『ざぶけ』歓迎?③
盗賊が何時来るかは分かりません。ですから、浄化を先に行います。油断しているように見えれば、それだけで襲ってくる確立も上がります。
警戒はしますけど、警戒心は見せません。
盗賊の所為だと思いますけれど、町民の殆どが少なからず悪意を持っていました。浄化は滞りなく終わったので、後は待つだけです。
アリスさんにはしばらく休息をとって貰おうと思います。盗賊出現と同時に”領域”で町を守ってもらうことになるので、少しでも疲れを取って欲しいのです。
「リッカさまも座りましょう」
アリスさんが自分の隣をぽんぽんと優しく叩き、私を促します。誘われるまま、私はアリスさんの隣に腰掛けました。
「何時頃になるでしょう」
「だるしうに行ってる人たちが帰ってくる前か、深夜かな?」
少しでも人が少ない間か、寝静まった後が定石です。私としては、深夜の方が良いです。相手の行動次第で、凄惨な光景を展覧する事になりますから。
「来たら起こすから、休んでて?」
「はいっ」
私の膝に頭を下ろしたアリスさんは、目を閉じました。
頭を撫でながら、私の感覚を広げていきます。その間、私も目を閉じます。視覚に頼らない事で、アリスさんという存在をより強く感じます。
掌を擽るアリスさんの髪が心臓を締め付ける。風にそよぐ香りが脳に絡みつく。膝に伝わる温もりが私の理性を溶かしていく。
(目、開けちゃいそう……)
私の決意が揺らいだのを感じた為か、アリスさんが寝返りを打ち、私の腹部に顔を押し付けました。
息が当たり、その部分が更に熱をもちます。
「……っ………っ」
声が出そうになるのを、必死で抑えるように目を更に強く瞑ります。
それだけでは抑え切れそうにないので、体を折り畳み、アリスさんに覆いかぶさるように丸まりました。
アリスさんがもぞもぞと動きます。
(う、動いちゃダメ……)
ぴたっと止まったアリスさんは、しばらくするとまた動き出しました。
(起きてるのかな……?)
それとも、寝やすい場所を探しているのでしょうか。
漸く落ち着けたのか、動きが止まりました。
(声、出ちゃうとこだった……)
息を少し吐き、安堵します。
「っ……」
「ひゃっ」
アリスさんが小さく揺れました。安心したところに襲ってきた感覚に、思わず声が漏れてしまいます。
目を閉じたまま、周囲を窺います。視線は感じますけど気付かれた様子はありません。情けない声を聞かれずに済んで、良かったです。
落ち着きを取り戻したアリスさんを再度撫でます。
このまま襲撃まで、ゆっくりと休みましょう。
「終わったか」
「今度は動かなくなりましタ」
巫女さんとリツカお姉さんがじゃれ合っていたので観察していましたけど、今度は動かなくなりました。
「何やってたんだ。アイツら」
「何時ものですヨ」
お昼ご飯どうするか訊きに来たのですけど、お腹が空いたらこちらにくるでしょう。
巫女さんは寝ているだけでした。でも、リツカお姉さんは傍目に見て挙動不審でした。
目を閉じたままおろおろとして、巫女さんの行動に右往左往して、何をしていたのでしょう。
「こちらで勝手にお昼食べますヨ」
「お前が作るのか」
「失礼ナ。これでも上手いんですヨ」
明らかに、お前じゃ料理出来ないだろって顔をしたサボリさんに呆れつつ、船に足を向けます。
お菓子はしっかり作れたんです。お昼ご飯なんてちょちょいのちょいですよ。
えっと、作るのはパスタです。
麺は――何分でしょう。適当で良いですね。料理はセンスです。
ソースは、トマト、塩少々、挽肉、砂糖、オリーブ、ニンニク、鷹の爪。
ブイヨンは、巫女さんのスープで良いでしょう。
甘辛くしたいです。砂糖を……どばっと。
入れすぎでしょうか。まぁこれくらいでしょう。
少しとろみが足りません。確か、砂糖でとろみがつくと聞いた事があります。更に砂糖をぱぱっと。
「できましタ」
「見た目はまぁ、普通だな」
何を警戒しているのか知りませんけど、自信作です。
一口食べると、甘いという感想が最初に来ます。しばらく噛み続けると、辛さがじんわりと襲ってきました。
「……」
「まァ、初めてならこんなものでしょウ」
「本気で言ってんのか?」
美味しくない訳ではないでしょウ。少し甘ったるいだけです。
「麺は、芯が残っとる。ソースはただただ甘ぇ。つーか唐辛子適当に入れすぎだろ」
「カチンと来ましタ。文句があるならご自身で作ってくださイ」
「はぁ……」
料理できるかどうかも怪しい人が何か言ってます。
文句を言いながらも全部食べて、眉間に皺を寄せて何か言いたげです。
「次から、俺が作る」
「作れるんですカ」
「一人旅は長ぇ。出来ん事はない」
「それなら最初から言ってくださイ」
そういう事ならサボリさんに任せましたよ。
「てめぇが自信満々に調理場に立ったんだろが……」
「ガサツなサボリさんが料理できるとは思わなかったのデ」
「てめぇがまさか、ここまで出来んとは思わなかった」
嫌味に嫌味で返してきます。
お菓子ならちゃんと作れるんですよ。
「お菓子としてなら良い甘さでしたでしょウ」
「唐辛子入れとったから辛いと思ったらこれだ」
カンカンと、フォークでお皿を叩きます。
なんてお下品なのでしょう。
辛いと思って食べたら甘すぎて、吃驚したといったところでしょうか。
調理場は大人に合わせて作られているのですよ。私の胸くらいの高さにあるコンロを使って、かなり苦労して作ったというのになんて言い草を。
