織り交ざった。私には判別がつかない視線でした。
「ええ、改めまして。リツカさん。エルタナスィア、集落長たるゲルハルトの妻です。呼びづらいなら、エリスと呼んでくださいね」
と、アリスさんと同様に紹介してくれました。親子だなぁなんて失礼なことを考えてしまいます。
「はい、エリスさま」
私は深く礼をします。そして、ふと気がつきます。エリスさんは私のことを”リッカ”と呼んでいたのに、”リツカ”になっていることに。
「……」
そんな私を複雑そうに見るゲルハルトさま。その視線に私は疑問も漫ろになってしまいます。
「お父様、いい加減になさってください。そんなことをするために来た訳ではないでしょう……?」
アリスさんから強い気配を感じます。でも……魔法を知ったからか、それが魔力の発露だと気づけました。呆れと叱責を含んだ、そんな気配です。
「む、ぅ…………集落長、ゲルハルト。”巫女”である、我らの娘を守る集落の長だ、リツカ殿、よろしく頼む」
「は……はい。よろしく、お願いします」
ゲルハルトさまが私に頭を下げました。
父親の気持ちというのは、私にはよくわかりません。父は自衛隊所属で、”巫女”として土地を離れられなかった私たちとは別れて、単身赴任していましたから。あまり会えていないのです。
ただ偶に帰ってきては、私を強く抱きしめ……嘆いてくれていました。……私の”お役目”を。
親なら誰だって、子供のことが心配でしょう。だから私は、ゲルハルトさまの態度には、威圧感を感じることはあっても、不快ではありません。
むしろ、アリスさんが愛されているという状況と、しっかりと家族と幸せそうに過ごしている姿に。安堵と喜び、幸せを感じるのでした。
そんなことを考えていた私に、ゲルハルトさまは複雑な表情を浮かべた後、立ち上がりました。
「皆、立つのだ」
号令と共に、食事処の全ての人が立ち上がります。
「リツカ殿、我らを救っていただいたこと。まことにあがりがとうございました」
全員が一斉に手を祈りの形にし、跪き、私に――祈りを捧げました。