『じおるあ』赤い瞳②
「そろそろ着きますヨ。巫女さン、リツカお姉さんが蕩けきっているのでその辺で準備に移ってくださイ」
「もう少しこのままで居たかったですけど……仕方ありません」
アリスさんが私の肩を持ち、ちゃんと座らせるように動かします。でも、まだ顔を上げられません。絶対に顔が緩みきっています。
もう皆には見られているとはいえ、羞恥心を失くしたわけではないのです。
「シーアさん、もう少しかかります」
「ポンコツ状態でしたカ。もうちょっとだけですヨ」
やれやれと、と肩をすくめているのがわかります。きっとにやけ顔してます。
早く戻さないと。
「リッカさま。ゆっくりで良いですよ」
アリスさんが私を抱きしめ、頭をゆっくりと撫でてくれます。
そ、それは……逆効果です。アリスさん……。
「巫女さーン」
シーアさんの呼びかけで、アリスさんが離れていきます。
止めなければいけないと思っていたはずなのに、いざ離れていってしまうと、物足りないと感じてしまいます。
この矛盾が、切ないです。
「準備をお願いしますヨ。お二人さン」
「はい」
「ぅん」
まだ羞恥が抜けていません。声が小さくなってしまいます。シーアさんが余り気にしてないのが、幸いです。
……慣れただけでしょうか。
じ……じおるあ……?
……私が正しく発音出来ない事に関して、人名や植物の名前とかは納得しました。神さまの想いという物を、理解したからです。
その人につけられた大切な名前だから手を加えたくないというのは、神さまらしいと思って受け入れました。
でも……。
(地名まで、どうして!?)
これは明らかに面白がってますよね……?
地名すらも愛するというのでしょうか。
確かに、地名にも想いというのがあるでしょう。人名な場合もあるでしょう。元の世界にあった国や県なども、意味がありました。
だけど……地名までまともに言えなくては困ってしまいます! 発音を練習しなければいけません。急務です。
しかし今それをやる暇がないのが現状。口惜しい。
……気を取り直して、次の町が見えてきました。
豪華絢爛とも言える街並みです。
スペインのセビリアを思わせる建物の彩りは、陽気さすら醸し出しています。
「鉱山もないのに、原石はどうしてるんだろう」
「加工職人がこの町に集まるのデ、原石は自然とここに運ばれてきまス」
「鉱山で働いている人たちにしてみれば、石炭や鉄鉱石とは別の加工を施さなければいけない原石は売り物にならなかったのです」
鉄や石炭はそのまま売れますけど、宝石の原石は加工が必須なため、鉱山側にしてみれば商品にはならなかったと。
「鉱山側からすれば、放って置く石がお金になるし、あの町からすれば安く原石が手に入るって事かな」
「安いと言える程安くはないですけド、お互い納得できる値段で取引しているそうですヨ」
大きな町であり、王国からも然程遠くないという好立地です。
元々職人が多くいたのかもしれません。
その腕の良さなどが広まり、弟子等でまず職人が増えたのでしょう。そして職人が集まった事で原石に高い価値が生まれ、この町と鉱山側とで取引が活発になったのですね。
「職人の多さは質の向上に繋がりまス」
「安いだけでは、宝石は売れません。いかに美しく丁寧に研磨するかで、宝石は表情を変えます。職人の方達は、常に腕を磨いているのです」
ただ削るだけでは、輝きは生まれません。
角度や厚さ、等間隔な削りにより、眩く鮮やかな光を放つのが宝石です。
雑に削ってしまっては、表面に傷が出来てしまいます。目に見えない程の傷で輝きに差が出てしまう程に、宝石とは繊細なのです。
「あの町は観光地ですけド、職人達にとっては戦場でス。お二人はその辺りを認識してお買い物してくださいネ」
「うん?」
戦場なのは分かりますけれど、どうして私達は念を押されたのでしょう。
「……巫女さんは分かってますよネ」
「いえ……」
「……」
シーアさんが唖然としています。
「お二人が買ったというだけデ、物が売れるようになるんでス。買う場所はしっかりと選ばないト――死人が出ますヨ」
冗談には聞こえない声音で、シーアさんが念を押します。
特需、ですよね。アイドル特需のような。ロミーさんのお花の時はそうでしたけど……ここでもですか?