「もう二度と作ってあげませんかラ」
「お前は作るのやめとけ。こんなもん食ってたら体壊すぞ」
こんなもんと貶しながら私の体の心配するなんて、どんな優しさなんですかね。
どういう反応しろっていうんでしょう。
文句を言いつつ全部食べたサボリさんが甲板の端に座りました。
「俺はここで襲撃を待つ。てめぇも程ほどにして持ち場つけ」
「分かってまス」
大きい体してるのに少食な人ですね。
もう少し食べたいですけど、そろそろ出ておきますか。
巫女さんとリツカお姉さんにもコレを届けましょう。お腹空いてると思います。
私の見た目だと戦力に数えられませんし、この辺をうろうろしていても気にならないですよね。
「しっかり守ってくださいヨ」
「分ぁっとる」
私も船の傍で見張る予定ですから、もしもの時は強硬策を執ります。
直せるくらいには抑えるつもりですけど、物を凍らせるのは加減が出来ません。
「サボリさン、船修理できますカ」
「あ? 出来ねぇよ。んな事」
「そうですカ」
船降りたら、修理出来る人探しておきましょう。
「――って、お前それ……持っていくのか?」
「お腹空いてるでしょうシ」
なんか文句言いたげですね。
「戦力削ってどうすんだよ」
「えイ」
「うべッ!?」
リツカお姉さんの修行はまだまだ効果がないようです。その程度の物も避けられないとは。
「その布巾でも食べて寝ててくださイ」
全く、失礼が留まるところを知らないサボリさんですね。
ザブケュから北東三キロ程の場所に、大きな岩場がある。
その中の一つ。小山程の大きさの岩に、人が一人入れるギリギリの穴があった。
一人の男が急いでその穴に入っていく。
「御頭ー!」
「どうした」
「大変でさ!」
「……良いから言えって」
お調子者なのだろう。用件を言わずに驚きを表現するばかりの男に、御頭と呼ばれた者はイラついている。
「ザブケュに巫女達が来やした!」
「巫女?」
「知らねぇんですかい!?」
「知らねぇな」
御頭と呼ばれた男は、お調子者の男が持ってきた情報をどうでも良いといった風に流している。
そんな二人の元に、穴の奥から人影が三つ近づいてくる。
「絶世の美女って話ですぜ」
「俺は、恐ろしく強いガキって聞いたけど」
「戦いなんか出来そうにないチビって話じゃなかったか?」
絶世の美女と噂で聞いた男は、痩せている。しかし、脂肪を削りに削った、筋肉質な痩せ方だ。
恐ろしく強いと聞いた者は、俺という一人称を使っているけれど、線が細く胸の膨らみがある。五人の中で唯一の女性だ。
最後に出てきた男は、岩と評せる程の筋肉を持った大男だ。どうやって穴の入り口を通ったのか疑問が出るほどに大きい。
「なんだ、お前達は知っているのか」
「有名ですよ御頭」
女が御頭の隣に腰掛ける。品を作り、誘惑しているようにも見える。
「本物の美女ですぜ。そこの男女と違って」
「あ゛ん゛!?」
痩せた男の言葉に、女性は立ち上がり詰め寄る。
「俺がなんだって!?」
「この中でデカイ声だすなよ」
つかみ合いの喧嘩を始める二人。反響する穴の中で、岩を削る音と怒声がけたたましく響く。
喧嘩を始めた二人に興味を示さず、御頭は大男に話しかける。
「お前は見たことあるのか」
「これで、ですが」
大男は懐から一枚の紙を取り出し、御頭に手渡した。
「こいつが?」
「赤の巫女と呼ばれる二人目の巫女です」
「どれどれ。そこの下劣の目が腐ってるかどうか見てやろうじゃん」
痩せた男との喧嘩を取りやめた女が、御頭の横から紙を覗き込む。わざわざ胸元が見えるように角度を調整している。
「……」
女は言葉を失くし、目を見開く。
「これ、絵でしょ」
「”転写”による物だから本物だ」
大男に震える声で尋ねる女の顔は嫉妬に歪んでいる。
「これ盗れなかったんだよなぁ。よく持ってたな」
「盗る必要なかっただろ。町で配ってたぞ」
「うへぇ……先言ってくれよ……。くれ」
「やらねぇ」
痩せた男が大男に懇願するけれど、大男はあげる気がないようだ。
「……」
じっと紙を見ている御頭に、お調子者が声をかける。
「御頭、どうしたんで。もしかして見惚れ――」
「フンッ!!」
「ブベへッ!?」
怒りの表情を浮かべた女が、お調子者を殴り飛ばした。地面をごろごろと転げまわったお調子者は、ぴくりとも動かない。
「何言ってんだ。御頭がこんな女に見惚れる訳ないでしょ!?」
お調子者を踏みつけ追い討ちをかけている女が、声を荒げている。
「それで、巫女がどうしたんだ」
「べ、へい゛」
紙を大男に返しながら御頭が女を止める。
ようやく暴力から開放されたお調子者が、御頭の質問に答え始めた。
「ザブケュに巫女達が来てやして、一日滞在するそうでさ」
「ザブケュってーと、襲い損ねたとこだよな。会いに行こうぜ。そんで持って返ろう」
「いらねーよバーカ!」
「少し静かにしろ……」
今にも痩せた男に殴りかかろうとしている女を止める大男。
「それで?」
「へい。なんでも巫女の船には大量の食料と金が入ってるそうで、ザブケュで噂になってまさ」
「ほう」
巫女にすら大した興味を示さなかった御頭は、金という言葉に反応する。
「どれくらいの金だ」
「そこまでは……」
御頭は考え始める。
襲撃の予定か、はたまた――。
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