『ざぶけ』襲撃、そして③
「ご飯ですヨ」
「ありがとうございます。シーアさん」
「ありがとう。おいしそうだね」
ハンバーガーでしょうか。結構大きいです。
向こうの世界でも偶に食べましたね。有名チェーン店はありませんでしたけど、カフェの軽食にありましたから。
「レイメイさんは、ちゃんと起きてる?」
「顔を青くしてましたけド、動けるみたいですヨ」
一体何が起きたのでしょう。
ハンバーガーを見て、少しだけ躊躇してしまいます。
「しっかり毒見は済ませてますかラ」
さぁどうぞ。とニッコリと言っています。
(沢山味見して顔を青くしたのか、何か特殊な材料を使ってしまったのか)
匂いや見た目は大丈夫なんですけど、昼間のパスタみたいに食べたらって事も。
とにかく、食べたら分かるでしょう。
シーアさんは食べてきたようで、私たちの分だけです。シーアさんが自信を持ってやってきたのです。おいしいはず。
「それでは」
「いただきます」
一口食べてみましたけれど、見た目より大きく感じます。ぎりぎりパティに届きました。
ピリ辛のチリソースの様な味わいが、少し甘いパティに合っています。
「おいしいですね」
「そうだね。レイメイさんは何で顔を青くしたんだろ?」
食べ過ぎたんでしょうか。こういうの好きそうなイメージありますし。
「最初、砂糖を入れすぎちゃいましテ」
「シーアさん……」
アリスさんが、あれ程言ったのにと、悲しそうな目をしています。
「たまねぎで甘くしたのかな」
「ですネ。よく炒めたら甘くなりましタ」
砂糖の甘さよりも柔らかくておいしいです。
「サボリさんに五個分くらいは食べさせたと思いまス」
レイメイさんなら五個くらい食べられそうですけど、無理だったんですね。
少しだけ同情しながら、残りを食べて行きます。
五個くらいって思いましたけど、パティが結構重くて、これを五個はきついでしょうね。
「リッカさま」
「むぐ?」
口に食べ物を入れているので、返事は出来ません。
首を傾げて表現をする私に、アリスさんが微笑みかけます。
「ついてますよー」
アリスさんの指が、私の口の端を拭うように動きます。
「んくっ……。あり、がとう」
アリスさんの指に、ソースがついています。口の端についてしまっていたようです。
「今ハンカチを――」
ハンカチを取り出し、アリスさんに差し出そうとしました。
「ほぇ?」
でも、突然の光景に……ハンカチを落としてしまいました。
私から拭い取ったソースを、アリスさんが舐めて――。
「ぁ……はぅ……」
俯いて、もじもじとしてしまいます。
「リツカお姉さんが茹だってしまいましたけド」
「言わないで……」
ハンバーガーを持っているので、顔を隠すには俯くしかありません。
シーアさんからは丸見えみたいです。
「巫女さんも大胆ですネ」
「シーアさんが作ってくれたソースを無駄にしてはいけないと思っただけですよ」
「リツカお姉さン、巫女さんは本当の事を?」
「んぇ……? 半々かな……」
嘘ではないけど、建前の面が強いです。
「クふふふ! リツカお姉さんが居る限リ、巫女さんの嘘は丸分かりでス」
「私が本当の事を言わない可能性もあるんだよ……?」
「その時はそれで良いでス。お二人に限っテ、重要な事を隠したりはしないですシ」
アリスさんと私を弄るためって感じですかね。
そうなると、私はアリスさんを守るために嘘をつかないといけません。
それもシーアさんにとっては楽しいのでしょうか。
「まァ、おいしいなら良かったでス」
シーアさんが、ハンバーガーを乗せていた紙皿を手に持ち燃やしました。
美味しいかどうかが気になってたんですね。売り物のハンバーガーと遜色がないほどにおいしかったです。
「それデ、何か変わった事ありましタ?」
周りに人は居ません。聞かれていることは無いでしょう。
「一人、怪しい人が町に入ってきてる。斥候だと思うよ」
「町の人たちが反応を示さなかったので、三人の内の一人ではないと思います」
「四人目の盗賊って事ですネ。襲ってくるのは確定したト、サボリさんに伝えまス」
辺りも暗くなってきました。持久戦ですね。
「それでハ、帰りまス」
「うん。ありがとね、シーアさん」
「お気をつけて」
大きく手を振りながら、シーアさんが船に向かいました。
シーアさんが船側をフォローしてくれるでしょうし、心配はしていません。
元々シーアさんは女王の護衛、守る術も心構えもプロです。
