神さまの愛する世界
『最初に言っておくよ。私は全てを愛している』
神さまが改めて、伝えます。
「この世の生きとし生けるもの全て、でしたよね」
私は確認するように尋ねました。
『そう、全てだ。昨夜のアレもね』
私を見据え、神さまは言います。
―――っあれ、も。
『アレの正体は、普通のホルスターン。リツカの世界でいう、牛のような生物だ。きみが歓迎会で食べた肉や乳製品、あれの原料さ』
「あれ、牛だったんですか……?」
鴨肉のようだと思ってたんですけど。
『ああ、こっちの世界での牛だよ。人間にとってはミルクや肉をくれる貴重な隣人さ』
……でも、どうしてあんな
「あんな、見た目なんですか? 牛とは思えない見た目でしたけど……」
この世界ではあれが牛……? 三メートルは超えてましたし、二足歩行も……。
『いや、見た目は牛とそこまで大差ないよ。普通はね』
普通じゃ、ないってことですね。
『元は普通のホルスターンがなぜ、あんな変貌を遂げたかだけどね――”悪意”だよ』
(っ……。悪意、ここでも)
『悪意の正体は知ってるね。”人々の悪意”負の感情さ』
絶望や怒り、悲しみ、恨み……恐怖。
『その悪意が、ホルスターンに入り込んで生まれたんだ』
「―――それじゃあ、元を正せば」
『そうだね、アレは人々の悪意の形だよ』
私は今日何度目かの硬直をします。あれが、人の悪意……? こちらではあんなモノが、何体も……?
『アレはただ、自分の欲望のままに襲ってきたんだ。人を殺したい。人を嬲りたい。人を犯したいってね。悪意に飲み込まれてしまった動物や人を、私は”マリスタザリア”と呼んでいるよ。これに汚染された者たちは、負の感情へのストッパーがまったく働かない。そしてそれは……その悪意によって発露の仕方も変わるんだ』
悪意によって、かわる?
『そうだね。例えば、人を殺したいという悪意が強いと、人を殺すだけの悪鬼が生まれるよ』
ぞくっと背筋が震えます。
『昨日のマリスタザリア、ホルスターンだけどね。嬲りたいという衝動が強かったようだね。オルテが殺されることなく痛めつけられたのはそのためだ』
―――あれだけの化け物でした。その化け物から嬲られていた。
「っ……!」
私は強い憤りを覚えます。その裏である感情が支配しようとしているのを、必死で押さえ込むようにして……。
『……。アレは生まれたてだった、元は人の悪意だったものだから、牛の体に馴染んでいなかった。あと二,三時間も暴れていたら、馴染んでしまい……あの場に居た者では手がつけられなかっただろう。アルレスィアを除いて、だけどね』
あれで、まだ。弱いほう?
『だから、驚いているんだよ。魔法を使えるようになったとはいえ。アレを圧倒したリツカに』
魔法が都合良く発動しただけです。何より私は、アリスさんが居なければ殺されていました。
『気づいてなかっただろう? 今朝の集落の人たちは、昨日の好奇心と興味だけの視線で、きみを見ているわけじゃなかった』
そうなの、ですか? と、アリスさんに視線を向けます。アリスさんは重々しく頷いて、私に教えてくれました。
「はい、その通りです、リッカさま。皆さん感謝していましたよ。どうにかして感謝を伝えたい、と」
本当なら、朝食後その場を用意しようとしたのです……。と、アリスさんはじとりとした眼差しで神さまを見つめます。
『コホン。いくら特別な魔法を持っていて、生まれたてであっても、マリスタザリアをあれほど圧倒できるものは少ない。王都側になら、いくらかいるけどね』
そ、そうなんですか? 頬が熱くなるのがわかります。
「後でちゃんと皆さんの感謝を受け取ってくださいね?」
アリスさんが私に笑顔でお願いしてきます。
「……はぃ」
更に顔が熱くなるのを感じます。私の秘密の感情が、スッと霧散していくのでした。
落ち着いたあたりで、私は質問を投げかけます。照れ隠しじゃないです。照れ隠し? なんのことでしょう。
「あのマリスタザリア? ……牛はどこから来たんですか?」
森は悪意をよせつけないんじゃ。
『……それが問題なんだよ。リツカ』
神さまとアリスさんが目を閉じ、深刻そうにしています。
『あのマリスタザリアは集落の農場からきていた』
意外と近場から、集落は森じゃないから範囲外なんでしょうか。
『いや、範囲内だよ。アルレスィアが住む場所だから森に食い込む形で集落はある』
「それだと―――」
『ああ。結界を超え、悪意が憑依したことになるね』
「……」
『これが、今起きてる問題さ。結界が効果を失いつつある。しかも、内面的な、リツカの世界で起きたようなルール破りによる衰退じゃない。外的要因によってね』
「どういう、ことですか?」
『アルレスィアはちゃんと巫女として機能している。”神林”も汚染されていない』
それなら、どうして結界が――。
『悪意が溜まり過ぎてしまった。私の想定よりずっと多くね』
神さまも、衰弱してるように肩が落ちています。
『悪意の発散は小さいながらされていた。それを受け私は調整をしっかりしていた。私はその時に気づくべきだった……悪意が溜まっている。しかも、ここ数十年の間に一気に。マリスタザリアも爆発的に増えている。世界は混乱のきわみにある。悪意が更に溢れていく』
神さまが、焦りを含んで一気にまくし立てます。
『ヤツが現れたときからだよ』
ヤツ……?
『ヤツが現れたときに、気づいた。悪意はヤツが貯めていた。私に気づかれないように。少しずつ、少しずつ』
異世界すらも目視範囲の神さまが、気付かなかった……? それは一体――。
『ヤツが―――魔王が現れてからだ』
がんばってます。
次で説明回終わらせたいです。