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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
34日目、手がかりなのです
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『ざぶけ』朝の惨劇④



「リッカさま。どうですか?」

「ここだね。少しだけ濃いから」


 しゃがんで、そこを触ります。残留するほどの濃い悪意です。影に隠れる魔法の特性なのかもしれませんけれど、感じ取れます。


 もしやと思い、町に向かう前に町外れの地下に入りました。ここでバルバラさんに何かをしたようです。


「今朝起きたダルシュウの事件も、これの布石だったのですね」

「そうなるかな……」


 私達に影を、注意させたかったのでしょう。


 予想でしかありませんけれど、今回の魔王側の作戦では、私に気付かせる必要があったはずです。


 ダルシュウの住民の不安を煽るというのも作戦だったのかも知れませんけど、影の事を忘れるなという警告にも思えました。


 そして今回――私達は常に狙われている事と、悪意を隠せる事実を再認識しました。

 危機感を煽るには効果覿面です。正直、してやられました。


「魔王の痕跡か、バルバラさんを煽動した方法でも見つけないと……割に合わないくらいには、先手を打たれてしまったね」

「リッカさまから攻撃を受けたのは予定外だったはずです。他にも何か、痕跡が残っているかもしれません」

「でも、ここにはもう――なさそう」


 魔法の痕跡は、影の中にあります。影の中からバルバラさんに何か細工を施したのでしょう。

 私では、どんな魔法かまでは分かりません。

 地下で分かったのは、バルバラさんが何時影に潜伏されたかだけです。


「ここで影にって事は、バルバラさんは本当に……殺す気はなかったんだ」

「それは、どうでしょう」


 アリスさんが、沈痛な面持ちで私を見ます。


「この町に到着してすぐに浄化をしました。それで悪意は浄化でき、負の感情を緩和する事は出来たでしょう。しかし――純粋な殺意は、私達では止められません」

「悪意無き、殺意……」

「人を殺すのに、悪意が絶対に必要とはなりません」

 

 自衛や、弾みでって事もあります。それに、私も……悪意に感染せずとも、人を殺そうとしたのですから。


「影は後押しにすぎないのかもしれません。エルマさんとの離婚か別居が成立しない限り、バルバラさんは何れ――殺人を犯していた可能性はあります」

「それでも……猶予はあったはずだから、その間にトーマスさんが助け出せてたかもしれない。盗賊の重圧からの解放と私への……苛立ちで、殺人に発展してたかもだけど……」

「私達は、私達に出来る範囲で最善を尽くすしかありません」


 アリスさんはあえて、強く……私を奮い立たせます。

 私はまた、全てを救いたいと思ってしまっていました。そんな出来ない、夢物語で落ち込んではいけないと、叱咤してもらえたのです。


「ありがとう。アリスさん」


 しゃがみ込んでいる私の後ろから、アリスさんが覆いかぶさるように抱きしめてくれます。

 アリスさんの表情が余り見えない、薄暗い地下。

 アリスさんが私の頬を撫でます。


「次へ参りましょう?」


 アリスさんが私を抱き起こし、外へ向かいます。


「次は、エルマさんの家……かな」

「兵士の皆さんが、遺体を収容してくれているはずです」


 強がっていましたけれど、酷い損傷を受けたであろう遺体を見るのは……辛いものがあります。


 


