神さまの愛する世界②
マオウ、悪魔・魔物・魔法の王……? 数多くの英雄譚で敵として君臨する最後の敵のことでしょうか。
『そうだね、言うなれば……マナの王、だよ』
マナの、王。この世界ではマナと呼ばれるものが空気中にあるのでしたね。
『そう、そのマナだね。ヤツはね、マナの集合体さ』
集合体、ですか?
『ただの集合体ではないよ。まずマナは集合体なんて形をとらない。意思なんてないからね』
意思なく、人が発する”想い”と”言葉”でもって魔法を世界に写すための存在。でしたね。
『ああ、いい理解だよ。リツカ。流石は自慢の子だ』
恥ずかしげもなくなんてことを、アリスさんから生暖かい視線が送られてきてしまいます。
『そのマナの王、魔王だけどね。ただのマナの集合体じゃない。マナを核にして人々の悪意が形を成した。人だ』
「人?」
『何を想ったかは知らないけど。その悪意はある想いによって、マナを核にこの世に人としての生を手に入れた。魔法の力によってね』
魔法で、人を作る?
『そう、魔法さ。”言葉”を発せないはずの悪意が”想い”だけで行使した魔法…………一体どれほどの”想い”だったんだろうね。この悪意を発生させた人間たちは』
遠い昔を回想するかのように、神さまが慈愛の声音でつぶやきます。
『兎にも角にも、魔法は成った。悪意は人としての形を手に入れた。憑依するわけでもない、純粋な悪意として』
神さまの言葉に力が込められていきます。
「憑依と、そうでない場合の違いは、なんなのですか?」
私は、力なく……質問します。
『憑依だとね、憑依された側の理性や、善意が邪魔をする。だから、人間への憑依は……ちょっと欲望に忠実になる程度だ』
理性のたがが外れる? くらいでしょうか。
『そうだね、それくらいの変化にプラスして、悪意による凶暴性が入る。人間は、そこまで飲み込まれないよ。何しろ、理性があるからね。全人類皆殺し、なんてならないだろう?』
たしかに、そうですが……戦争の原因などを考えると、それでも充分すぎるほどに凶悪な物ではないでしょうか……。
『動物への憑依はちょっと、残虐性が高いね。理性よりも欲望が強いから。ただし、動物に関してはだね。まず体を作るから。そこに力の大半を使うんだよ』
「体を、先に……?」
私はあのホルスターンを思い浮かべます。人のように二足歩行になって私を握りつぶそうと手を伸ばしてきた……っ。
『……動物の体では、嬲れない。だからそのために形を変える必要があるのさ』
人を嬲りやすいように、殺しやすいように……悪意が体を変える……。
『だから、魔王と呼ばれるような存在は、人間と動物には生まれない。どちらも悪意を消費してから人格や体を変えるからね。災害もそうだよ、悪意を消費して地形を変えるんだ』
消費してから、人に危害を加えるために動き出すんですね。
『そういうこと。だから結界が壊れたり、私がわざわざ助けを求めたりなんかはない。ありえない』
強い、神としての矜持なのか。厳かな声で宣言します。
『でも、魔王は違う。悪意がそのまま形をとって表れたんだ。その悪意の純度は私が想定してない』
神さまは心底困ったようにつぶやきます。
『なにより、魔王め。力を隠して、悪意をどんどん取り込んでいた……』
顔を手で覆い隠し、ため息までもらしてしまいます。
『そういうわけだよ、今の世界の脅威というやつはね』
お手上げといわんばかりに大仰に手を上げます。その姿があまりにも神さまには似合っていなくて、より……神さまの困惑が伝わってきます。
「つまり、私の……”お役目”はっ」
あのホルスターンのマリスタザリアですら、私は、あんなにもっ。なのにそれ以上の魔王だなんて……。
『リツカの、でないよ』
ぇ……。
『リツカとアルレスィアの、だ』
―――。
「な、何を……。そんなことっ」
アリスさんを、戦わせる? 何を言ってるんですか……。そんなのさせられるわけ――。
「リッカさま」
アリスさんの決意の篭った声が聞こえます。
「私は、もう覚悟が出来ています」
「――っ」
「私は、あなたさまとなら、リッカさまとなら行けます」
その声は、もう……誰の言葉でも……覆すことができない。そう確信できるほどの決意が、こめられていました。
私は、決断しなければいけません。今この場で。私の秘密の、感情。これをどうにかしなければ、いけません。
「……」
私は、アリスさんを見ます。見つめます。初めて出会ったとき、綺麗と思いました。初めて笑顔をみたとき、かわいいと思いました。初めて触れたとき―――。
私の、守りたい……大切な人。
私の秘密の感情が、心の奥底へと仕舞われていきます。
「やります」
そうです、私は……約束したはずです。アリスさんと。
「なります」
アリスさんたちの……英雄に―――。
「私が、私たちで、魔王を倒します」
私の日常は今日、終わりました。
旅立ち準備。です。