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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
35日目、同じ人間なのです
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『いえら』負の遺産④



 町が見えてきました。遺跡がある訳ではなく、普通の町です。


「ここから探った感じだと、強いのはないけど……」

「気になる事が、あるのですね?」

「うん」


 自分の胸を押さえ、瞼を閉じます。

 ざわめく。でも、王都が襲われた時の様な焦燥感ではありません。


「悲しい気持ちに、なるみたいな。そんな感じ」


 悪意なのに、なんでこんな感情に……。


「注意して参りましょう」


 アリスさんが後ろから抱きしめてくれます。私の胸を押さえている手に、アリスさんの手が重ねられました。ざわめきが落ち着いていきます。


 落ち着いていくざわめきをしっかりと記憶し、注意していきます。不審者の監視も、しないといけませんからね。


「縄を解いてくれ」


 気は進みませんけれど……。


「少しでも怪しいと私が感じたら、分かっていますね」


 再度念を押し、解放しました。


 ”変化”を発動させた男性は、舷梯を進んでいきます。

 アリスさんと私には、変わらず見えてますけれど。シーアさんとレイメイさんは、あえて魔法を受ける事になっています。


 シーアさんは単純に、魔法に興味があるため。レイメイさんは、一人くらいは受けておいた方が良いとの事で、受けてもらっています。


「ふム。一度受けてしまうト、魔力色では分かりませんネ」

「私から見ても、シーアさんからあの人の魔力は見えないなぁ」

「シーアさんの一部として魔法が巡っているからでしょう。シーアさんが驚いたように、ここまで完璧な”変化”は珍しいです」


 アリスさんとシーアさんが驚くほどの精度ですか。悪さに使わなければ、尊敬出来たでしょうけど……。

 今まさに、誰かを騙すために”変化”してるんですよね。


「ティモ!」

「アメリー!」


 町の方から女性が走り寄って来ます。そして、男性と抱きつきました。

 女性の名前はアメリー、男性はても? というのでしょう。しかし、男性は今”変化”中。どちらの名前なのでしょうかね。


「良かった無事だったのね! ()()どこかへ行くなんて、やめて頂戴ね……」

「あぁ……。すまない、アメリー。君を一人にはしないよ」

 

 妻? 恋人? かは分かりませんけれど、そういう仲なのは分かりました。

 レイメイさんに目配せして、見張ってもらう事にします。

 私達は、町長さんに会わなければ。


「あの……」


 男性が、移動しようとしている私達に声をかけてきます。


「町長さんの所に行くだけです。()()()()()()()()()()()()()()()()()


 普通に聞けば、私達に何か用件があればレイメイさんに、といった風に聞こえるかもしれません。

 でも、見張っているという事実を知る男性は――どう受け取ったのでしょうね。苦々しい顔を見せた男性を見れば、一目瞭然というものです。




「ごめんください」

「はい……? あの、えっと――どうして、ここに?」


 困惑している町長さんに、私達の素性と目的を話しました。

 ”巫女”である事と、浄化を行いたいので、異変が起きている人を集めて欲しいというものです。


 神誕祭に来てくれていたらしく、状況をすぐに分かってくれました。まだ神誕祭に来てくれている範囲内で、良かったです。

 ただ、何れ通用しなくなるでしょう。その時、どう信じてもらうか、浄化をどうするかを考えなければいけません。


「はるばるこのような辺境まで……。お疲れでしょう。お茶でも」

「ありがとうございます。紅茶、でしょうか」


 私が最初に手をつけました。


「おいしいです」

「お口にあったようで、良かったです。それでは、私は町民に声をかけてきますので、しばらくお待ちください」

「はい」


 町長さんが家を出て行きました。あの男性については、後からでいいですね。


「あの女性、どちらの恋人なんでしょうネ」

「わざわざ顔を変えたわけだから、変化後なんだろうけど」

「取り入るためなのカ、どうなのかって感じですカ」

「町についたら教えてもらうって約束でしたから、守ってもらいましょう」

「そうだね」


 浄化後、追及しましょう。


「お待たせしました。その、町人全員になってしまいましたけれど……」

「どれくらいの人数になりますか」

「三百人程です」

「問題ありません。参りましょう」


 アリスさんの体調は万全です。浄化はすぐに終わるでしょう。




「あなたは受けないの?」

「あ、あぁ。僕は先に受けたからね」

「そう。じゃあ行ってくるわ!」


 ティモの頬にキスをしたアメリーが、アルレスィアの浄化を受けるために町の中央へ向かう。


「……」

「何も聞かないのか」


 ティモの口調から元に戻った男は、ウィンツェッツに聞く。


「巫女共と聞く。二度も聞く気はねぇからな」

「そうかい」


 ウィンツェッツの視線から逃げるように、背を向ける。ウィンツェッツはじっと、ティモの背を見ていた。


 ”箱”と”拒絶の世界”による浄化が終わり、感謝と祈りを捧げる町民たちを、ティモは無感情に見ている。


 しかし、視界に入ったアメリーが長く真剣に祈っているのを見て、眉間に皺を寄せた。


(チクショウ……)