 エルマさん宅につきました。

 血痕は残っていますけれど、遺体はありません。


 入り口を通り、家の奥へ向かいます。入り口付近にあった槍は倒れ、柄には血の手形がついています。


「槍で抵抗しようとしたのかな」


 この町についた時エルマさんは、”風”の魔法と槍を使って私達を襲撃していました。

 相手が刃物を手に取ったことで、自身も物理的な抵抗を行おうとしたのかもしれません。


「バルバラさんの姿を見る限り、抵抗らしい抵抗を受けていませんでした」

「抵抗する前に致命傷を受けてしまって、なんとか槍の所まできたけど……って所かな……」


 仲が悪い夫婦という事でしたけど、エルマさんにしてみれば……殺されるとは思っていたのでしょう。


 槍が入り口という遠い位置にあることからも、家の中は安全と思っていたと考えられます。


「奥へ入りましょう」

「うん」


 奥へ進むたび、吐き気を伴う強烈な臭いがしてきます。血も、多くなって……。


「ここが」

「殺害現場、ですね」


 壁も床も、調理場さえも、血の海です。

 人が持っている血液全て、ここに流れ出たのではないかとさえ、思います。


「リッカさま。探せ、ますか?」


 目を閉じて、心を落ち着かせます。

 アリスさんの手を強く握り、目を開けます。


「うん。大丈夫」

「はい……」


 アリスさんが握り返してくれます。ここで逃げる訳にはいきません。


 凶器も、回収された後のようです。


「包丁で人体をあそこまで傷つける事が出来るものなのでしょうか……」


 この世界の包丁は、ナイフに近い形状をしています。王都の武器屋にあった包丁は別ですけど。


「力があれば、出来なくはないと思う」


 刀や剣でも、動物や人を切断するのには力が必要です。きっと包丁は、ぼろぼろになっているはずです。


「”精錬”も使ってるはず」

「そうですね……。凶器は包丁ということでしたけれど、他にも魔法を感じます。これは……”破砕”です」


 破砕、物を小さな破片に砕くって意味ですけれど、それを人に……。


「包丁で殺害後、”破砕”で……という事かもしれません」

「住民皆が、バルバラさんは我慢強い人って印象を持ってた。きっと、溜め込んでたんだ」


 そんなバルバラさんの心の拠り所が、トーマスさんだったんです。

 私にそんな意思は微塵もないとはいえ、トーマスさんを誘惑したと思ったバルバラさんの怒りや嫉妬は、強いものだったのでしょう。


「ここから、進んでる」


 テオさんは家から誰も出ていないと言っていましたけれど、どうやらテオさんが見てない時に外に出たようです。


「辿ってみよう」

「はい」


 エルマさんの家から出て、悪意を辿ります。


 ついたのは、貯蔵庫の横です。ここは、盗賊団が居た場所になります。


「ここで、止まってる」


 ここから先には進んでいません。

 つまり、戻ったという事になります。


「盗賊と、何かを話したという事でしょうか」

「私の拘束は解けた形跡がなかったから、一方的な話のはず……」


 私が行った結びは手錠結び、向こうの世界で父に習ったものです。こちらではあの結びはないと、アリスさんやエリスさんから聞いています。

 

(リーダー格の余裕な表情と、不敵な笑み。影の敵……。一方的な、会話)

「アリスさん」

「兵士の方は町奥の代表者――」


 アリスさんの声を、大きな炸裂音が邪魔をしました。


 町奥の方から煙が上がっています。


「遅かった……!」


 急いで兵士たちが詰めている場所に向かいます。



 到着した場所は酷い有様でした。家は屋根が吹き飛んでいます。


「兵士の皆は……」


 全員中で倒れています。バルバラさんは、気絶しただけのようです。でも兵士さんは……息はありますけど……。


「治療を開始します」

「お願い。私は、広域で探るから」


 アリスさんが兵士八人の治療を開始します。


「何事でス」

「シーアさんも治療をお願いします。レイメイさんは周辺の警戒を」

「あぁ」

「盗賊団が逃げました。恐らく、”転移”でギリギリ行ける範囲です」

「七百か八百メートル程ですカ」

「私の感知範囲には居ない……」


 二キロ以内には居ません。


「連続使用ですカ。用意の良い事でス」

「どうする」


 レイメイさんが追うかどうかの選択を迫ってきます。


「最低限の治療を施し、二手に別れ追いかけます。リッカさまと私が北から北東、シーアさんたちは南から南東をお願いします」

「だるしうには近づかないだろうから、東側のはず」

「了解でス。巫女さン、残りはお願いしまス。リツカお姉さんが居ないこちらは時間がかかりますかラ」

「分かりました。シーアさんレイメイさんお願いします」


 シーアさんが二人の生命維持を施した後、レイメイさんを伴って走り出しました。


 様子を見に来た、町の代表者に事情説明をします。


「私達はこれから盗賊を追走します。兵士の皆さんには最低限の治癒はかけますけど、完治させる時間がありません」

「私共の町にも一応医者はおります。そちらを呼んで参りましょう」

「お願いします」


 代表者の方が医者を呼びに行ってくれました。


「初めから、影と盗賊は繋がってたんだね」

「どういった繋がりかまでは分かりませんけれど、迂闊でした。もっと深く見ておけば……」

「私もリーダー格が怪しいのは気付いてた……」


 アリスさんが治療を終えます。


「後悔は、捕まえられなかった時に」

「はい。捕まえましょう」


 北へ一キロ程、全力で走ります。


「走りながら、広域感知するね」

「それは……。いえ、お願いします」


 まだ動きながらでは不安が残ります。でも、今やるしかありません。


 流れる景色から意識を外し、世界を上から見るように――。

 町から一キロ……二キロ……三……。


「ここから、ぎりぎり二キロ。あっちに、何か居る」


 北北東、方位角としては三十度程を指差します。


「リッカさま。失礼します」


 アリスさんが走りながら私を抱えました。


「揺れますけど、少し休んでください」

「ごめんね……」


 目の奥が、じくじくと痛みます。これでもマシに、なった方です。


「ここから二キロならば、三分もかかりません。逃げ切ったと油断している方達に強襲をお願いします」

「うん。それまで、少しだけ……」

「はい。――想いに(【フラス・ヒルテ】)癒しを(・オルイグナス)


 アリスさんの”癒しの光”が、私を包み込みます。

 しばらく目を閉じ、力を抜きました。


 五対一……いえ、もしかすれば六対一となります。アリスさんの腕の中で力を蓄え、確実な勝利を。



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