『いえら』負の遺産⑧
二時間待つだけというのも暇なので。
「リッカさま。こちらへ」
「うん」
アリスさんの隣に腰掛け、手記を読んでもらいます。
「いいえ。こちらへ」
「ほぇ?」
アリスさんが私を一度立たせ、腰を掴み、膝の上へ――。
「えっ!?」
「さぁ。読みますよ」
膝の上に乗せられた私の腰に、アリスさんの腕が回されています。
「アリスさん、同じくらいの身長だと……」
私がもう少し小さければ、この姿でも違和感はないと思います。
しかし……アリスさんの顔は、完全に私の背中に押し当てられています。
「では、こうしましょう」
私を横に向け、アリスさんの膝に横座りの形になりました。
「膝痛くない?」
「リッカさまは羽のようですから」
アリスさんがにこりと微笑み、私を抱きしめます。
「痺れてきたら、言ってね?」
「はいっ」
私もアリスさんを抱きしめます。
膝の上に座った事で差が生まれています。なので、抱き合うと、私の胸にアリスさんの顔が埋められます。
……埋められるほどの……いえ、まだ諦めていません。日々の努力は嘘をつかないのです。
「寝ちゃダメですヨ」
「そこまでお子様じゃないよっ」
「その姿で言われてモ」
マントで口を隠し、笑いを堪えているジェスチャーをシーアさんはしています。確かに説得力皆無な姿ですねっ!
アリスさんは、私の胸に顔を埋めたままです。気に入ってくれるのは嬉しいです。でも、痛くないでしょうか。肋骨にごりってなったり……。
最後にぎゅっと力を込めたアリスさんは、私から顔を離しました。
「では、読みます」
そして、アリスさんの朗読が始まりました――。
訳も分からぬままに友人や家族が殺されていく。
奴等が我々を殺す時は決まった言葉を吐く。「神の為に」である。
我々も神を信仰していない訳ではない。時には祈る事もある。しかし、ただ生まれた時から魔力を持っていたか持っていなかったかの違いだけで、奴等は我々の命を不条理に、傲慢に、怠惰に奪っていく。
たった一言で、命を奪っていく。
今日、私の母が殺された。
体の内側から爆発するように死んだ。
私の頬に、母の一部が当たったのだ。恐怖で固まる私に奴等は更に魔法なるものを使おうとする。
そんな時だ。
魔法を使おうとした男の背後から、父や兄、村の者達が襲いかかったのは。
奴等は、我々が反撃するはずがないと、反撃の手段などないものと思っていたようだ。
奴等の命も、簡単に奪ってやった。ただ一度剣を振るだけで、やつらの腕はなくなった。槍を一突きすれば、奴等は醜く悲鳴を上げる。
助けを求めていた。しかし、我々に命乞いはしなかった。
奴等は最期まで、神への賛美を口にしながら、助けを求めていた。
我々は神を恨んではいない。
魔力の有無も、個性と思っている。人は生まれながらに違いがあるのだから。
我々が恨むのは――魔力を持ち、聖伐と称し我々を間引くように殺す、奴等だけだ。
今日我々は、反撃の狼煙を上げる。地下へ潜り、力を蓄える。
奴等が我々を全滅させようというのならば、我々も奴等を殺し尽くす――。
兼ねてより集めていた火薬が実用ラインまでに達した。
今日私は、鉄砲を作ろうと思う。
鉄の弾を、火薬により打ち出す兵器だ。これが出来れば、奴等より優位に立てる。
所詮、言葉を発さなければ何も出来ない連中だ。指一つで命を奪うこの鉄砲さえあれば、奴等はただの的でしかない。
「設計図があります」
アリスさんが見せてくれました。
「火縄銃が、一番近いかな」
「リツカお姉さんの世界にはあるんですカ?」
「うん。これは縄に一々火をつけないといけないけど……。向こうの世界では本当に、指一本でいいよ」
火縄銃だと、奇襲が主になるでしょう。
導火線の火が火薬に伝わるまでに、魔法は発動してしまいます。
隠れて、一撃で……。
「もしこれが完成していたラ、どうなっていたのでしょウ」
「変わらないと、思う」
「私もそう思います。魔力のない者の方が少なく、火薬という有限な物資が必要なのですから……」
最終的には、数です。それでもこの人の手記に、諦めの色はありません。
差は、魔力がない事。たったそれだけなのです。本当に、たった……それだけなのです。
兄が襲われた。
食料調達の為に地上で活動していた時の出来事だった。
腕が、切れていた。腕を物の様に持った兄が、息も絶え絶えに帰って来たのだ。
兄を死なせるわけにはいかない。
