『じおるあ』赤い瞳⑥
「どうですか。ウィンツェッツさん」
「あぁ……」
ウィンツェッツが、元締めことスヴェンにお酌を受けている。
「すまねぇな。行き成り押しかけて」
「いえいえ。巫女様達とウィンツェッツさんなら大歓迎ですよ」
「恩に着る」
「息子の恩人ですから」
「それは――」
「ウィンツェッツさん、それはもう終わっています」
「あぁ……」
スヴェンに促されるままに、ウィンツェッツは酒を飲んでいく。
「ライゼルト様とウィンツェッツさんのお陰で、息子達もやっと……冒険者ごっこから脱却できました」
「昔から冒険者の真似事をしてたのか?」
「えぇ。ヴィリ達は父親が冒険者ですからね。息子も影響を受けました」
少年グループに居る五人中三人が冒険者の子供だ。
「人々の為に戦う姿というのは、男の子にとっては格好良く見えますから」
お酒を飲みながら自嘲するように、スヴェンが笑う。
「その点私は……」
「……」
拉致監禁事件の際、スヴェンは身代金受け渡しに応じた。そしてお金を渡した後、犯人の一人に倒されてしまった。
冒険者ならば自衛どころか、息子を助ける事だって可能だったかもしれない。
息子が憧れている冒険者と自分を比べて、惨めさを感じているようだ。
「息子の為に、形振り構わず出来る事をやれるってのは……格好良いんじゃねぇか」
「え……?」
ウィンツェッツが気恥ずかしそうに話す。
「戦うだけが、助けるって事でもねぇだろ」
「ウィンツェッツさん……」
「アイツも何れ分かるだろうよ。親父が如何に自分の事を大切に想ってるかを」
まるで自分の事の様に話す姿に、スヴェンは柔らかい笑みを浮かべた。
「貴方が息子の憧れで良かった」
「止めてくれ……。そういう柄じゃねぇ」
お酒をぐいっと飲み下し、照れ隠しする。
「程ほどにしませんと、レティシア様に怒られてしまいますよ」
「アイツは俺の保護者じゃねぇぞ……?」
程ほどにと言いつつ、スヴェンはウィンツェッツにお酌する。
「次はどちらへ向かうのですか?」
「あぁ……」
(これは話しても良いのか? もうこの人は知ってるし、良いのか?)
ウィンツェッツは話して良いか迷っている。
しかし――。
「チビしか知らねぇんだよ。舵はアイツが持ってるからな」
(つーか今更だが、なんでアイツが行き先決めてんだ?)
リツカはこちらの世界の地理に疎く、アルレスィアは一応知ってはいるものの、話でしか聞いた事がない。
”巫女”二人はレティシアが行き先を決めて欲しいと頼んでいた。
「そうでしたか。一つ一つ巡るという事ですし、次は北東のイェラか北のプレマフェかと思いましたけれど」
「プレマフェには行った事あるな。オペラがあるんだったか」
「えぇ、はい。こちらで買い物をしたご婦人たちは、プレマフェへ行く事が多いですね」
オペラとは歌劇。通常の劇と違い、演者は台詞を歌い上げる。
マイクを使わずに広いホール全体に声を届ける高い歌唱力と表現力は、見聞きする者全てを感動させる。
「イェラには何かあるのか?」
「元々は何も無い所でしたが、最近は考古学者が出入りしています」
「考古学?」
「はい。遥か昔、まだ虐殺が行われていた時代の遺物が出たとかで」
「遺物、ねぇ」
「何でも、手記や骨などが出たとか」
(アイツ等は絶対に行くだろうな)
この情報を渡せば、予定に無かったとしてもイェラは候補に入るだろう。
先を急ぐ旅という事は認識している。レティシアがイェラの話をしない限りは黙っておこうと、ウィンツェッツは結論を出した。
「……ダルシュウがマリスタザリアに襲われたというのは、本当ですか?」
急な質問にウィンツェッツは眉を寄せる。
しかし、スヴェンの真剣な眼差しに、ウィンツェッツは負けるように答えた。
「あぁ。一体だけだったがな」
「あの町が最後に襲われたのは三ヶ月前です。その前は一年前と、滅多に出ないのです」
「三ヶ月で一体なら、そんなに驚く事ねぇんじゃねぇか? 王都なんざ、毎日だったろ」
何となく、言いたい事は分かっている。
魔王の敵である巫女がやって来て、マリスタザリアが出てきた。
関連付けてもおかしくはない。
「王都には優秀な冒険者が多く居ました。ですが、他の町に英雄は居ない」
直接的な言葉は使わないけれど、表情が物語っている。
”巫女”を襲いに来たマリスタザリアだったと、ダルシュウの一部では思われていると。
「あの町長は、化け物にも負けない屈強な兵と言っていたが」
「まさか。巫女様たちの様に単独で倒せる力はありませんよ」
(そういや王都の兵士も強い訳じゃなかったな。化け物相手じゃ、防衛が精一杯ってとこか)
剣術により物理的なダメージを与えられるリツカとウィンツェッツ。攻撃魔法の威力が世界でも随一のレティシア、対マリスタザリアにおいて切り札となるアルレスィア。
攻撃魔法を持っていても、マリスタザリアを殺せるほどの想いを紡ぐのは、容易ではない。
殆どの者は、マリスタザリアの姿と雄叫びに――心が折れてしまう。
「戦争の傷痕は大きい。皆怖いのです」
理解して欲しいと、スヴェンは頭を下げる。
(理解も何も、事実だからな。巫女を襲いに来たってのは)
ウィンツェッツはどう答えるべきか迷っている。
