『ぷれまふえ』オペラ・少女の悔恨⑤
歌劇が始まりました。
舞台はA,K,十五年、六月二十四日。王族の名前によって暦が変わるため遠く感じませんけれど、遥か昔の話です。
”巫女”に選ばれてしまった少女がまさに、苦悩しています。
少女はずっと、幼馴染が好きだったのです。ですけど、神さまがその仲を引き裂いてしまった。
本当はどうなのか、知りません。
もしかしたら断る道もあったのかもしれません。
でも、当事者達にとって……”巫女”にならないという道はありませんでした。
神さまの言葉も、想像です。
きっと……断片的にしか聞こえない”巫女”の為に、言葉を選んでいたのでしょう。
着飾って、幼馴染の下へ行った少女。しかし、少女の告白は受け入れられませんでした。
少女を心から愛していたはずの幼馴染は、簡単に、断ったのです。
ですけど、国王達の圧力がありました。少女のために幼馴染は、引いたのです。
どう見ても悲恋。
でも少女にとっては……ただの失恋。離れていたが為に心が離れてしまったのだと、少女は思ってしまった。
そして、香水を――。
「っ!!!」
私は、”強化”を纏い一直線に向かいます。
あの香水は――。
欄干を蹴り、高速で――!!
フロンさんの前に降り立った私は、叩き付けられようとした手を掴み上げました。
「ロク、ハナ……!」
「っ!!」
私に掴まれたのに、香水瓶だけ投げました。
(痛いはずなのに……!!)
手首を強く握り締め、痛みで香水瓶を放すようにしたはずなのに……!
勢いで瓶を割ってしまわぬよう手首を掴んだ事が仇となってしまいました……っ。
「なんだ!?」
「あれって赤の巫女様?」
「これも劇の一部?」
観客が好き勝手言ってますけど、気にする余裕はありません。飛んでいく香水瓶が、スローで流れていきます。
(一人で行き過ぎた……!!)
アリスさんに視線を送る事すらせずに行ってしまいました。
今まさにこちらに向かっているアリスさんでは、この瓶は――。
「!!」
「エレンさん!?」
「エレン!?」
王妃を演じていたエレンさんが、瓶の進行方向に居ました。理由は分からないまでも、私がそれを狙っていたのを分かってくれた? フロンさんも、驚愕に目を見開いています。
(何にしても……!)
エレンさんが受け止めてくれました。割れる心配は、ありません!
「何で、こんな事……!」
「邪魔しないで!!」
「あれが何なのか分かってるんですか……!」
「知ってる……! それでも――」
背後から、殺気――っ。
「私の想いに、盾を」
「アリスさんっ」
「後ろはお任せ下さ――」
アリスさんと視線が交錯します。お互い目を見開き、エレンさんの方を向きました。
そこには、瓶の口に手をかけた、エレンさんが――。
虚ろな目をしたエーレントラウトは、瓶の口を開けてしまう。
「何を……!」
「私は、何も……」
瞳を揺らし動揺しているフロレンティーナを睨みつけ追求するものの、意味がないと判断したリツカはフロレンティーナの顎を打ち抜きエーレントラウトへ疾走する。
「エレンさん!」
「……」
(操られて……!?)
エーレントラウトを突き飛ばし、香水瓶を引っ手繰る。しかし、もう開いている。
悪意が、激流となる。このままでは歌劇が――惨劇へとなるだろう。
「――アリスさん」
「それしか、ないのですか」
「うん」
「ここは密閉されています」
「まずは隔離しないと、魔力が練れない……」
リツカが振り向き、微笑む。
「やって。アリスさん」
「………!!」
泣きそうな顔で、アルレスィアが杖を地面に打ちつける。
「拒絶の箱で……包み込む……! 私の想いをっ!! 守りぬけ!!」
リツカを中心にして、悪意を閉じ込める”箱”が生まれる。
本来リツカを悪意から守るはずの”箱”は、リツカと悪意を隔離する……檻となってしまった。
リツカを守るという想いから逸脱した発動にも関わらず、”箱”の硬度は高い。
二度と”箱”が使えなくなってもおかしくない程の後悔が、アルレスィアを襲う。
しかし、リツカの想いを守るために――アルレスィアの”箱”は揺るがない。
「私は狙撃犯を追います」
「お願い、します」
茫然自失となりかけているアルレスィアに、レティシアは声をかける。心配はしている。しかしそれ以上に、二人を信頼している。
この場はもう、大丈夫だと。
「光を纏え。私の強き……想いを!!」
リツカが光を纏う。
悪意の見えない者達は、リツカが光りだした事しか分からない。
(く……ぅ……)
光を纏おうとも、じわじわと悪意が侵食してくる。それでも……アルレスィアの”箱”の効果か、侵食が遅い。
(こんな時でも……私を守るために、想いを込めてくれてる……)
リツカの光が増していく。
(負けない……。こんな、悪意なんかに……!!)
