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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
35日目、同じ人間なのです
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『いえら』負の遺産⑨



 掻い摘んでですけど、アリスさんが読み上げてくれました。

 最期には、手記の人の強い恨みからか……血の文字で書かれていました。

 もしかしたらこの人は、先が長くなかったのかもしれません。

 

 手記には、巫女への恨みも書かれていました。

 短い物でしたけれど、それだけに……凝縮されているようでした。


 ただこの人は、信心深かったのでしょう。神さまへの恨みは出てきませんでした。

 恨んだのはあくまで、人。

 

「聖伐を利用して、好き放題してたみたい」


 神の代行者として聖伐をしたはずです。なのに、蛮族のような真似をして……。


「命だけでなく、尊厳までも奪っていたのですね」


 人が人として生きる事に、他者が干渉して良いなんて事はありません。魔力のない人たちが、何かをした訳ではないのです。


 一部の者たちが神の代行者を名乗り、虐殺する事でしか信仰を表現出来なかったのです。

 手記の中にも、聖伐に乗り気ではなかった人たちが居ると書いていました。

 しかし……神さまが言っていたように……。


「やはリ、最初ノ……」


 シーアさんが、私達に気を使って言い辛そうにしています。


「うん。神さまが人々に言葉を伝えるために用意した巫女が……伝え損ねたんだ」


 本当は、人類全員を愛しているから、争いは止めろと……伝えたかったのです。

 巫女の力不足故に、正しく伝わりませんでした。


「どんなに、もしとか、仮にとか言っても……この人達が救われる訳ではないけど、巫女が正しく伝えられていたら……この人が言っていた様に、講和の道もあったのかもしれない」


 歴史にもしもなんて、意味はありません。手記の人の恨みが、晴れる事はありません。


「この手記によって、聖伐はただの人殺しなのだと知ってもらえれば、この先の悲劇を防ぐ事が出来るかもしれません」

「司祭みたいな人も、これを見たら少しは……良心が痛むかな?」

「きっと。人に違いはないと分かってくれます。そこに在るのは想いの違いでしかなく、それを他者に押し付けるのはただの――暴力なのですから」

 

 アリスさんが私の頭を撫でながら、抱き寄せてくれます。私はアリスさんの顔に覆いかぶさるように抱きしめました。


 手記には、筆者の想いと日常。そして、研究の成果とも言えるものが書かれていました。


 十二歳の誕生日から書かれた手記。アリスさんが読み上げてくれたのは、最期の三年の物です。

 この方は、二十五という若さでこの世を去っています。


 金庫や鉄砲、その他にも様々な発明品の設計図が書かれているのです。

 鬼才。歴史が生んだ、人類発展の為に生きるべき人でした。そんな人ですら、無残に殺されてしまう。


 これが歴史の転換点だったのは言うまでもありません。魔法を使わない技術は、虐殺を境に失われてしまったのですから。


 この手記は、コルメンスさんに託されます。

 この先二度と、他者を虐げる争いが起こらぬよう、伝えていって欲しいです。

 読めて、良かった。巫女として……過ちは二度と繰り返させません。


 この先もし神さまの言葉が必要になった時、私達は絶対に、正しい言葉を伝えます。



「この設計図デ、これらは作れるんですかネ」

「鉄砲と金庫は出来てたみたいだけど……」


 それ以外は何なのかすら、分かりません。

 

「殆どが武器のようですね」


 そうなるとこれは、大砲?


「あまり、広めない方が良いかも」

「そうですね……。争いの原因になりかねません」

 

 魔法と魔法の戦いならば、詠唱を行う必要があるため、時間がかかります。

 接戦になった際、その差は致命的です。

 それに、魔法は生命力を使うのです。連発するには限界があります。

 

 しかし、今後武器が使えるようになったら、争いはより過激になります。

 世界を変える物です。


「お兄ちゃんにはしっかりと伝えておきまス」

「うん。コルメンスさんなら大丈夫だと思うけど、一応お願い」


 手軽な武器は、殺意を薄めます。

 相手を殺すという意思があって、やっと魔法に殺傷力が加わるのです。

 しかし、銃や剣には必要ありません。簡単に殺せてしまう。

 

