表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六花立花巫女日記  作者: あんころもち
36日目、私は、呑まれるのです
422/934

『ぷれまふえ』オペラ・少女の悔恨



 座長さんから渡されたパンフレットを、アリスさんが読んでくれます。


 舞台は王国に神林を作ったと言われる日。

 ”巫女”に選ばれてしまった少女と、思いを寄せる男性、そして許婚の話。


 少女と男性は恋仲。しかし男性には許婚が――という、史実を元にしたものらしいです。


 それまでの”巫女”は、神林に篭らなくても良い存在でした。自由に世界を歩き、自由に恋愛していたのです。

 少女の代から篭らなくてはいけなくなった為に起きた、悲しき恋の物語。


「これだと悲恋になると思うんだけど」

「エレンさんは、失恋と言っていましたね」


 稽古している時、フロンさんにエレンさんが言っていた事です。一人の少女が直面する恋の難しさ。

 

「恋する”巫女”かぁ」

「まさか”巫女”の物語とは、思いませんでした」

「そうだね。私のお母さんと従姉妹は”巫女”の間に恋愛してるから、そんな感じの話なのかな」


 掟を破っての恋愛だった訳ですし、反発とかもあったのでしょうか。


「私の先代は、恋愛による追放ではありませんでした」

「そういえば、アリスさんの先代って……」


 司祭と共に、アリスさんを虐げた人の一人。否応なく、私の感情は逆撫でされます。

 強い怒りを我慢するように深呼吸を一つ入れました。

 これから先代の話をしてもらうのですから、私が怒っていては聞けません。


「――先代は、”巫女”に強い執着を見せていました。恐らく、結婚など微塵も考えていなかったでしょう」

「一生を”巫女”で?」

「はい」


 その点は、私と重なります。

 向こうに居たままであれば私はきっと……結婚せずに、”巫女”としての一生を選んだでしょうから。

 

「リッカさまの世界では、ロクハナの家から人の手によって選ばれるのですよね」

「うん。神主と六花の当主で選ぶんだ」


 現当主は母。私は見習いといったところです。

 成人と同時に、私に当主の座が回ってきます。


「こちらは、違います。アルツィアさまの一存で、代が変わるのです」

「一存って事は、神さまの好みとか?」


 そんな事はないだろうと思いつつ、聞いてみます。

 神さまが選り好みするとは思えません。……そうとは、言い切れませんね。アリスさんと私は少なくとも、気に入られている気がします。


「次の巫女候補が決められた年齢になった時に変わるのです」

「決められた年齢って事は、アリスさんが巫女になった年?」


 私と一緒の十三歳が、こちらの決められた年齢なのでしょうか。

 向こうでは、十六歳が最低ラインで、私は特別という事でしたけど。


「それはアルツィアさまだけが知っているのです。私の場合は十三歳でしたけど、先代は十六歳であったと聞かされています」

「神さまの匙加減なんだ。でもそうなると、いきなり変わったりするのかな?」

「一応アルツィアさまから先代に声掛けがあります。しかし、それはしっかりと聞けた場合に限りますから……」

「聞けなかったら、いきなりみたいになっちゃうんだね」


 アリスさんの先代は、そんなに多くを聞ける人ではなかったと言います。


 いきなり代替わりになって、いざこざがあったのでしょう。アリスさんの表情は、少しばかり硬いです。

 肩を抱き寄せ、ゆっくりで良いと伝えました。


「先代は、聞こえていなかったようです。私が十三歳になった日。アルツィアさまから”光”を授かりました。それと同時に――先代から”光”がなくなったのです」


 ”光”の移譲が”巫女”交代の合図みたいです。血による婚姻なんていらないんですね。


「血による、婚姻……?」


 また口に出してしまっていたのか、アリスさんが反応を見せます。


「うん。核樹に血を与えて、血婚の儀を――」

「……」


 アリスさんからメラメラと、炎が見えるような……そんな魔力が流れ出ています。


「失礼……。向こうの、()()()()()()()継承に驚いてしまいました」

「私も、結婚って言われて最初は吃驚したよ……」


 コホンコホンと、頬を染めて咳払いするアリスさんが可愛らしいです。

 