そんな事あるかなぁと軽々しい考えが過ぎってしまいますけど、死人が出ると言うのであれば、言うとおりにします。
一つのお店が、技術ではなく……ただ私達が来たからと売れ始めては、戦場とまで形容されるあの町では耐え難い屈辱となってもおかしくないと、シーアさんは考えているようです。
「気をつけるっていっても、どうやって気をつければ……」
「顔を隠すのが一番でス。何でも良いので布を被ってみてくださイ」
シーアさんに促されるまま、布を探しにいきました。
「アリスさんは、どんな宝石が欲しいの?」
「一つだけ、ずっと欲しいと思っていたものがあるんです。リッカさまは、どのようなものに興味が?」
「私も、ずっと思ってたのが一つ、ね」
アルマンディン。大人な味わいを持つ、赤い宝石。
「宝石を買っても、これ以上アクセサリーはいらないから……何か別の形で欲しいなぁって」
「そうですね……」
アリスさんが考えるようなポーズをとります。アクセサリー以外で何があるのかを考えてくれているようです。
「一つ良い物があります。宝石店について、もし欲しいものがあれば、頼んでみましょう」
「ほんと? ありがとう!」
アリスさんの腕に抱きつき、頬擦りします。
「私も同じ物を作ってもらいます」
「うん!」
アリスさんが微笑みながら、私の頭を撫でました。
「さぁ、布を取りにいきましょう?」
腕を組んだまま、布を取りに部屋に向かいました。
楽しみですね。
「シーアさん、これでいい?」
「完全に隠す事は出来ませんでしたけど、これだけ隠れていれば――」
「ダメでス。全然ダメでス」
「え?」
シーアさんが首を横に振ります。
「隠すのならばぐるぐる巻きくらいでないとダメでス。驚きましタ。むしろ布で隠れている方が、見たいという好奇心と相まって、より神秘性が増すなんテ」
褒められているのでしょうか。シーアさんが驚嘆を口にしました。
「隠すのはダメですネ。仕方ありませン。あの町で一番の宝石店で買う事にしましょウ」
「あの町で一番なら、納得してもらえるかな?」
「技術で一番ならば、納得せざるをえないかと思います。ですけど、どうやって探すのですか?」
人に聞くにしても、好みなどの主観によって順位は上下します。
それらを抜きに考えての一番。職人達全員が首を縦に振るほどの職人でなければ、シーアさんは納得してくれないと思うのです。
「あの町に町長は居ませン。居るのは元締めでス」
「あん?」
シーアさんの言葉に、ぼーっと空を見ていたレイメイさんが反応しました。
「そうか。ジョルアの元締めっつったら」
「そうでス。神誕祭二日目、拉致監禁された少年の父親でス」
神誕祭二日目におきた事件。この町で元締めをしている男性の息子さんが友達たちと、レイメイさんの見回りを手伝っていた時におきました。
少年達は拉致監禁され、父親には多額の身代金が要求されたのです。結果として、父親が少し怪我したくらいで事件は終息しましたけれど……。
その時の男性が、この町に居るのですね。
「一応知り合いですシ、しっかりと対応してくれるでしょウ。元締めさんに聞いテ、文句の無い一番を教えてもらいまス」
元締めさんが選んだ一番となれば、職人さんたちも、とりあえずは納得してくれるでしょうか。
「サボリさんモ、挨拶くらいは行ったらどうですカ」
「そうだな。あの人には迷惑かけたしな」
レイメイさんが他人を、あの人と称するなんて。
私達があの場を去った後に、レイメイさんと元締めさんの間に何かあったのでしょうか。
「それでハ、準備をお願いしまス」
この布は外して良いんですよね。
ブクマありがとうございます!




