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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
33日目、恨みなのです
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『ダル……しう』だるしう浄化⑥



「うどん」

「あいよ!」


 ウィンツェッツが席につき、注文をする。

 急いで朝食をとっている人々は、これから出かけるのだろう。ウィンツェッツはボーっとその様子を眺めている。


(焦る奴ばっかだが、一人一人顔が違ぇな)


 リツカに言われた通りの事を実践していく。

 椅子も、ちゃんと座らずに少しだけ浮かせている。


「……」

「どうした兄ちゃん。震えてるぞ」

「何でもねぇ。あんたこそ、急いでんじゃねぇか?」

「ん? あぁ、まぁ多少焦っちゃいるが、そこまでじゃねーな。世間話くらい出来らぁ」


 空気椅子状態のウィンツェッツが小刻みに震えてるのを心配したのだろう。男が一人声をかけてきた。


「ん? 兄ちゃん、あんた……」

「あん?」

「巫女様の……」

「あぁ……」

(めんどくせぇな)


 また無視かよ。とウィンツェッツがため息をつく。

 魔王は”巫女”狙いだ。だから”巫女”と行動するのが一番の近道と思い同行しているけれど、行く先々で男の嫉妬を受けていてはキリがないと、気が滅入っている。


「そうか……。男一人ってのは辛いよな……」

「は?」

「気をしっかり持てよ」


 男がウィンツェッツの肩を叩き立ち去っていく。そろそろ時間という事だろう。


(なんだ?)


 周囲を見れば、ウィンツェッツを見る目が変わっていた。哀れみというか、同情というか。そういった感情が向けられている。


「巫女様と旅ってのは羨ましいが、生殺しだもんな……」

「この先の街にオルデクって街があるんだが。そこは男の楽園だ。そこまで頑張れよ」


 男達が口々に優しい言葉をかけてくる。昨日との違いに困惑するウィンツェッツ。しかし、その変化を見るのも修行だと、受け止めていく。


「一つだけ聞かせてくれ」

「あ、あぁ。なんだ」

「何かこう、偶然見たりとかあんのか?」

「何を見たりって?」


 ウィンツェッツが男達の熱に引いている。


「そりゃおめぇ。巫女様たちのだな」


 ウィンツェッツは思い至りため息をつく。


(キャスヴァルでもそうだったが。あんなガキ共に何を欲情してやがんだ……)

「ねぇよ。赤いの……赤の巫女が居る限りそんな間違いは起きねぇ」


 入浴時等はウィンツェッツの部屋に鍵を閉めたり、甲板に行ってもらっている。

 それに、リツカが居る限り隠れて近づくなんて事も不可能だ。そんな事をすれば、リツカの刀が光を纏う。


 男達は話を聞けずに残念がっているけれど。


「やっぱりあの子の話……」

「本当だったみてぇだな」

「そりゃ辛いだろうな」


 更に同情した表情をウィンツェッツに見せる。


「な、なんだよ」

「悪かったな。無視なんて大人気ない真似してよ」

「あんたの苦労は良く分かったぜ」

「気をつけなよ。兄ちゃん」


 男達はウィンツェッツに声をかけ仕事に戻っていった。


「なんだってんだよ……」


 いつの間にか来ていたうどんは、すっかり伸びてしまっていた。


「はぁ……。やっぱ赤いのは苦手だわ……」


 その場に居なくても何かしら影響を及ぼす。そんなリツカに、ウィンツェッツは更に苦手意識を持ってしまった。


(とはいえ、世話になっとるし。赤いのが悪い訳でもねぇしな……)


 伸び切ったうどんを啜りながら、ウィンツェッツは気持ちを切り替える。

 伸びて柔らかくなってしまったコシのないうどん。それはそれで、おいしいと、ウィンツェッツは一気に食べきった。




「あの」

「あ?」


 食べ終わり、アルレスィアからの連絡が来るまで店で茶を飲んでいるウィンツェッツに、家族と思しき一行が声をかける。

 声をかけようとは自分でも思えない自分に声をかけた家族を訝しむ。


「アンタら、昨日の」

「その節は、どうも」


 ウィンツェッツに声をかけたのは、昨日起きた監禁事件の家族だ。

 深々と頭を下げ、感謝を述べる。


「昨日は巫女様ばかりに声をおかけしてしまい申し訳ございません……」

「気にしてねぇ。それに、巫女一行って事になってるからな」

「巫女様のお供様でしたか。それでしたら尚の事――」


 重ねて謝罪をする家族を止める。


「良いと言ってる。そんで、どうしたってんだ。巫女たちなら入り口で浄化してんぞ」


 お礼を言いに来たのだろうと思ったウィンツェッツは、街の入り口を指差し巫女二人の居場所を伝える。


「はい。ですが、貴方様にもお礼をと」

「はぁ……」

(俺は何もしとらんぞ……)


