『いえら』負の遺産⑦
祈りを捧げた後、私達は地上へ戻りました。
「町長さん。お時間頂きありがとうございました」
「いえ。皆様のお役に立てた事を嬉しく思っております」
町長さんが、机の上にあった冊子を渡してくれました。
「こちらが写しになります。どうぞ、お持ち帰りください」
「良いのですか?」
時間があるときに読んで欲しいと言われていましたけれど、まさか頂けるとは思っていませんでした。
大切な写本、本当に頂いて良いのでしょうか。
「構いません。是非、巫女様方には知って欲しいのです」
聖伐から虐殺へ。先々代の国王が思い至った考え。その裏付けをしたのがアリスさんです。
だから、アリスさんには知って欲しいと、町長さんは渡してくれます。
「ありがとうございます。大切に、読みます」
「はい。是非」
受け取り、大切に持ったアリスさんが頭を下げました。
町長さんにお礼を述べて、家を後にします。そろそろレイメイさんと合流します。
私は、手記の写しに視線を向けました。
(読めないんだよね。私)
この世界の文字は、向こうの世界とは全然違います。
アリスさんに習った文法としては、ドイツ語が一番近いと感じました。買い物くらいなら……出来るようにはなったと思います。でも、手記はまだ難しいです。
「私が読み聞かせを致しましょう」
アリスさんが微笑んで、提案してくれます。
「うん。ありがとぅ……」
少し、恥ずかしいです。
アリスさんの読み聞かせは嬉しいです。でも、それではまるで……。
「絵本の読み聞かせですカ」
「はぅ」
ざくっと、私の心に鋭い言葉が突き刺さります。
「シーアさん。リッカさまをお子様扱いしないで下さい」
「しかしですネ。偶にお子様っぽい所ガ」
「それは……。愛嬌というものです」
お子様っぽい部分があるのは、自覚しています。
アリスさんと寝る時は抱きしめていないと寝れないとか、アリスさんの料理を食べている時は緩む頬を抑えきれないとか、アリスさんと歩いている時はスキップしそうになるとか。
でも、読み聞かせは違います!
「も、文字難しい……」
二ヶ国語話せているシーアさんと、三ヶ国語以上話せると言っていたアリスさんに言うのは恥ずかしい事ですけど……。
「ゆっくり学んで行きましょう。この手記を読めるようになれば、ヘクバル語はすぐですよ」
「うん……」
発音やかつぜつの問題もありますし、前途多難ですね……。
「アルツィア様ハ、読み書きのお手伝いはしてくれなかったんですネ」
「リッカさまへの干渉であれば問題ありませんけれど、読み書きとなると、他の方への干渉となってしまう恐れがありますから」
神さまは一度、日記にコメントをくれました。
あれは、私の日記だったから大丈夫だったという事でしょうか。
向こうの世界の言葉で書いてくれていましたけれど、干渉って事にはならないんですかね。
ならなかったら良いのですけど……。私が少し弱音を見せたばかりに、神さまの神格が落ちるなんて事、あってはいけません。
「それに……」
「それニ?」
アリスさんが言いよどみました。シーアさんが首をかしげましたけど、アリスさんは続きを言う事はなさそうです。
「アリスさん。言葉、教えて欲しいな?」
「――はい。喜んでお教えします」
考え事をしていたアリスさんがニコリと微笑みました。
「じゃあ一度、レイメイさんの所行こうか」
「はい」
「ですネ。お酒飲みすぎてたら止めないといけませんシ」
シーアさんが、肩をならす様に魔力を練っています。
流石に、敵視している人の前で泥酔するほど飲んだりはしないと思いますよ……?