船はレイメイさんとシーアさんに任せて、こちらの事だけ考えておきます。
ちらりと、アリスさんの指に目がいってしまいます。
頭を振って、邪な考えが出てしまいそうだったお馬鹿な思考を飛ばします。
(日に日にお馬鹿になってる気がする……)
はぁ……と、思わずため息が出てしまいます。
「リッカさま、星が出てきましたよ」
「――ほんとだ」
アリスさんが私にしなだれかかって空を見上げました。
星が綺麗です。集落の丘で、ちょっとだけ見た星と同じ。空は……変わりませんね。
でも今は、月が気になります。
今日は、少し欠けたくらいの月ですね。満月ではありません。
アリスさんは自分を月と評しました。アリスさんが今、煌いているのです。
落ち着いて空を見ることなんて、久しぶりです。
アリスさんの光は柔らかく、燦々と降り注いでくれます。手を伸ばせば、届きそうなのに――届かない。私がいつも抱いている、もっと欲しいという感情が、今も起きています。
「……」
「アリス、さん?」
私にしがみ付くように、アリスさんが力を込めました。
「今にも、月に昇ってしまいそうだったので……」
「私の月は、アリスさんだから」
頬を撫で、イヤリングの月に触れます。
「もう、傍に居るもん」
「……はい」
私の胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きしめました。抱き返しながら、私はやっぱり思うのです。
(もっと、欲しい)
月明かりの下、静かに抱き合います。
今は食事時、私たちを見る視線はそう多くありません。
例え視線を向けたとしても、月明かりしかないこの場所では、全貌を見ることは叶わないでしょう。
私たちをしっかりと見えるのは、私たちだけです。
安心した表情で私に体を預けているアリスさんを見れるのは、私だけ。
だから、そんなに睨んでも――何も見えませんよ。
(クソッ! 何であそこは明かりがねーんだ!)
女がイラつきながら窓の外を眺めている。都合よく、匿われた家は町の倉庫が見える位置だった。
(ちやほやされやがって……!! 何が、星を見るだ! 気の抜けた顔で媚てきやがる!)
リツカの社交的な部分が、女は気に入らなかった。
澄ました顔で”巫女”として振舞っていたアルレスィアと違い、リツカはその辺の女性と変わらない雰囲気を出していた。
女には、リツカが媚ているように見えた。
微笑んだ顔で、星を見ると伝えたリツカ。確かに、男がだらしなく鼻の下を伸ばすだけの破壊力はあった。
女は嫉妬に荒れ狂っている。
(ズタズタに引き裂いて男共の前に曝してやる。御頭が売り物にするって言ってたけど、白い方だけでいいだろ)
家の中に居る家族に顔を見られないように、じっと外だけを見ている。
(というより、ボロボロの方が良いって変態も居るだろうし、そっちに売ればいいんじゃねぇか)
見られたら、すぐに分かるだろう。女は、狂気的に嗤っているのだから。
「あの」
(チッ……うるせぇオッサンだな。せいぜい楽しみにしてろよ。もう少しで良いもの見せてやるよ)
「はい、なんでしょうか」
元々酒に焼けたような声の女は声音を変え、清楚な女性を演じる。
顔は見せないけれど、女性らしい体つきと品を作った動作に、匿っている男はドキリとしてしまった。
「一体何があったんですか?」
(ほっとけよ……。ったく、気の利かないオッサンだな)
「聞かないで下さい……。思い出したくないんです……」
「す、すんません」
男は聞く事を諦め離れていく。
(早く合図来ねーかな。泣き叫ぶ面を早く見てーよ)
女はじっと合図を待つ。
恐ろしく強いと聞いた大男の話は、女の意識からなくなっていた。ただただリツカを穢したいと、殺意を高めている。
「ねぇ……」
「何も言ってくれなかったよ」
「なんか不気味なんだけど……」
匿っている女に聞こえないように、家族が話している。
「さっきからずっと外見てるし……」
「何か思うところがあるんだろう。それに巫女――」
「ちょっと、言ったでしょ! それは言ったらダメなのよ!」
「あ、あぁ済まない」
巫女という言葉に女が反応を示す。それでも、全てを聞く事が出来なかった為すぐに興味をなくした。
「とにかく、明日の朝には出て行ってもらうからね」
「あぁ、分かったよ……」
夜が更けていく。
次々と家の明かりが消えていき、静寂が満ちていく。巫女たちの船にも明かりはない。
町が、眠ったようだ。




