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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
37日目、懐かしさに浸るのです
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『ヘルネ』懐古⑤



「リッカさま。こちらにお座りください」

「ここでいいかな」

「はい。では、失礼します」


 ベッドに腰掛けた私を、アリスさんがじっと見つめています。

 そして私の心臓の位置に手を置き、目を閉じました。私も目を閉じ、集中します。


(っ……。心を落ち着かせて、自分を出して……)


 頭の中を駆け巡るのは……いつもであれば、アリスさんへの想いだけです。しかし今は……。


「っ――」


 流れ出た私の秘密。その一端が、アリスさんの手を震えさせてしまいました。


 自己嫌悪で、更に流れ出そうになる感情を……抑え込みます。そうしなければ、一気に溢れるでしょう。

 こんな不本意な形で、アリスさんに知られたくない一心で、私は耐えます。


(大丈夫……。きっと悪意を見つけて、震えてしまっただけ……)


 その証拠に、アリスさんは魔力を練っています。練った魔力が大きい。それだけ潜んでいたのでしょうか。

 

「悪意は……ありません」

「なりかけとか?」

「いいえ。これが悪意になるとは、思えません」

「そっか。良かった、のかな?」


 巫女が悪意に感染したなんて、不祥事にも程があります。

 今日の私を襲っている気だるさは、悪意感染の予兆などではないそうです。


 安心といえば安心です。ですけど、アリスさんと私が……「もしかしたら悪意かも」と思えるくらい暗い秘密を持っている事の方が、問題ですよね。


「悪意はありませんが、心労は積み重なっています。まだシーアさんとレイメイさんは帰って来そうにないですし、休んでいましょう」


 そう言うや否や、アリスさんは”箱”を展開しました。練っていた魔力は、”箱”用だったようです。


 頑強な”箱”です。外の気配が一切感じられなくなりました。


「感知してはいけません」


 私のブレスレットを外しながら、アリスさんが悲しそうな顔になってしまいました。


「魔法もダメです」

「でも……」


 私は巫女としての責務を放棄する訳には――。

 アリスさんが私の髪を留めている紐を解きました。


「シーアさん達が帰ってくるまで、一人のリッカさまになってください」

「ア、アリスさんっ!?」


 私の服を脱がせながら、アリスさんは懇願しています。

 驚きはしましたけれど、私は抵抗らしい抵抗をしていません。スルリと私の服は脱がされ、下着姿にされてしまいました。


(せ、船室に行ったのはこれが?)

「さぁ、横におなりください」

「で、でも。昨日休養日だったから」


 ぐっすり眠る事は出来ました。ぐっすりすぎて寝坊した程です。だから、疲れてないよ? と言おうとしたのですけど――。


「わぷっ」


 アリスさんに抱きしめられ、私は押し倒されます。そして手を押さえられ、馬乗りの様に押さえつけられました。


 ここまで押さえなくても、私がアリスさんに抵抗する事はないのですけど、休めという言葉に反論しようとしてしまった所為か力は緩めてもらえません。


「優しく出来るかは分からないと、言いました」

「そう、かな。アリスさんは優しいよ?」


 押さえられてますけど、手首に圧はありません。乗られていますけれど、押さえつけるというよりは、本当に乗っているだけです。

 正直言うと、私の視界は明滅を繰り返しています。今にも何かが弾けそうです。


「寝ましょう?」

「……うん」


 アリスさんが私に覆いかぶさりました。


「アリスさん布団、暖かい」

「リッカさま専用ですよ」

「うん……。もっと力抜いて良いよ」

「はい」


 アリスさんの温もりがより強く感じられます。

 私に圧し掛からないようにしてくれていました。でもそれだと、アリスさんが疲れてしまいます。


「おやすみなさい。リッカさま」

「おやすみ、アリスさん」

 

 予定とは大きく違いますけれど、二,三時間ならば……。

 シーアさんとレイメイさんには、じっくり楽しんでもらいましょう。

 



「ところでさ」

「あん?」

「何で巫女様達と旅してるの?」

「あー……」


 半目で睨むアーデにたじたじなウィンツェッツは、どう答えるか迷っている。


(何処まで言うべきか)


 魔王関連は言ってはいけないとして、自身の目的は何処まで言うべきか、その線引きに迷っている。


「……俺の親父代わりの話はしたよな」

「聞いたよ。恨み言ばっかりだったけど」


 困ったような笑みを浮かべたけれど、アーデには良い思い出だった。


「そいつが行方不明になってな。探してんだ」

「え……。だ、大丈夫なの?」

「あぁ。あの阿呆なら生きてんだろ」

「そっか……」


 ほっと胸を撫で下ろすアーデ。本気で心配しているようだ。


 アーデは知っている。ウィンツェッツが父親代わりの恨み言を言う時は決まって、寂しそうにしていた事を。

 父親代わりと言っているけれど、本当は父親だと思っている事を。


「巫女様達もそうなの?」

「目的の一部ではあるが、アイツらの主目的じゃねぇ」

(もしあの阿呆が敵の手に落ちて、マクゼルトみてぇに裏切ってたら――アイツらは容赦なく殺すんだろうな)