アメリーさん宅に居るとの事なので、向かいます。
「アメリーさン」
「レティシアちゃん? 今開けるわ」
エプロンをつけたアメリーさんがやって来ました。
「巫女様?」
「ウィンツェッツさんがお邪魔しているとお聞きし、迎えに来ました」
「はい。ティモと一緒にお酒を」
家の中を見ると、確かに飲んでいるようです。
「ご迷惑をおかけして申し訳ないでス」
シーアさんがぺこりと頭を下げました。
「いいのよ。ティモの命の恩人だもの」
フードの奥で悲しそうな表情になってしまったシーアさんは、フードを深く被りなおしました。
「家の中に居るのなら、丁度良いです。アメリーさん、今よろしいですか?」
「私ですか? 今は、夕飯の準備を……」
少し、性急すぎたでしょうか。
「失礼しました。では、時間が空きましたら船までご足労くださいませんか」
「はい。多分、二時間程かかるかと……」
「分かりました。よろしくお願いします」
会釈して、私の話を終えます。
このまま夢の中でも良いと、思わなくはないです。アメリーさんは確かに幸せそうにしています。
だけど、破綻している現実をそのままにして良いとは、思えないのです。
てもさんとして生きるのか、とレイメイさんが尋ねた時、詐欺師の答えには間がありました。
もし、アメリーさんの幸せを第一と考えて、てもさんになりきっているのなら……即答でも良かった。
でも、間がありました。
あの人は、今の状況に満足していません。何れ、我慢できなくなるでしょう。
アメリーさんには、前を向いてもらうしかありません。
「サボリさんには程ほどにするように言っておいてくださイ」
「サボリ?」
「女所帯に男一人という事デ、話し相手に飢えてるんでス」
「そうなの? 私の事は気にしなくて良いって言っておくわ」
アメリーさんが笑顔で、シーアさんのお願いを聞いています。
アメリーさんが良い人であればあるほど、詐欺師への怒りは大きくなってしまいます。
一先ずアメリーさんの自宅から離れます。
「サボリさン。黙って聞いてくださイ」
《あ……? ……》
「アメリーさんに真実を話しまス。ですけド、二時間程かかりまス。その間その詐欺師を見張っておいてくださイ」
レイメイさんは話せないので、シーアさんが一方的に話しています。
「女所帯に男一人で寂しいサボリさんハ、男の話し相手に飢えているという設定でス」
《はっ!?》
《どうかしましたか?》
レイメイさんが反応してしまい、アメリーさんが気付きそうです。
《い、いや。何でもねぇ。ティモがおかしな事を言うもんだからよ》
《あ、あぁ……。そうなんだよ。アメリー。巫女様達と――》
上手い事切り抜けたようです。
「何やってんですカ」
レイメイさんが反応出来ないのを良い事に、シーアさんが怒った振りをしています。
実際は、笑いを堪えるのに必死なんですけどね。
「とにかク。私達がアメリーさんに真実を話シ、その詐欺師を兵士に渡すまで見張っておいてくださイ」
《……》
「でハ」
”伝言”を終えたシーアさんは、クふふふ! と笑い、お腹を抱えました。
(あのチビめ……)
レティシアからの命令を受けたウィンツェッツは、アメリーに苦々しい顔がバレないように目を瞑っている。
(詐欺師も詐欺師だ。話を合わせろとは言ったが、なんで俺が巫女に……。仕返しのつもりか……? 殺す)
「ウィンツェッツさん?」
「あ、あぁ? 悪いな。少し呆けてた」
「お疲れでしょうからね……」
今にも斬りかかりそうなウィンツェッツ。しかし、アメリーが余りにも純粋に心配するものだから、毒気を抜かれてしまった。
(やり辛ぇ……)
アルレスィアもリツカも、レティシアも、自分より本当に年下か? と思える程に落ち着き払っている。
しかし、アメリーは普通だ。
普通の女性という事で、ウィンツェッツは調子が狂っている。
(……同情してるってのか。俺が)
詐欺師クラースに騙されているアメリーに、ウィンツェッツは同情を感じていた。
「レティシアちゃんが心配していましたよ」
「あぁ……。まぁ、な」
(絶対楽しんでやがったろ)
せめて笑顔で返事をし、楽しんでいるように見せようとするウィンツェッツ。しかし、白々しい顔で言った事が容易に想像出来ると、苦笑いになってしまう。
「女所帯に、どうして男一人で?」
ティモが質問してくる。ウィンツェッツは顔を顰めそうになるけれど、何とか堪えた。
視界の隅に映ったアメリーの表情は優れない。
ウィンツェッツにはそれが気がかりだったけれど、質問に答えなければ不審に思われると意識を変える。
「俺の追ってる奴は赤の巫女を追っててな。アイツらと一緒に居った方が都合が良いってだけだ」
訳有りと思ったのか、アメリーが厨房へ下がる。
それを見てウィンツェッツは、ティモに顔を寄せ囁くような声で言う。
「俺の敵は魔王だ」
「……は?」
ティモは目が点になる。いきなり魔王と言われても、反応出来ないようだ。
「俺はお前みたいな屑はさっさと兵士に渡せと思ってんだがな」
アメリーはまだ厨房だ。
「アイツらはそうじゃないらしい」
「……」
ウィンツェッツは、野生的に歯を見せ笑う。
「兵士にさっさと捕まって、刑を終えて戻ってきた方が良かったと後悔する事になるだろうよ」
この町に来る事無く、兵に引き渡された上で刑期を終えた方がクラースにとっては良かったと、ウィンツェッツは言う。
「お前もう二度と、あの姉ちゃんの前には立てねぇ」
「どういう……ことだ」
「決まってんだろ」
椅子に持たれかかり、嗤う。
「バラすっつってんだよ」