 手記に、魔力を持った者は一言で人を簡単に殺せるとありました。

 確かに、見た目では簡単です。でも、込められた想いの強さがあってこそです。


 刃物で人を斬るのには、覚悟がいります。肉に埋まっていく感覚は、手に残ります。決して気持ちの良いものではありません。


 しかし銃は、指を少し曲げるだけです。殺してしまったという現実は心を蝕みますけれど、殺すまでの過程は非常に簡単です。

 私からすれば、銃の方が簡単に……人を殺せてしまうと思います。


 銃で反撃しなければ、虐殺はより早く進んだでしょう。

 だから、対岸から眺めているだけの私には……何かを言う権利はありません。

 でも、今後の平和を想うのであれば――銃は必要ありません。



「ん……?」

「どうしましタ?」

「この町に誰か近づいてくる」


 名残惜しく思いながら……そっとアリスさんの膝から降りて、町の外側に目を向けます。


「四,五人かな。穏やかではないね」

「私が対応しましょうカ?」


 シーアさんが船から降りようとします。


「まずは、様子を見よう」

「そうですね。ただ寄っただけだった場合、私達が出る事で余計な騒ぎになりかねません」


 もし何か起こすようであれば、その時は後ろから意識を刈り取らせてもらいます。


「制圧の準備だけしておこう。シーアさん、一応鍵を」

「はイ」

「レイメイさんに、あの人の監視を優先するように伝えます」

「うん。お願い」


 狙いが何であっても、この町に危害を加えるのなら容赦はしません。




 町にやって来た小型艇には、五人の男達が乗っている。


「なんだ? あの船は」

「随分立派すねぇ。どうします?」

「放っとけ。下手に事を荒げるつもりはないんだからな」


 町の近くに船が止まる。


「しかし、ここに居るって情報は本当なんすかね」

「それを確かめるのも俺達の仕事だ。良いな? あくまで穏便にいく」

「へい」

 

 船を降りた男達を、住民達が遠巻きに見ている。一人の若者が代表して声をかけに向かった。


「何か御用ですか」


 遥か昔の遺物が出た町とはいえ、興味がある人くらいしか知らない情報だ。

 物々しい雰囲気で、周囲を睨む様に歩く男達が来るような町ではない。


「この町にクラースという男が居ないか」

「クラース、ですか?」

「そうだ」

「一人居ますが……」

「話がしたいんだが、連れてきてくれ」

「その……」

「安心していい。騒ぎは起こさない」

「少し、お待ちください」


 若者が離れていく。クラースを呼んでくるのだろう。

 しばらく待つ五人組を、町の者達が窺っている。


 視線を振り払うように、チンピラのような男が歯をむき出しにした。それを、先頭の男が――殴り飛ばした。


「いでッ!」

「俺言ったよな?」

「す、すんません。余りにも見てくるもんですから……」


 殴られた男は素早く立ち上がり、青ざめた顔を何度も下げ謝罪する。


「次はねぇぞ」


 先頭の男が手を握るジェスチャーをする。それを見た残りの四人はどんどんと顔色を悪くしていった。

 先頭の男の行為には、何か意味があるようだ。


「お待たせしました……」

「あの、自分に何か……?」


 若者が、クラースを連れて来た。おどおどとした、小男だ。


「お前が……?」

「はい。クラースです……」

「俺は覚えてるよな?」

「……えっと」


 小男は必死に思い出そうとしている。しかし、思い出せない。何をされるか分からないため、小男は震えだしてしまう。


「すまねぇな。同じ名前の奴がいたとはな。クラース・ヘルメルだ。知らねぇか」


 男達の様子に、自分の知っているクラースではないと気づいたのだろう。先頭の男は詳しく尋ねる。


「申し訳ございません……そちらは知りません」

「そうか。悪かったな。行っていいぞ」

「はい……」


 若者と小男は走り去っていった。


「アニキ。アイツにはあの”魔法”があります。さっきの奴……」

「いいや。それなら名前を変えないのはありえない。何より、アイツはあんなに臆病じゃない」


 冷静に判断した、アニキと呼ばれる男は――ここら一帯の裏を仕切るボスの腹心だ。

 名前はヨナタン。ある一点において、ボスよりも優れていると噂される強者だ。


「そろそろ仕事を終わらせて欲しいから催促しにきたんだが」

「アイツが三ヶ月もありゃ十分って言うから高い金払ったってのに、最悪すね」

「しかし、盗賊のアホ共が居なくなったのは幸運でしたな」

「あぁ。巫女だったか?」

「へい」

「巫女達も俺達からすれば邪魔でしかないが――今回ばかりは感謝しておくか」


 ザブケュも、この男達の縄張だった。そこを荒らしまわっていた盗賊たちに、男達は憤慨していた。


 それを解決するために時間をかけていた。

 しかし巫女達が解決したため、時間的に余裕が出来た。


 兼ねてよりクラースに遺物の回収を頼んでいた男達は、散々待たされたからと催促にきたのだ。


 わざわざ()()()()()()()()()()しお膳立てしたというのに、いつまでかかっているんだ、と。


「しかし、あの男の死体はどこに行ったんでしょうね」

「獣にでも持っていかれたんじゃないか?」

「……」


 子分達の会話を聞きながら、ヨナタンは思考していた。


(獣なら一部なり残ってるはずだ。それがねぇって事は――誰かが持っていったって事になる。……きな臭い)

「アニキ?」

「気にする事はねぇ。次はティモを探すぞ」

「へい」


 男達が町の中へ入っていく。


 船の中からリツカが聞き耳を立てていた事に、男達は気づいていなかった。



ブクマありがとうございます!

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