私の守るもの③
集落に戻る途中で見張りの方に会いました。
「アルレスィア様、もうよろしいのですか?」
人払いしていてくれていたのか、高台へ続く道の中腹あたりで待っていてくれたのです。
「はい、ありがとうございます。何度も申し訳ありません……」
「いえ、アルレスィア様が謝ることでは……。それでは私たちは勤めに戻ります」
見張りさん達が、一礼をして走って高台に戻りました。その際、私にも礼をしていったのです。形式的なものではなく、アリスさんにするようなしっかりとした礼でした。
(こうやって、敬われるのは久しぶりだなぁ。”巫女”になった日以来かな?)
あの日以来、あの神社には行っていません。行く気もなかったですし。あの神主さんの、熱のこもった目が嫌だったのです。
正直、敬われるのは好きではありません。
「アルレスィア様、リツカ様。お帰りなさいませ」
オルテさんが集会場横で待っていました。……いつから?
「オルテさん、ただいま戻りました。集落に異変はありませんでしたか?」
「問題ありません。アルレスィア様の盾のお陰です」
オルテさんが深々と礼をしています。
アリスさんの盾はしっかりと集落を守っていました。あの規模の盾を軽々とやっているように見えましたが、どれくらいすごいことなのでしょう?
(旅の最中にいっぱいみれるよね、たぶん)
きっと、何度も守られることになるのでしょう。アリスさんの盾に……。でも、それはアリスさんが前に出るということ。
できるなら、私が前衛であり続けたい。
(私も、がんばろう。守られるだけじゃなくて、守れるように)
決意を新たにし、アリスさんについて行きました。
「では、昼食をとりましょう。その後、話があります」
話し、旅のことですかね。私はともかく、アリスさんはこの集落から出たことがないということでしたし……アリスさんのお父様がどんな顔をするか、想像に難くないですね。
昼食の用意をするというので、お手伝いをかって出ました。だけど、「まだ疲れがとれていないだろうから、休んでいてください」と、私の手にアリスさんが手を重ねながらお願いしてきたので。広場の椅子に座っています。あの笑顔を前に強情になれるほど、私の意思は強くないのです。
ぼーっとするのは好きですけど、それはあくまで何もないときの話でありまして、食事処ではアリスさんが働いているという事実に体がそわそわと、動き出そうとしてしまいます。
そうやって落ち着きなく座っていると、足音が二つ近づいてきました。
「リツカさまー」
子供くんこと、エカルトくんと。女の子ちゃんこと、エルケちゃんがやってきました。やっぱり二人は、姉弟だったんですね。
「んー、どうしたのかな? エカルトくん」
昨日と変わらず笑顔のエカルトくんに少しだけほっとします。あんなことがあった後ですから、怯えてるかと思いましたけど……。大人だけでなく、子供達も強靭な精神の持ち主なのかもしれません。
「えへへ、リツカさまーありがとー」
「んー?」
「あの……本当は皆で一緒にお礼を言うはずなんですけど……先に言っておきたくてっ」
エルケちゃんがエカルトくんの言葉を補足してくれます。
「そうなんだ、ありがとね。二人とも」
二人の頭を撫でます。この笑顔を守れたことも、私はちょっとだけ誇りに想うのです。少しだけ痛む胸を無視しているのは、内緒です。
二人が食事処のお手伝いに走って向かう姿を見送りつつ、手を振ります。
(アリスさんだけじゃ、ないよね。私が守らないといけないのは)
決意を改めます。これから向かう旅は、アリスさんを守るだけの旅では……ないのですね。
(英雄になるって、約束したんだから。ちゃんと英雄にならないと)
私の思う英雄。強くて、優しくて、絶対に負けなくて、諦めなくて、退かない。人々への、無償の献身。
色々な英雄がいるけど、私は……こういった姿に英雄性を見ています。だったら、私もそうなりましょう。求められるままに……そう在りましょう。
(目標というか、道しるべがあったほうが、進みやすいもんね)
我武者羅に進むのではなく、人のために。そう考えると、向こうでやっていたボランティアの延長でしかないと思ってしまいます。
それくらいの気持ちでいた方が、咄嗟の判断には良いでしょう。
どうやら、お昼ができたようなので食事処に向かいます。呼ばれるまで待っていても良いのでしょうけど。
(どうでもいい事だけど、神さまってご飯食べるのかな。こんな事、わざわざアリスさんに尋ねるのも……)
『食べないよ、というか食べなくていい。って感じかな』
独り言、独り思い? に返事がありました。
「びっくりするので、いきなりはおやめください」
後ろに突然神さまが現れ、私の質問? に答えてくれます。忙しかったんじゃないんですか?
『一応食事はできるんだよね。でも食べなくても平気。食事は娯楽程度だね。たまに舌鼓うつ程度さ』
私の懇願は流されてしまいました。ちょっと悲しい。
『実は私は足止めでね。もうちょっと待っていてほしいんだ。リツカ』
足止めですか? それって私に言ったらダメなんじゃ。
『普通はね。私は普通じゃないからね。私に頼んだアルレスィアのミスさ』
オルテに頼めばよかったのに。と神さまが言います。
(魔王すら愛する、か。神さまの愛はとどまるところを知らないなぁ。子を、殺さなければならない親の気持ち……。想像できないよ)
やはり、苦しいのでしょうか。
『深く考えなくていいよ、リツカ』
神さまには私の考えてることなんてお見通しですね。
『どんなに可愛い我が子だろうと、出来の悪い手のかかる子だろうとね。平等だ。だけどね、今を一生懸命生きている子を無為に殺す魔王は許しちゃダメなんだ。本来なら、親たる私直々に叱ってあげたいんだけどね』
自嘲気味に神さまがこぼします。
『私は干渉できないから、リツカ。魔王の馬鹿を、私の前に引きずり出しておくれ』
「――はい。神さま」
『さぁ、皆が待っているよ。リツカ』
神さまがそう言うのと同時に、アリスさんがぴょんぴょんと跳ねながら、私を呼んでいます。可愛い……。