 ウィンツェッツは頬杖をつく。


「そんで。あの後どうなったんだ」

「はい。怪我はもう治りました。巫女様のお陰です。そして妻は――」


 クラースが代表して答える。


「……」


 クラースの後ろから妻、エオラルが出てきて深々と頭を下げる。

 目の下に隈を作り、憔悴した様子ながらも、しっかりとした足取りだ。


「夫を亡くさずに、済みました。ありがとうございました……」


 気の強い女性と聞いていたけれど、そんな様子はない。


「……」


 クラースとエオラルの両親である老夫婦の後ろから、女の子が怯えた様子でエオラルを見ている。


 クラースとエオラルの娘、カシィだ。だけど、エオラルの豹変と暴力が、信頼を奪い去っていた。

 カシィは、エオラルに強い敵愾心を持っている。


「……」

「娘は、妻の事をまだ許せていないようです……」


 ウィンツェッツが娘を見ていたからだろう。クラースが現状を教える。


「カシィ……」

「っ……!」


 エオラルが、娘の名前を呼び近づくけど、老夫婦の後ろに完全に隠れてしまう。


(隠れたままじゃなくこっちを見てるって事は……なんだ? 母親の事を許さないってのを態度で示してんのか? その割には、表情に険がねぇ)


 ウィンツェッツが考える。


「おい。……なんつったか」

「カシィ……」


 ウィンツェッツがカシィに声をかける。びくりとしたカシィは、それでもしっかりと応えた。


 父と自分達を助けてくれた人たちの仲間ということで、少しは信用してくれているようだ。


「お前、本当はもう――」

「っ……」


 カシィがウィンツェッツの言葉を遮るように手を握り駆け出す。

 普通ならウィンツェッツを引っ張る力はないけれど、怪我しないようにとウィンツェッツはその手に引かれていく。


「あ、ちょっと兄ちゃん! 勘定!!」

「すぐ戻る」


 呆気にとられたクラースたちを尻目に、ウィンツェッツはカシィについていく。


「言っちゃダメ」

「なんでだ。もう許してんじゃねぇのか?」


 姿は見えるけれど、声が聞こえない位置まで離れたカシィはウィンツェッツの言葉をとめる。


「許したら、またやっちゃうかもしれないから」

「……」


 許すことで気を抜いたエオラルがまた豹変したら嫌だと、許すことを拒んでいる。


「お前」

「カシィ」

「……カシィ。お前の母親が変わっちまったのは、悪意って奴の所為だ」

「それは、聞いた。でも、巫女様達言ってた。負の感情っていうのを増大させるって。それってつまり、お母さんは私たちをあんな風にしたいって少なからず思ってたんでしょ?」

(物分りのいいガキだな……)


 ウィンツェッツの想定より、むしろウィンツェッツよりも深く、悪意を理解している。


 巫女二人の言葉をしっかりと聞いていたからだろう。自分達を助け、父を治してくれた巫女の二人。カシィにとっては、憧れの人たちだ。


「そうかも知れないな。だが、そうじゃないかも知れねぇ」

「……? どういう事」


 懐疑的な目を向けるカシィに、ウィンツェッツが応える。


「お前、母親とちゃんと話したか?」

(あの時、解決したばっかの時は上手くいってたと思ったんだがな)

「……話してない」

「負の感情ってのを増大して、お前の母親の理性を吹き飛ばすのが悪意だ。だけどな、監禁したいって本気で思ってたと、お前は思ってるのか?」

「そうじゃないと、私たちを閉じ込めたりしない」

「話し合わねぇと、後悔するぞ」

「……」


 頭では分かっているのだろう。

 