「俺からは、何も言えねぇ」
「えぇ。私の愚痴と思って、聞き流してください」
巫女達には、息子を助けてもらった恩がある。演説も聞き、心打たれた。
だけど、ダルシュウの町長とも親交がある。気持ちも分かる。自身も、何時襲われるか分からない恐怖と戦っているからだ。
「何故、マリスタザリアなんてものが居るのでしょう……」
「人間の罪って奴なんじゃねぇか」
「ははは……。ありえそうだ」
すっかり酔いが醒めたと、ウィンツェッツが酒を呷った。
「お待たせしましタ」
「迷ってたみたいだね」
「良いのは見つかりましたか?」
「はイ。ペリドットのネックレスヲ」
黄色が薄く混ざった緑色が綺麗なペリドットです。エルさんの金髪に合いそうですね。
「お二人のはもう少しですカ」
「はい。もう少しお時間をいただきます」
録音機自体にも結構装飾がついていました。あれも、本当の宝石ですよね。
だからでしょうか、結構なお値段でした。
外側には装飾が散りばめられていて、買った宝石は内側につけてもらえます。
”転写”て撮った写真なんかも入れられるくらいの小物入れになるので、アリスさんの声を聞きながら写真を見れます。
「録音機でしたっケ」
「うん」
「巫女さんは”録音”出来るんでス?」
「一応、上級の一段階といったところです」
「それでしたラ、問題ないですネ。多少劣化はしますけれド、気になるほどではないでしょウ」
”録音”は、音を閉じ込める魔法です。
振動を保存する? とかだったと思います。
下級ではノイズ雑じりの音しか保存できず、上に行くほどノイズが消えていきます。特級ともなると、生の声と変わらないそうです。
早くアリスさんの歌声欲しいです。
天使の歌声を以ってしても、アリスさんの歌声には敵わないでしょう。そう確信できます。
講演の時も、演説の時も、いつも私を守ってくれる詠唱も。アリスさんの声には熱が籠められていました。その熱を歌に乗せたならば、私はきっと――。
「オルゴールにするんじゃなかったんでス?」
「アリスさんのが欲しくて」
「エ?」
「お、お互いの歌声を入れようという話になったのです!」
「あァ、そういウ。そうですよネ。余りにも熱っぽかったものですかラ」
アリスさんの歌声に想いを馳せていたからか、言葉を省略してしまいました。
「何時入れるんでス?」
「平和になった後に、”神林”でかな。あそこなら、森の囁き以外の音がないから」
「リッカさまの歌を万全の環境で録音したいのです」
森の伴奏とアリスさんの歌声。完璧です!
「お待たせしました」
商品を受け取り、お会計を済ませます。
「結構大きいですネ」
「小物入れにもなるみたい」
黒味を帯びています。ローズウッドの様な木で作られているようです。
「またのお越しをお待ちしております」
「ありがとうございました」
お店から出て、元締めさんの所に戻りましょう。
買い物が終わったら勝手に入って良いと言われていたそうで、そのまま入ろうとしました。
でも、吃驚するくらいのお酒の臭いに立ち止まってしまいます。
「水の用意でもしますかネ」
「家を濡らさないようにだけ気をつけてください」
止める理由もないので、二人共酔いを醒ましてもらいましょう。
水が二人の顔に直撃します。
気持ちよく酔っ払っていたと一目で分かりました。
床に落ちている酒瓶は三本程、二人で飲む量ではないと思います。
「もう一回いきますカ」
「い、いえ。もう大丈夫です」
「ぅお……ゲホッ! ゲホッ!」
咳き込むレイメイさんを無視して、椅子に座ります。
この町、落ち着いていましたね。
全体的に悪意は少なく、事件らしい事件はありませんでした。
だけど――。
「そういえば、ここには盗賊が来なかったんですか?」
宝石の町です。お金が欲しいならば真っ先にここに来たと思うのです。
「噂の盗賊でしたら、ここは襲われていません。ダルシュウ程ではありませんけれど、警備は万全ですから」
確かに、警備が万全で当たり前ですね。
しかし、通りではなくお店の裏や町の外ばかりでしたね。
警備していると見せることは防犯にも繋がるのですから、しっかりと見回りは見せ付けるべきだと思うのですけど。
「王都から冒険者を雇っています。しかし、一部のお客様達から……町の景観に合っていないからと言われまして、お店の裏や町の外などを見回っています」
「やっぱり成金は嫌いでス」
シーアさんが不快感を露にしました。
「えっと、何かありましたか?」
「少しだけ」
苦笑いで、私は答えます。
もしかしたらあの人たちはこの町のご贔屓で、大切なお客様だったのかもしれません。そんな人たちを完全に言い負かせてしまいました。
「また赤いのかよ。てめぇはいつも――」
「レイメイさん?」
「巫女止めろよ赤いの」
「……? 私は騒ぎを起こすのが得意ですから」
家の中で暴れるなんてことを、アリスさんはしません。それでも威圧感は本物なので、レイメイさんには効果覿面ですね。
元締めさんとの会話を終え、私達は船に乗り込み町を後にしました。
少し離れた所で、今日の移動を止めます。
今日は少し、疲れました。
ブクマありがとうございます!




