『いえら』負の遺産⑨
掻い摘んでですけど、アリスさんが読み上げてくれました。
最期には、手記の人の強い恨みからか……血の文字で書かれていました。
もしかしたらこの人は、先が長くなかったのかもしれません。
手記には、巫女への恨みも書かれていました。
短い物でしたけれど、それだけに……凝縮されているようでした。
ただこの人は、信心深かったのでしょう。神さまへの恨みは出てきませんでした。
恨んだのはあくまで、人。
「聖伐を利用して、好き放題してたみたい」
神の代行者として聖伐をしたはずです。なのに、蛮族のような真似をして……。
「命だけでなく、尊厳までも奪っていたのですね」
人が人として生きる事に、他者が干渉して良いなんて事はありません。魔力のない人たちが、何かをした訳ではないのです。
一部の者たちが神の代行者を名乗り、虐殺する事でしか信仰を表現出来なかったのです。
手記の中にも、聖伐に乗り気ではなかった人たちが居ると書いていました。
しかし……神さまが言っていたように……。
「やはリ、最初ノ……」
シーアさんが、私達に気を使って言い辛そうにしています。
「うん。神さまが人々に言葉を伝えるために用意した巫女が……伝え損ねたんだ」
本当は、人類全員を愛しているから、争いは止めろと……伝えたかったのです。
巫女の力不足故に、正しく伝わりませんでした。
「どんなに、もしとか、仮にとか言っても……この人達が救われる訳ではないけど、巫女が正しく伝えられていたら……この人が言っていた様に、講和の道もあったのかもしれない」
歴史にもしもなんて、意味はありません。手記の人の恨みが、晴れる事はありません。
「この手記によって、聖伐はただの人殺しなのだと知ってもらえれば、この先の悲劇を防ぐ事が出来るかもしれません」
「司祭みたいな人も、これを見たら少しは……良心が痛むかな?」
「きっと。人に違いはないと分かってくれます。そこに在るのは想いの違いでしかなく、それを他者に押し付けるのはただの――暴力なのですから」
アリスさんが私の頭を撫でながら、抱き寄せてくれます。私はアリスさんの顔に覆いかぶさるように抱きしめました。
手記には、筆者の想いと日常。そして、研究の成果とも言えるものが書かれていました。
十二歳の誕生日から書かれた手記。アリスさんが読み上げてくれたのは、最期の三年の物です。
この方は、二十五という若さでこの世を去っています。
金庫や鉄砲、その他にも様々な発明品の設計図が書かれているのです。
鬼才。歴史が生んだ、人類発展の為に生きるべき人でした。そんな人ですら、無残に殺されてしまう。
これが歴史の転換点だったのは言うまでもありません。魔法を使わない技術は、虐殺を境に失われてしまったのですから。
この手記は、コルメンスさんに託されます。
この先二度と、他者を虐げる争いが起こらぬよう、伝えていって欲しいです。
読めて、良かった。巫女として……過ちは二度と繰り返させません。
この先もし神さまの言葉が必要になった時、私達は絶対に、正しい言葉を伝えます。
「この設計図デ、これらは作れるんですかネ」
「鉄砲と金庫は出来てたみたいだけど……」
それ以外は何なのかすら、分かりません。
「殆どが武器のようですね」
そうなるとこれは、大砲?
「あまり、広めない方が良いかも」
「そうですね……。争いの原因になりかねません」
魔法と魔法の戦いならば、詠唱を行う必要があるため、時間がかかります。
接戦になった際、その差は致命的です。
それに、魔法は生命力を使うのです。連発するには限界があります。
しかし、今後武器が使えるようになったら、争いはより過激になります。
世界を変える物です。
「お兄ちゃんにはしっかりと伝えておきまス」
「うん。コルメンスさんなら大丈夫だと思うけど、一応お願い」
手軽な武器は、殺意を薄めます。
相手を殺すという意思があって、やっと魔法に殺傷力が加わるのです。
しかし、銃や剣には必要ありません。簡単に殺せてしまう。
手記に、魔力を持った者は一言で人を簡単に殺せるとありました。
確かに、見た目では簡単です。でも、込められた想いの強さがあってこそです。
刃物で人を斬るのには、覚悟がいります。肉に埋まっていく感覚は、手に残ります。決して気持ちの良いものではありません。
しかし銃は、指を少し曲げるだけです。殺してしまったという現実は心を蝕みますけれど、殺すまでの過程は非常に簡単です。
私からすれば、銃の方が簡単に……人を殺せてしまうと思います。
銃で反撃しなければ、虐殺はより早く進んだでしょう。
だから、対岸から眺めているだけの私には……何かを言う権利はありません。
でも、今後の平和を想うのであれば――銃は必要ありません。
「ん……?」