 許してはいる。それを伝えるのを拒んでいるだけだ。話さないのは、許していないと表現するため。本当はしっかりと話し合ってから、許したいと思っている。それでも監禁されていた間受けた暴力と恐怖は、カシィの行動をとめている。


「このまま話す事無く過ごす気か?」

「でも……」

「自分の母親だろ。お前を嫌ってるはずがねぇ」

「そんなの、分からない」

「分からないから、聞くんだろ」


 聞く事をせずに後悔したウィンツェッツは、カシィに問いかける。


「もしそれで嫌われたって言うなら、そん時に考えな」

「そんなの、怖い……」

「そうだな。親に嫌われるってのは、怖ぇな」


 自分の居場所がなくなるような、そんな感覚。自分の存在が何なのかすら分からなくなる。


「でもよ、話さないままってのと、何の違いがあんだ」

「……」

「怖いってなら、そこで待ってろ」


 ウィンツェッツが歩き出す。


「どうするの」

「俺が先に聞いてきてやるよ」

「でも!」

「でもじゃねぇ。そんで、嫌ってたらそのままでもいい。お前が、俺の反応で判断しろ」

「そんなの……」

「親の愛情ってやつを、信じとけ」


 カシィを置いて、親たちの元に歩いていく。



「兄ちゃん勘定」

「はぁ……ほらよ」


 硬化を一枚放り投げる。


「釣りはいらねぇ」

「へへっ、毎度!」


 多めにお代をもらった店主は機嫌良く戻っていく。


「あの、カシィは何故……」

「もう少しあそこで待つ事になっとる」

「どうして、ですか」


 クラースとエオラルは、本気で心配しているようだ。


(嫌ってる訳ねぇだろ阿呆ガキ)

「アイツ。アンタに嫌われてるから監禁されたと思っとるぞ」

「そんな事ありません!」


 エオラルが声を荒げる。


「あぁ、分かってる。でもな、アイツはそう思ってしまってる。それは、アンンタがアイツに言わなかったからだ」

「何を、ですか」

「アンタが何を思っていたかだ」


 どんな感情から凶行に及んだのか、それを言わなかったから今があると、ウィンツェッツは言う。


「でも、カシィは……」

「話を聞いてくれなかったか? だから話す努力もしなかったのか?」

「何度か話しかけました。でも、無視を……」

「そんくらいで諦めるなよ」


 ウィンツェッツは呆れる。

 

「アイツ。本当はお前の事信じたいそうだ。でもな、アンタがまた豹変したら嫌だからと、許さない風を装ってる」

「……」


 エオラルは項垂れている。


「ちゃんと話してやれよ。何があったかを」

「はい……」


 エオラルが、カシィの元に歩いていく。


「……エオラルは、怖かったそうです」


 クラースがエオラルの変わりにウィンツェッツに事情を説明する。


「怖かった?」

「この世界の異変が」

「それで監禁か?」


 訳が分からないと、ウィンツェッツは吐き捨てる。


「確か、アンタが他の女に靡かないようにって話だったが?」

「巫女様達の手前、言えなかったのです。マリスタザリアが怖くて、その所為で監禁したと。巫女様達の前で言ったのは、私への監視の理由だけだったのです」

(そういやそうだったな。アイツらは気付いてたのか?)


 リツカたちが気付いていたのかと気になったようだけど、クラースの話を聞く事に専念した。


「化け物たちから守る方法として、監禁を選んだんです」

「暴力やら拘束は違うんじゃねぇか?」

「どうして自分の優しさが分かってくれないのか、と思ってしまったそうです」

(そういう負の感情の昂りもあんのかよ)


 面倒な事だなと、ウィンツェッツは目頭を押さえる。


「あの。もう妻が悪意に感染する事は……」

「あるぞ」

「そんな……」

「でもな。俺もそうだが、感染しねぇやつも居んだよ」


 ウィンツェッツがクラースを向く。


「前を向いて、落ち込む事無く進めよ。巫女が居んだから」

「そう、エオラルに伝えます」


 ウィンツェッツはカシィの方を見る。まだ話の途中だけど、先ほどまでの猜疑心はないように見える。


 少し安堵したウィンツェッツは、まだアルレスィアから連絡は来てないけれど、船に戻る事にした。

 立ち去るウィンツェッツに、クラースと老夫婦が頭を下げた。

 


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