 心をすり減らし、どんなに壊れようとも……アルレスィアとリツカは、止まらないだろう。


「目的が重なっとって、移動の足が欲しかっただけだ。深い意味はねぇ」

「それは、もう分かってるけど……」


 アーデは心配なようだ。

 初めて見た巫女二人は、魅力に溢れていた。

 

 対照的な二人。粛々としたアルレスィアと溌剌としたリツカ。機能性重視の巫女の服とはいえ、飾り気も無く、煤と油に塗れた自分とは比べるべくも無い。


 そんな二人が傍に居たら男はどうなるか。そしてその男が、幼馴染――いや、ずっと恋焦がれて来た者なら尚更心配だった。



(なるほど。サボリさんが偶にリツカお姉さんを見ていた時の目。この人と重ねてたんですね)


 元気でカラっとした性格。それでいて自分の気持ちを伝えるのが下手。小さい嫉妬と思い遣り。


(ガキガキ言ってたのになんて目で見てるのかと思ってましたが、もう心配ありませんね)


 これで、巫女さんの警戒も解けるでしょう。

 心はリツカお姉さん、見た目はソフィお姉ちゃんなアーデさんですか。自身の魅力に無自覚な辺りもお二人から引き継ぐ必要はないというのに。



「兎に角。俺はそういうのはねぇ」


 ウィンツェッツがズンズンと進んでいく。


「あっ。待ってよー!」

「おいてくぞ」

「何か隠してるでしょー!」

「帰って来たときに教えてやる」

「それって――」


 アーデがドキリと、赤くなっていく。

 ウィンツェッツは、「いらんことを口走った」と顔を顰めている。


 ゆったりとした時を過ごすアーデとウィンツェッツ。しかし――ウィンツェッツは微妙な空気の違いに、レティシアは魔力の発生によって、町の外の空気が変わった事に気づいた。




「サボリさン」


 レティシアが”疾風”で躍り出てくる。


「あぁ」

「えっ? さっきの子……?」


 アーデの困惑を尻目に、ウィンツェッツとレティシアが周囲の警戒を始めた。


「アーデ。ちょっと家行ってろ」

「え? ま、まって訳が」

「あん時より強くなったとこ見せてやる」


 ウィンツェッツの言葉に息を呑み、理解する。ここに現れたのは、アレだと。


「わ、私町の人に」

「いエ。下手に話せば混乱が起きまス。サボリさン、私は町の中を警戒しますかラ」

「あぁ、外は任せろ」


 アーデが危険を報せに行こうとするのを止め、短く担当を決めた二人は目的の場所へ歩き出した。


「アイツらは」

「船で休憩中でス。この状況で動いていないところ考えるニ、巫女さんの”箱”の中でしょウ」

「昨日のか」

「でしょうネ。普通の人なら死んでますかラ」

「……仕方ねぇ。俺一人で行く」

「相手が三体以上、もしくはマクゼルト級だったら連絡してくださイ」

「あぁ」


 手馴れた様子で状況確認と対応を決めていく。それを見ながらアーデは、ぽかんとしか顔を浮かべていた。


「頼んだぞ」

「えェ。彼女さんは任せてくださイ」

「え!?」

「まだ違ぇ!」


 ウィンツェッツが舌打ちして”疾風”で駆けて行く。


「あ、ツェッツ!」


 アーデがウィンツェッツを追おうとするのを、レティシアがとめた。


「危険でス。町の中に居てもらいますヨ。まだ彼女じゃないアーデさン」

「ま、まだ……」

「サボリさんはそう言ってましたネ」


 レティシアは面白くて仕方ないようだけど、状況が状況だけに笑い転げたりはしていない。


「まァ、サボリさんなら大丈夫ですヨ。あれでも巫女一行ですシ」

「さ、サボリって……巫女一行?」


 困惑し続けるアーデの緊張を解すために、レティシアは軽い口調で話す。


「そういう認識で構いませン。そしてサボリさんはサボリさんでス。任務放った事があるのデ」

「ね、ねぇ。ツェッツの事もっと教えて?」


 アーデがレティシアの話に興味を持ったようだ。自分が知らないウィンツェッツを知る事で、空いた時を埋める。


「良いですヨ。まずは巫女さんに斬りかかった話をしましょうカ」

「ツェッツ何してたのー!?」

 

 しかし、レティシアに聞いたのは……間違いかもしれない。

 いやこの場合は……例えアルレスィアとリツカ、そして――ライゼルトに聞いたとしても、同じ話をしただろうけど。



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