「続きを。”光”を剥奪された先代は、私の護衛として集落に残るか、集落から離れるかの二択が与えられました」

「その時、先代は?」

「頑なに認めようとしませんでしたけど、集落の者達にとっては”光”の魔法が全てです」


 ”光”を見せられた集落の人々の顔が思い浮かびそうです。

 散々アリスさんを虐げてきた人たちが、掌を返すように認めたのでしょう。

 

「本来ならば代替わりはなかったのかもしれません。しかし、魔王の存在がそれを許しませんでした」

「魔王に対抗するために、力のある人が必要だったんだね」


 アリスさんと私が同時に巫女になった事は……偶然ではなかったのかもしれません。

 そう、思えるのです。


「今もどこかで生きていると思います。”巫女”に戻るために」

「なんでそんなに、”巫女”で居たかったんだろう。森が好きだったのかな」

「森に入る頻度は、私の方が多かったです。本来はいけない事ですが、アルツィアさまに着いて貰って特別に」

「私も勝手に、森に入ってたなぁ。少し懐かしい……」


 アリスさんも、掟を破ってまで森に入りたかったようです。私ほどではないとアリスさんは言っていましたけれど、アリスさんも森好きですから。


「”巫女”で居る事で得られるものってなんだろう。森に入れるくらいしか思いつかないなぁ」


 町や集落から出る事が出来なくなりますし、恋愛等の自由も制限されます。

 こういったものに頓着しない私みたいなのも居ますけど、殆どの場合枷としか思えないのではないでしょうか。


「司祭や王族、その他有権者などから崇められます。承認欲求や優越感を満たし、権力を得る事すら可能です。森から出る事を禁じられますけれど、集落からでも出来る事はあります」

「私腹を、肥やしたかったの?」

「そういったきらいがありました」

 

 巫女とは、いってしまえば自己犠牲の存在です。

 自身の行動に制限をかけ、誓いを立てることで世界の礎となる。こちらの世界では、しっかりと認識されているはずなのですけど……。


「司祭と周りの有権者たちが、甘やかしすぎてしまったのです」

「しっかり認識してるからこそ、厚待遇になっちゃったんだ」

 

 ”巫女”が居なければ世界が滞る。それを認識している世界だからこそ、先代は持て囃されすぎたようです。


「森を出ない限り、アルツィアさまが咎める事はありません。ですが、行動の節々に糾弾が見えていたのは事実です」

「神さまの行動……。アリスさんに付きっ切りだったとか?」

「はい。先代と一緒に居る時間より、私と居た時間の方が多いはずです」

「それを感じ取れずに、増長していったんだ」

 

 私と一緒に居た時間より、ずっとずっと長かったであろう神さまとの日々。私の醜い部分が叫びを上げています。

 自身の太ももを抓り、意識の外へ追い出しました。


「本来ならば、ゆっくりと時間をかけます。納得しない方も過去には居たそうですから。ですが、先代の時は一度の声掛けのみだったと言っていました」


 それ程、先代は酷かったのでしょうか。それとも……それ程事態は、切迫していたのでしょうか。

 神さまの心を知る事は、今の私達には出来ません。


「”巫女”にも、色々とあります。過去の”巫女”を話すとき、アルツィアさまはいつも悲しそうにします」

「この、オペラの”巫女”も……」

「最後には”巫女”となっています。つまり、恋は成就しなかったのです」

「その悲恋……失恋の物語、か」


 男女の恋愛は、良く分かりません。

 ですが、同じ”巫女”の話ということで……何か感じる物があるかもしれません。

 ゆっくり見れるかは微妙なところですけど、楽しみです。


「リッカさまの先代は、どのような方だったのですか?」

「えっとね。名前は七花っていうんだけど、優しい人でね――」


 七花さんの事をアリスさんに話しながら、オペラの時間を待ちます。

 七花さんの事を話すと、アリスさんの表情がころころと変わっていくのです。


 羨ましそうだったり、困ったような表情をしたり、何かを抑えるみたいな表情だったり。

 

 そんなアリスさんを見ながらだと、何時間でも待てると思いました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