歌劇場内の全てを飲み込み、そこに居る人々を豹変、変質しうるだけの悪意を受けながらも、リツカは輝き続ける。
「ハァ……! ク、う……」
それでも、消耗が激しい。
リツカが持つのも、後少し――。
(あ……ダメ、ダメ……ダメダメ……!!)
「壊れ……る……」
胸を掻き抱き、苦しみだしたリツカに、アルレスィアが駆け寄ろうとしてしまう。
「リッカさま!!」
「来ないで……」
余りにも弱弱しい声に、アルレスィアは足を止める。今やる事を再認識したアルレスィアは、全魔力を込め始めた。
「光陽よ……!! 拒絶を纏いし槍よ!! 悪意を根絶せし光よ! ! ……私の強き意志を以って、かの者の闇を討ち……滅ぼせ!!!」
アルレスィアの光が悪意を浄化していく。そして――リツカを穢そうとしていた悪意を貫いていった。
”箱”が解かれる。リツカが前のめりに、倒れる――前に、アルレスィアが抱きとめた。
「リッカさま……」
「ごめん、ね……。辛い真似……させちゃった……」
「貴女さまが無事ならば、辛くなどありません……。無事で、良かった……」
アルレスィアの”光”は止まらない。リツカを包み込んだまま、舞台の中心で……リツカを強く抱きしめていた。
アルレスィアの頬を流れる雫に気づいたのは、リツカだけ。
リツカの安堵した表情を見れたのは、アルレスィアだけ。
閉まりゆく幕から見えた観客席は、声を発する事すら許されないとばかりに――静まりかえっていた。
「今どこでス」
《もう着く》
「三番出口でス」
レティシアが男を追いかける。
威力こそ弱かったものの、リツカの頭を正確に射抜こうとしていた。
(リツカお姉さんだけなら避けられたでしょうけど……)
狙撃は、フロレンティーナも巻き込もうとしていた。
リツカが避けると、フロレンティーナは死ぬ。リツカが取れた選択肢は、フロレンティーナごと避ける事。
(怪我くらいはしてたかもしれません)
確実に仕留める為に、ウィンツェッツとの挟撃をしようとしていた。三番出口に誘導するように追いかけている。
「もう少しで追いつきまス」
《俺はもう着いて――待て、誰か居る》
「姿で判断してくださイ。正装以外は敵でス」
《ボロいマントだ》
「適当に気絶させて下さイ。もしも間違えてしまったラ、後で謝りましょウ」
ウィンツェッツが不審者を相手取る為、レティシアは足を速める。
「豪炎よ!」
レティシアが、狙撃犯の進行方向に炎を出す。
慌てて方向を変える狙撃犯を追いながら、レティシアは考える。
(仲間が居れば一網打尽と思いましたけど、大当たりっぽいですね)
レティシアは、狙撃犯が助けを呼べば良いと思って追い立てている。
そして現れた不審者。
(しっかり捕まえて下さいよ。外の光を確認すると同時に――狙撃犯は吊り上げます)
逃亡の成功を確信した犯人に、絶望を与えるために。
「後ろからコソコソとする卑怯者を晒し者にしてやります」
三番出口はもう目と鼻の先だ。
静かな怒りを携え、疾走する。