「どうしましタ?」
「この町に誰か近づいてくる」
名残惜しく思いながら……そっとアリスさんの膝から降りて、町の外側に目を向けます。
「四,五人かな。穏やかではないね」
「私が対応しましょうカ?」
シーアさんが船から降りようとします。
「まずは、様子を見よう」
「そうですね。ただ寄っただけだった場合、私達が出る事で余計な騒ぎになりかねません」
もし何か起こすようであれば、その時は後ろから意識を刈り取らせてもらいます。
「制圧の準備だけしておこう。シーアさん、一応鍵を」
「はイ」
「レイメイさんに、あの人の監視を優先するように伝えます」
「うん。お願い」
狙いが何であっても、この町に危害を加えるのなら容赦はしません。
町にやって来た小型艇には、五人の男達が乗っている。
「なんだ? あの船は」
「随分立派すねぇ。どうします?」
「放っとけ。下手に事を荒げるつもりはないんだからな」
町の近くに船が止まる。
「しかし、ここに居るって情報は本当なんすかね」
「それを確かめるのも俺達の仕事だ。良いな? あくまで穏便にいく」
「へい」
船を降りた男達を、住民達が遠巻きに見ている。一人の若者が代表して声をかけに向かった。
「何か御用ですか」
遥か昔の遺物が出た町とはいえ、興味がある人くらいしか知らない情報だ。
物々しい雰囲気で、周囲を睨む様に歩く男達が来るような町ではない。
「この町にクラースという男が居ないか」
「クラース、ですか?」
「そうだ」
「一人居ますが……」
「話がしたいんだが、連れてきてくれ」
「その……」
「安心していい。騒ぎは起こさない」
「少し、お待ちください」
若者が離れていく。クラースを呼んでくるのだろう。
しばらく待つ五人組を、町の者達が窺っている。
視線を振り払うように、チンピラのような男が歯をむき出しにした。それを、先頭の男が――殴り飛ばした。
「いでッ!」
「俺言ったよな?」
「す、すんません。余りにも見てくるもんですから……」
殴られた男は素早く立ち上がり、青ざめた顔を何度も下げ謝罪する。
「次はねぇぞ」
先頭の男が手を握るジェスチャーをする。それを見た残りの四人はどんどんと顔色を悪くしていった。
先頭の男の行為には、何か意味があるようだ。
「お待たせしました……」
「あの、自分に何か……?」
若者が、クラースを連れて来た。おどおどとした、小男だ。
「お前が……?」
「はい。クラースです……」
「俺は覚えてるよな?」
「……えっと」
小男は必死に思い出そうとしている。しかし、思い出せない。何をされるか分からないため、小男は震えだしてしまう。
「すまねぇな。同じ名前の奴がいたとはな。クラース・ヘルメルだ。知らねぇか」
男達の様子に、自分の知っているクラースではないと気づいたのだろう。先頭の男は詳しく尋ねる。
「申し訳ございません……そちらは知りません」
「そうか。悪かったな。行っていいぞ」
「はい……」
若者と小男は走り去っていった。
「アニキ。アイツにはあの”魔法”があります。さっきの奴……」
「いいや。それなら名前を変えないのはありえない。何より、アイツはあんなに臆病じゃない」
冷静に判断した、アニキと呼ばれる男は――ここら一帯の裏を仕切るボスの腹心だ。
名前はヨナタン。ある一点において、ボスよりも優れていると噂される強者だ。
「そろそろ仕事を終わらせて欲しいから催促しにきたんだが」
「アイツが三ヶ月もありゃ十分って言うから高い金払ったってのに、最悪すね」
「しかし、盗賊のアホ共が居なくなったのは幸運でしたな」
「あぁ。巫女だったか?」
「へい」
「巫女達も俺達からすれば邪魔でしかないが――今回ばかりは感謝しておくか」
ザブケュも、この男達の縄張だった。そこを荒らしまわっていた盗賊たちに、男達は憤慨していた。
それを解決するために時間をかけていた。
しかし巫女達が解決したため、時間的に余裕が出来た。
兼ねてよりクラースに遺物の回収を頼んでいた男達は、散々待たされたからと催促にきたのだ。
わざわざティモという男を始末しお膳立てしたというのに、いつまでかかっているんだ、と。
「しかし、あの男の死体はどこに行ったんでしょうね」
「獣にでも持っていかれたんじゃないか?」
「……」
子分達の会話を聞きながら、ヨナタンは思考していた。
(獣なら一部なり残ってるはずだ。それがねぇって事は――誰かが持っていったって事になる。……きな臭い)
「アニキ?」
「気にする事はねぇ。次はティモを探すぞ」
「へい」
男達が町の中へ入っていく。
船の中からリツカが聞き耳を立てていた事に、男達は気づいていなかった。
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