立花はおちる A,D, 2113/02/24
今日の学園は休みなんですけど、卒業式が近いということでお手伝いをしています。会場の椅子の位置の確認や全体の流れの確認、リハーサルのお手伝いとして在校生代表役などなど。実際の代表は私ではありませんが、今日は都合がつかなかったそうです。
もともとこの学園は、普段の生活指導が徹底されています。リハーサルもそこまで時間をかけずに終わりました。三年生の方達が、私に手を振りながら出て行っています。少し、もの悲しさを感じてしまいますね。
「お疲れ様、六花さん」
「いえ、大きな問題もなく終わって何よりですよ」
生徒会長さんからの労わりの言葉と飲み物をもらいました。会長さんも卒業なんですよね。椿を除けば、何だかんだで一番お世話になったかもしれません。
この学園に生徒会選挙はなく、校長含む教師陣、現生徒会による信任によって選ばれます。つまり今、この学校で一番優秀な生徒さんが会長さんです。
会長は新三年生から選ばれ、卒業式に移譲されます。一年間の任期中、学園運営のほとんどを任されます。珍しいと思われるでしょうけど、理由があるのです。
この学園の卒業生の三割が、系列大学に進学します。たったの三割です。残りの生徒達はすぐに就職します。何故なら、成績優秀者と生徒会所属者は――高等部卒業後すぐに就職しても、大卒者の待遇と変わらないからです。
この学園ではそれだけの実績つめる上に、生徒会ともなれば信頼をされるということです。そんな学校ゆえに、卒業式は在校生の人生も左右します。失敗は許されないのです。
ただ、次の生徒会長は大体予想はできています。でもあの子は、大学にいくでしょうね。先輩が待ってますし。ふぅ、惚気話は程ほどにして欲しいです。昨日も結局、夜中までメールが来てましたから。
「六花さんが次の会長でもいいと思うんだよね、私」
会長さんが私を見ながら爆弾発言。私の成績、会長さんも知ってるはずなんですけどね。スポーツやダンス、音楽以外は全滅ですよ。進学ぎりぎりです。
「私には、その話はきませんよ。会長さん」
会長さんが眉をよせ怪訝そうに窺っています。実際成績は、進学出来るだけの物があれば良いらしいです。優秀なら優秀なのが一番ですけど、会長さんと教師が選べば問題ないのです。
だけど私は、成績が関係ないという噂が本当であっても、会長職の話はされません。
「校長から話が来るかと思いますが、私は”巫女”ですので」
思い出したように会長さんが手を叩きます。
まー、忘れますよね。もはや形だけみたいな職という認識でしょうし。むしろ良く思い出してくれた、とさえ思います。
普段の私は、何でも屋みたいに動いています、その姿は、清楚なイメージのある巫女には、絶対に見えないでしょう。
だから、私に生徒会関係の話はきません。卒業後すぐ巫女として”神の森”に住みます。私に候補者枠を使うことはもったいないので、母にお願いして話し自体こないように仕向けました。
私は森で住めるのを楽しみにしているのです。そのための根回しは完璧にしています。
余談ですけど、後にも先にもきっと私だけでしょう。こんなにも早くお役目を継ぐことになるのは。それでも、不安も心残りもありません。本当に神さまがいるかはわかりませんが、あの森を、湖を守れるのは、嬉しいことですから。
お手伝いを終え、私は今日も森に向かいます。
……私は街を歩いていても、ふわふわとした気持ちになります。浮遊感というか、本当に浮いているんじゃないかってくらい、リアリティのある感覚なのです。それは何故か、この季節になるとそれが強くなるのです。
心が落ち着きません。目に見える光景全てが、しっくりきません。自分はこの世界の住民ではないのでは? とさえ思ってしまいます。景色が遠のく。空が高く、地面が近く。まるで、私が歪んでいるような感覚なのです。
そんな私ですが、あの森にいると心が落ち着くのです。
ただ時間が流れる、それだけで満たされていくのです。森と湖と一体化していくような感覚。葉の一枚一枚と会話出来るような、超感覚を手に入れたような。葉を伝い落ちる水滴、それに映った景色さえ見える気がします。
いつからでしょう。あんなにも溶けるような感覚になったのは。
覚えているのは、小学校低学年である七歳の頃。初めて森に一人で入ったときでしょうか。気づけば星が輝いていて、従姉妹が探しにきていて、怒られて。母からも、怒られて。
それでも感じたことのない充足感と、また行きたいという欲求がとまらないのです。だから……私の心の穴を埋めるために、何度も、何度も行きました。森に居ると、私は満たされたのです。
でも、最近は……。
どうしてあんなにもせつなく
そして……こころにあながあいているような
かんかくに、なってしまうのでしょう。
ものたりない、もっと、もっと――もっとちかくに…………
私はこの気持ちに気づかない振りをしました。気付くのが私は……嫌いなのです。気付いたらきっと、あれが押し寄せてくるから。
試行錯誤中。