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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
33日目、恨みなのです
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『ざぶけ』襲撃、そして③



「ご飯ですヨ」

「ありがとうございます。シーアさん」

「ありがとう。おいしそうだね」


 ハンバーガーでしょうか。結構大きいです。

 向こうの世界でも偶に食べましたね。有名チェーン店はありませんでしたけど、カフェの軽食にありましたから。


「レイメイさんは、ちゃんと起きてる?」

「顔を青くしてましたけド、動けるみたいですヨ」


 一体何が起きたのでしょう。

 ハンバーガーを見て、少しだけ躊躇してしまいます。


「しっかり毒見は済ませてますかラ」


 さぁどうぞ。とニッコリと言っています。


(沢山味見して顔を青くしたのか、何か特殊な材料を使ってしまったのか)


 匂いや見た目は大丈夫なんですけど、昼間のパスタみたいに食べたらって事も。


 とにかく、食べたら分かるでしょう。

 シーアさんは食べてきたようで、私たちの分だけです。シーアさんが自信を持ってやってきたのです。おいしいはず。


「それでは」

「いただきます」


 一口食べてみましたけれど、見た目より大きく感じます。ぎりぎりパティに届きました。

 ピリ辛のチリソースの様な味わいが、少し甘いパティに合っています。


「おいしいですね」

「そうだね。レイメイさんは何で顔を青くしたんだろ?」


 食べ過ぎたんでしょうか。こういうの好きそうなイメージありますし。


「最初、砂糖を入れすぎちゃいましテ」

「シーアさん……」


 アリスさんが、あれ程言ったのにと、悲しそうな目をしています。


「たまねぎで甘くしたのかな」

「ですネ。よく炒めたら甘くなりましタ」


 砂糖の甘さよりも柔らかくておいしいです。


「サボリさんに五個分くらいは食べさせたと思いまス」


 レイメイさんなら五個くらい食べられそうですけど、無理だったんですね。

 少しだけ同情しながら、残りを食べて行きます。


 五個くらいって思いましたけど、パティが結構重くて、これを五個はきついでしょうね。


「リッカさま」

「むぐ?」


 口に食べ物を入れているので、返事は出来ません。

 首を傾げて表現をする私に、アリスさんが微笑みかけます。


「ついてますよー」


 アリスさんの指が、私の口の端を拭うように動きます。


「んくっ……。あり、がとう」


 アリスさんの指に、ソースがついています。口の端についてしまっていたようです。


「今ハンカチを――」


 ハンカチを取り出し、アリスさんに差し出そうとしました。


「ほぇ?」


 でも、突然の光景に……ハンカチを落としてしまいました。

 

 私から拭い取ったソースを、アリスさんが舐めて――。


「ぁ……はぅ……」


 俯いて、もじもじとしてしまいます。

 

「リツカお姉さんが茹だってしまいましたけド」

「言わないで……」


 ハンバーガーを持っているので、顔を隠すには俯くしかありません。

 シーアさんからは丸見えみたいです。


「巫女さんも大胆ですネ」

「シーアさんが作ってくれたソースを無駄にしてはいけないと思っただけですよ」

「リツカお姉さン、巫女さんは本当の事を?」

「んぇ……? 半々かな……」


 嘘ではないけど、建前の面が強いです。


「クふふふ! リツカお姉さんが居る限リ、巫女さんの嘘は丸分かりでス」

「私が本当の事を言わない可能性もあるんだよ……?」

「その時はそれで良いでス。お二人に限っテ、重要な事を隠したりはしないですシ」


 アリスさんと私を弄るためって感じですかね。

 そうなると、私はアリスさんを守るために嘘をつかないといけません。


 それもシーアさんにとっては楽しいのでしょうか。


「まァ、おいしいなら良かったでス」


 シーアさんが、ハンバーガーを乗せていた紙皿を手に持ち燃やしました。

 美味しいかどうかが気になってたんですね。売り物のハンバーガーと遜色がないほどにおいしかったです。


「それデ、何か変わった事ありましタ?」


 周りに人は居ません。聞かれていることは無いでしょう。


「一人、怪しい人が町に入ってきてる。斥候だと思うよ」

「町の人たちが反応を示さなかったので、三人の内の一人ではないと思います」

「四人目の盗賊って事ですネ。襲ってくるのは確定したト、サボリさんに伝えまス」


 辺りも暗くなってきました。持久戦ですね。


「それでハ、帰りまス」

「うん。ありがとね、シーアさん」

「お気をつけて」


 大きく手を振りながら、シーアさんが船に向かいました。

 シーアさんが船側をフォローしてくれるでしょうし、心配はしていません。


 元々シーアさんは女王の護衛、守る術も心構えもプロです。

 船はレイメイさんとシーアさんに任せて、こちらの事だけ考えておきます。


 ちらりと、アリスさんの指に目がいってしまいます。

 頭を振って、邪な考えが出てしまいそうだったお馬鹿な思考を飛ばします。


(日に日にお馬鹿になってる気がする……)


