『ざぶけ』歓迎?②
シーアさんたちのコントが終わった頃には、アリスさんも落ち着いてくれたようです。
事情は分かりました。敵意も、もう感じません。
ただ――。
「そうするしか無いとは思うのですけど、確認せずに攻撃するのは……逆に敵を増やすだけだと思いますよ」
いくら来訪者が少ないとはいえ、顔が怖いからと攻撃を加えていてはいらぬ争いを生みかねません。
「昔はちゃんと対話をしていたのですけど……」
「三年程前からこの辺りでは、盗賊がのさばっているんです」
マリスタザリアが蔓延るこの世界で、盗賊ですか。人々をより追い込む者達を、私は嫌悪します。
だるしうでそんな話を聞いたか、シーアさんとレイメイさんを見ます。二人共首を横に振りました。
確認した後、思いました。だるしうには兵士が居たはずです。マリスタザリアにも対抗できると町長さんが言っていた人たちです。
そんな人たちが居る場所を、わざわざ襲う人なんていません。弱者から搾取するために、だるしうに近づく事無く、この町周辺を縄張りにしているのだと思います。
「その盗賊とサボリさんを間違えたんですネ」
シーアさんが楽しげに笑っています。良い弄りネタを手に入れてしまったようです。
「俺のどこが盗賊なんだよ」
「刀を肩に担いで仏頂面で威嚇するように睨んでいる人を、善良とは言いません」
壁に寄りかかり片膝を立てて座っているレイメイさんに、アリスさんが非難の目を向けます。
町民たちにいらぬ緊張感と罪悪感を抱かせたのですから、反省して改善してください。
「最後に襲ってきたのはいつ頃ですか?」
「二日前です」
「その前はいつですか?」
「確か……三ヶ月前です」
蓄えが出来た辺りで襲い掛かってくるのでしょう。
三ヶ月周期という事は、この町だけではないと思います。きっと、周りにも被害があるはずです。
「二日前の被害はどれ程ですか?」
「その時は撃退に成功しました」
「一応ダルシュウの方へ連絡を取って、兵士を借りたのです」
一度の撃退で、兵士は帰ってしまったようです。三ヶ月周期、ですか。
「ここらへんの町ってどれくらいある?」
「ダルシュウから東デ、この町を端として考えるト――盗賊の活動範囲には七つ程あるはずでス」
シーアさんが質問の意図を正確に汲み取り、結果を教えてくれます。馬や魔法での移動を考えての数です。
「七つの町で盗賊を?」
「行動を読ませないようにしようと考えれば、二つか三つを襲い、時間を空け更に別の町を襲うと思います」
アリスさんが、確信をもって答えてくれます。
二~三つの町を襲い、その後別を襲う。それを繰り返した結果、三ヶ月でこの町に戻ってきたと。
ただ生きるための盗賊?
被害を聴きそびれましたけれど、問答無用で襲い掛かって来るほどに敵視しているのです。蓄え全てを盗られたと思ってよさそうです。
確実に生業として、豪遊してます。
「撃退されたら他に行くかな?」
「俺なら行かねぇ。一度防衛に成功し、兵士は取っ払っちまってんだ。襲うには好都合だろうよ」
町民たちは警戒はしていましたけど、戦えるのは私に槍を突きつけたあの人だけです。
それを知っていれば、再度来る可能性はあります。
ここを鴨として認識し、三ヶ月周期で襲っているんです。絞り尽くすまでここを襲うでしょう。
きっと、三年前にこの町一帯を見つけたんです。他の地区を絞りつくしたのか、この町から始めた盗賊業なのかは分かりません。
大きく移動するにはこの世界は危険が多すぎます。狭い範囲で、捕まらないようにやるはずです。
「戻ってくると仮定して、少しだけ待ってみようか」
「襲われたのが二日前という事ですから、戻ってくるならばそろそろのはずです」
一度襲われ、防衛に成功。その後三日か四日、はたまた一週間。期間を空ける事で生まれる安心感は、最大の隙を生み出します。
「他の町も被害に合ってると思うから、ここで撃滅しておきたい」
「分かりましタ」
「でも、長居は出来ないから――少し餌を撒こうと思うんだけど、良いかな?」
「餌ですカ?」
シーアさんが首を傾げます。
何時戻ってくるかは、誰にも分かりません。だから呼び寄せましょう。