私達は、兄の腕をつけるために手術する事にした。技術も何もない、ただ死なせない為に。
切れた腕は、くっ付けるだけでは動いてくれなかった。
このままでは腐ってしまう。兄には悪いが、腕を外すしかなかった。
しかし、どうやら兄は――餌だったらしい。
奴等はあえて兄を取り逃したように見せた。そして、地下に戻る兄をつけていたのだ。
地下は、見つかった。
兄は、自身の所為だと……皆を逃がすために立ちふさがった。口に火種を銜え、試作の鉄砲を片手に立ち塞がった。
兄のお陰で、犠牲は……一人だけだった。
流れ着いた場所で、また地下を作った。地上ではすぐに見つかる。地下しかなかったのだ。
化け物共との戦いは、熾烈を極めた。
奴等はバカの一つ覚えの様に必死で魔法を使ってくる。
神から与えられた物以外で聖伐とやらを行うのは、不敬だと思っているらしい。
奴等は饒舌だ。
戦いの中でありながら、無駄に喋ってくる。
そんな話を聞かせて、我々が大人しく殺されると本気で思っているようだった。
奴等は残虐だ。
あれが代行者だとでもいうのだろうか。
年寄りも、子供も、関係ない。殺される。
我々は捕まる事無く隠れ住んでいるが、労働力として捕らえられた者たちも居るという。
彼等は、子を生す事を禁じられ、徹底的な管理を受けた上で……使えなくなったら殺される。
家畜の方が、まだマシというものだ。
聖伐というのなら、労働力として捕らえるのはどうなのだ?
ただの奴隷だ。魔力を持たない者たちを間引くのがお前達に与えられた試練だというのなら、問答無用で奪うべきだ。
ただの労働力ならば良い。捕虜とは、そういうものだからだ。
しかし、性処理に使うのはどういう事だ? 所詮奴等も、欲望に忠実な――人間だ。
恨み節を吐いてしまったが、ここまではまだ……奴等は優しい方だった。
奴等の中には、聖伐に疑問を持つ者たちがいたからだ。だが、それも今日で終わった。
巫女という女が現れたからだ。
巫女は神の声を聞けるという。他の者が、どんなに使おうとしても使えない魔法を使い、神の言葉を伝える力を手に入れたのだという。
その巫女が言ったのだ。
聖伐は正しいと。
全てを殺せと。
神は、喜んでいると。
巫女は持て囃されている。
憎かった。
奴さえ現れなければ、もしかしたら――講和の道もあったかもしれないのに。
神は本当にそんな事を言ったのか? 巫女というのは本当に、神の声が聞けるのか?
我々には分からない。
だが――もう我々には、奴等を殺しつくす以外に……生きる道はなかった。
兄の次は父だった。地上で、死んでいるのが見つかった。
父も、食料を探しにいった最中だった。
しかし父が死んでいたのは、普段使っていた場所からは大きく外れた場所だった。
どんな死に様だったのか、どんな想いでこんなところまで来たのか……。
想いだけは、分かっている。
父の手に握られていたのは、薬草だ。風邪をひいた私のために、とってきてくれようとしたのだ。
しかし、それでも父は遠く離れていた。
考えれば簡単な事だ。
少しでも地下の隠れ家から離れようとしてくれたのだ。最期の最期まで、我々の事を考えてくれていたのだ。
遂に、ここも見つかってしまった。
私はこれからの戦いに必要だからと、仲間たちが守り、逃がしてくれた。
後ろから悲鳴や戦いの音が聞こえる。私は真っ直ぐ走った。死んでいった仲間たちの為に、私は死ねない。
私は一人でも多くの、化け物たちを殺しつくすのだ。
逃げた私が辿り着いたのは、昔使っていた地下だ。
兄が生きていてくれるかもしれない。そんな……ありえない幻想にしがみついてしまった。
現実は、死んだ兄に会えただけだった。
足は吹き飛び、傷口は黒く焼け焦げている。
右目は、岩か何かがあたったのだろうか。完全につぶれてしまっている。
バラバラになった鉄砲と共に、兄は地面に横たわっていた。
私は兄を埋葬した。
そして、この手記を残そうと思っている。私の仲間が見つけた時、鉄砲や他の武器を完成させられるように。私の想いを継いでくれると信じている。
兄の死体を見て、私の憎しみが膨れ上がったのを感じた。
奴等を殺せるならば、悪魔にでも魂を売ろう。
仲間たちのために、悪魔の兵器さえも造ろう。
どうか。あの化け物共に……人の皮を被った化け物共に、死を。
私は、自分の顔を見てみた。
私の顔はどう見ても、悪魔のようだった――。