 はぁ……と、思わずため息が出てしまいます。



「リッカさま、星が出てきましたよ」

「――ほんとだ」


 アリスさんが私にしなだれかかって空を見上げました。

 星が綺麗です。集落の丘で、ちょっとだけ見た星と同じ。空は……変わりませんね。

 

 でも今は、月が気になります。

 今日は、少し欠けたくらいの月ですね。満月ではありません。

 アリスさんは自分を月と評しました。アリスさんが今、煌いているのです。


 落ち着いて空を見ることなんて、久しぶりです。


 アリスさんの光は柔らかく、燦々と降り注いでくれます。手を伸ばせば、届きそうなのに――届かない。私がいつも抱いている、もっと欲しいという感情が、今も起きています。


「……」

「アリス、さん?」


 私にしがみ付くように、アリスさんが力を込めました。


「今にも、月に昇ってしまいそうだったので……」

「私の月は、アリスさんだから」


 頬を撫で、イヤリングの月に触れます。


「もう、傍に居るもん」

「……はい」


 私の胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きしめました。抱き返しながら、私はやっぱり思うのです。


(もっと、欲しい)


 月明かりの下、静かに抱き合います。


 今は食事時、私たちを見る視線はそう多くありません。


 例え視線を向けたとしても、月明かりしかないこの場所では、全貌を見ることは叶わないでしょう。


 私たちをしっかりと見えるのは、私たちだけです。

 安心した表情で私に体を預けているアリスさんを見れるのは、私だけ。

 

 だから、そんなに睨んでも――何も見えませんよ。




(クソッ! 何であそこは明かりがねーんだ!)


 女がイラつきながら窓の外を眺めている。都合よく、匿われた家は町の倉庫が見える位置だった。


(ちやほやされやがって……!! 何が、星を見るだ! 気の抜けた顔で媚てきやがる!)


 リツカの社交的な部分が、女は気に入らなかった。

 澄ました顔で”巫女”として振舞っていたアルレスィアと違い、リツカはその辺の女性と変わらない雰囲気を出していた。


 女には、リツカが媚ているように見えた。

 微笑んだ顔で、星を見ると伝えたリツカ。確かに、男がだらしなく鼻の下を伸ばすだけの破壊力はあった。

 女は嫉妬に荒れ狂っている。


(ズタズタに引き裂いて男共の前に曝してやる。御頭が売り物にするって言ってたけど、白い方だけでいいだろ)


 家の中に居る家族に顔を見られないように、じっと外だけを見ている。


(というより、ボロボロの方が良いって変態も居るだろうし、そっちに売ればいいんじゃねぇか)


 見られたら、すぐに分かるだろう。女は、狂気的に嗤っているのだから。


「あの」

(チッ……うるせぇオッサンだな。せいぜい楽しみにしてろよ。もう少しで良いもの見せてやるよ)

「はい、なんでしょうか」


 元々酒に焼けたような声の女は声音を変え、清楚な女性を演じる。

 顔は見せないけれど、女性らしい体つきと品を作った動作に、匿っている男はドキリとしてしまった。


「一体何があったんですか?」

(ほっとけよ……。ったく、気の利かないオッサンだな)

「聞かないで下さい……。思い出したくないんです……」

「す、すんません」


 男は聞く事を諦め離れていく。


(早く合図来ねーかな。泣き叫ぶ面を早く見てーよ)


 女はじっと合図を待つ。


 恐ろしく強いと聞いた大男の話は、女の意識からなくなっていた。ただただリツカを穢したいと、殺意を高めている。



「ねぇ……」

「何も言ってくれなかったよ」

「なんか不気味なんだけど……」


 匿っている女に聞こえないように、家族が話している。


「さっきからずっと外見てるし……」

「何か思うところがあるんだろう。それに巫女――」

「ちょっと、言ったでしょ! それは言ったらダメなのよ!」

「あ、あぁ済まない」


 巫女という言葉に女が反応を示す。それでも、全てを聞く事が出来なかった為すぐに興味をなくした。


「とにかく、明日の朝には出て行ってもらうからね」

「あぁ、分かったよ……」


 夜が更けていく。


 次々と家の明かりが消えていき、静寂が満ちていく。巫女たちの船にも明かりはない。

 町が、眠ったようだ。


 

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