「私たちの船には、保存食等の食料。そして、旅の資金があります」
「それを使って誘き出そう。私達は明日の朝出発するって事も含めて流布する」
「悪知恵が働くな。赤いの」
「強かと言ってください」
レイメイさんの皮肉をサラリと受け流します。
降って湧いた、お金と大量の食料。それが強奪予定の町にあるんです。どうにか奪いたいでしょう。
そしてそれは、明日の朝どこかへ行くんです。
明日の朝までに来てくれるはず。
「どうやって言いふらしまス?」
「私たちがやると、罠って気付かれるだろうから」
代表者の二人を見ます。
「それとなく、世間話みたいな形で言いふらしてくれませんか?」
「それは、構いませんが……。よろしいのですか?」
私たちを囮に使う作戦に抵抗があるようです。
「こちらの物資は気にしないでください」
「皆さんの事も守りきります。ご協力をお願いします」
「……分かりました。早速、巫女様達の訪問と船の中に大量の物資がある事を流布します」
町の了承を得て、私たちは一先ず家を出ます。
罠に気付かれるかもと言いましたけれど、本当は関係ありません。罠と分かっていても来ます。あの船には、それだけの価値があるのですから。
「んで。どうすんだ?」
船に戻り、作戦会議をします。
「船の守りはリツカお姉さん一人で十分でしょうけド、この町はどうやって守りまス?」
「この大きさの町ならば、”領域”で守りきれます」
”領域”。集落の丘で発動した、ドーム状の盾ですね。
アリスさんの”領域”はマリスタザリアの侵攻すら止める力があります。盗賊では突破出来ないでしょう。
「リッカさまから頂いたこちらのお陰で、”領域”中も他の魔法を行使できます」
「あの魔法はアリスさんの負担が大きいから、余り無茶しないでね? 私が守りきるから」
「はいっ!」
ニコリ、とアリスさんが微笑みました。
アリスさんの”領域”は、杖を基点にして発動します。
だから、杖を手放したアリスさんは、”盾”の中でも基本中の基本、【シルテ】しか使えなかったのです。
でも、今は――私の木刀から作られたブレスレットがあります。
核樹で作られたそれは、私たちの補助としての効果をしっかりと発揮してくれます。
私がすでに証明していますから、安心です。
「守りは問題なさそうですネ」
「赤いの」
「はい」
「お前は町を守ってろ」
レイメイさんが私を見据えて言います。
「船は俺一人で良い」
「盗られたラ、一気に旅が辛くなりますヨ」
シーアさんの言ったように、この船は私たちの生命線です。盗賊に盗られることは絶対に避けなければいけません。
なので、私がアリスさんと一緒に船で守るのが一番なのですけど。
「いけますか?」
「いい加減に、戦いたいと思ってたとこだ」
理由は不純ですけど、その目に宿る光は力強いです。戦いたいというよりは、盗賊が許せないって感じに見えます。
「分かりました。でも、盗られそうと私が判断したら介入しますよ」
「お前の出番はねぇ」
レイメイさんが盗賊なんかに負けることはないでしょうけど、相手は盗賊です。
盗賊のすることは戦いではありません。戦いは手段であって目的ではないのです。勝てないと思ったら、すぐにでも裏をかき船を強奪するために全力を注ぐでしょう。
「今回、レイメイさんにとっての負けは死ではありません」
「……」
「船を盗られたら負けです。しっかり頭の隅に置いておいてください」
「あぁ」
レイメイさんが頷くのを見て、しっかり理解したと判断します。
「私は船周辺で守ってまス」
「リッカさまと私は町の中心で”領域”を張り侵入者に対応します」
中心に、共有の貯蔵庫があるそうです。
個人の資産とは別に、町の資金も保管されていると聞きました。盗賊がまず狙うのはそこでしょう。
「守りきるよ。町を」
「はい」
「もちろんでス」
「あぁ」
マリスタザリアだけでも、人々は怯えて暮らしているのです。
そんな人たちを食い物にする、卑劣な盗賊を――私たちが許すことはありません。
二度と人の物を盗ろうと考えないように、刻み込んであげます。