 憎しみに近しい感情が、ティモの中を渦巻いていく。




「ありがとうございました。巫女様」

「”巫女”として当然の事です」


 アリスさんの言葉に、町長含め町民達が更に祈りを捧げます。

 視界の端に、レイメイさんと男性が居ました。

 レイメイさんはじっと男性を見てくれていますけれど、男性の顔は少し険しいです。


(なんというか、忙しない人だなぁ)


 感情が豊かというには少し、ころころと変わりすぎです。

 アメリーという人からも、話を聞きたいですね。主に、てもさんについて。

 アメリーさんに不審がられるかと思いましたけれど、助けた人なのですから少しくらい興味を持ってもおかしくはないでしょう。


「町長さん。この町から大虐殺に関する手記と遺骨が出たとお聞きしたのですけれど」

「はい。今は私の方で厳重に保管しております」


 大切に扱ってくれていると安堵します。

 しかし、厳重に……という言葉には、色々な感情が含まれています。

 狙う輩が多いということですね。あの、男性のような。


「よければ後ほど、見せていただくことはできませんか?」

「えぇ、えぇ。もちろんです。巫女様達でしたら喜んでお見せいたします。貴女が居られたからこそ、今があるのですから」

「ありがとうございます。後ほど窺いますけれど……いつならば都合がよろしいでしょう」

「そうですね……。後、三時間程お時間を頂きたく……」

「はい。突然のお願いに、ありがとうございます」

「いえ。こちらこそ。それでは、後ほど」


 町長さんにお礼を別れを告げ、レイメイさんと合流します。

 あの男性とアメリーさんは既に、抱き合っていますね。余りマジマジと見るのは失礼です。


「どうでした?」

「何も。見えてたろうが」

「それでも聞くのが報告ってものでス。ディルクさんに習わなかったんですカ」

「隊長になら習ったが、今のは任務じゃねぇだろ……」

 

 こちらから見る限りでは、眉を寄せるような不快感を見せた以外は変化がありませんでした。

 さて、アメリーさんが居る前で聞いても答えてくれないでしょう。どうやって分けますかね。


「あの、巫女様、赤の巫女様」

「はい」

「どうしました?」


 アメリーさんが私達に、おずおずと声をかけてきました。


「ティモを助けていただきありがとうございました。彼に何かあったら私……」


 どう答えるか、迷ってしまいます。


「彼、三年前にも……」

「三年前、ですか?」

「アメリー!」


 アメリーさんの言葉に、男性が強く反応し止めました。どうやら、それが鍵のようです。


「もう、良いんだ」

「え、えぇ。そうね……。貴方はもう居るんだもの……」


 三年前に、てもと呼ばれるアメリーさんの恋人に何かがあったという事でしょうか。

 つまり、男性は――てもさんになりすまして、何かをしようとしている。


 何かに関しては、分かりません。手記と遺骨を狙っているのは分かります。しかし、男性のアメリーさんに対する愛情は本物であると、表情で分かってしまいます。

 やはり、聞くしかないようです。


「すみませン。アメリーさン」

「あら。なぁに?」


 アメリーさんにシーアさんが、()()()()()声をかけました。


「そノ……お手洗いをお借りしたいんでス」

「えぇ、こっちよ。ティモ、また後でね」


 シーアさんが私達を見て頷きました。ありがとう。シーアさん。



「さて。説明してください」

「……」

「おい」


 レイメイさんに促され、アリスさんと私の視線に耐え切れなくなったのか、話し始めました。


「俺の本名はクラース。依頼があれば何でも盗む、雇われのハンターだ」


 ただの盗人、と思いますけれど……雇い主からお金を貰って行えば、職業と言えるのでしょうか。


「ここで発掘されたっていう手記と遺骨を盗ってこいと言われてな。色々と調べてここに来たって訳だ」

「色々だと?」


 レイメイさんの質問に、クラースという盗人は淡々と語ります。


「盗るにしても、バレないように手早くスマートに、それが俺の流儀だ」

「……で?」


 呆れた顔のレイメイさんが促します。ただの盗人が格好つけても滑稽なだけだと、私も思います。


「この町にはティモって奴が居たらしくてな。だが、三年前に行方をくらましたって話だった」


 話が見えてきました。


「俺はティモに成りすまし、町に潜入した」


 元は喋りたがりだったのか、舌に油が乗っていきます。こんなに喋りたがりで、良くバレませんでしたね。


「そこで、アメリーに出会った」


 熱を帯びた声に、眉がよってしまいます。

 まさか……。


「俺は恋をした」


 私は、クラースという盗人に対して――嫌悪感を抱きました。

 盗人を仕事だと言い切る図太さよりも、人を騙す事に全く罪悪感を抱いていない事よりも、アメリーさんの想いを踏みにじっている事に対して。



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