『ダル……しう』だるしう浄化
A,C, 27/03/28
朝です。
アリスさんが少し疲れた表情で私の隣でぼーっと私を見ていました。
「アリスさん……」
「リッカさま、ゆっくり休めましたか?」
「私は大丈夫だけど、アリスさんが……」
「疲れが顔に出てしまっていましたか……。でも、ご安心ください。夜の見張りは初めてだったので、勝手が分からなかっただけです」
アリスさんは寝ながらの感知が出来ません。
本当はもっと休んでいてもらいたいです。
「アリスさん、もうちょっと休まないと……」
「大丈夫です。眠れない夜には――慣れています」
「――そ……っか」
アリスさんの過去。誰からも信用されずに、嘆いていた時代。その時に、過ごしたのでしょうか。
「私が傍に居るから、眠ってくれないかな?」
「リッカさまに、寝顔をまだ見せたくありません」
「えー! 見たいよ……」
アリスさんの寝顔を見たいっていうのはありますけど、それ以上にアリスさんの体調が気になります。
「体調より意地の方が勝っています」
「んー……。どうして見せてくれないの?」
見せたくないって訳ではないようです。何というか、焦らしてる?
「リッカさまが私の寝顔を見ていいのは、平和になってからです」
「ご褒美?」
「そうです」
「じゃあ、仕方ないかな。でも、キツかったら言ってね? 私はずっとアリスさんの傍で目を閉じてるから」
私が日記を書いている時に、アリスさんがしてくれている事です。
「私が見てなかったら、大丈夫だよね」
「そういう事でしたら……。今からよろしいですか?」
「うんっ! 目を閉じてるから、起きたら合図して?」
「はいっ」
アリスさんが目を閉じ始めました。私の膝にすっと頭が降りてきます。
私は目を閉じ、もしもの時の為に手で目を覆います。
アリスさんの寝息が聞こえてきます。手が震え、離れようとしています。絶対に見ません。アリスさんの信頼を裏切るなんて絶対にしません。
ここ一番、私の全力の理性。頑張れ私っ! ――見たい……。
多分、二時間くらいと思います。アリスさんが身動ぎした感覚がありました。
でもまだ、アリスさんから合図はありません。まだ目を閉じておきます。
「……」
アリスさんの息遣いが聞こえます。
「――っ」
アリスさんが震えてる様な? 私の唇に感触がありました。
「リッカさま、目を開けて良いですよ」
「うん」
口を塞がれたままなので、篭ったような声になってしまいます。
目を開けると、アリスさんが私の唇に指を添えていました。
「ありがとうございます。リッカさま」
「んーん。眠れた?」
「はい。リッカさまのお陰で」
アリスさんが私を抱きしめ頬擦りします。
はぁ……ぁ……。このままで居たい……。幸せな時間。
でも、幸せな時間ほど長く続かないのです。この世界に来て、私はそれを痛感しています。
アリスさんが”伝言”を受けてしまいました。
《サボリさんがさっきから煩いでス。修行はどうしたト》
公開設定だったようです。シーアさんの声が聞こえます。
「すぐに向かうとお伝えください」
《またリツカお姉さんの我侭ですカ? クふふふ!》
「いえ、今回は――」
「うん。ごめんね、すぐ行くから」
《お子様ですねェ。でハ、伝えまス》
シーアさんがクスクスと笑っています。すぐに向かわないといけませんね。
昨日レイメイさんに修行を頑張れって言った手前、私がサボってはいけません。
「リッカさま。別に本当の事を言っても」
「ん? 本当の事だよ。私がアリスさんに寝てってお願いしたんだから」
私の我侭で間違いないです。
「それは詭弁かと……」
「まぁまぁ」
アリスさんを抱え上げ、洗面所に向かいます。
「シーアさんたち待ってるから、ちゃんと身嗜み整えてから行かないとね」
「リッカさま、それならば降ろしていただかないと」
「もう少しこのままっ」
洗面所に着くまでの間だけです。
「リッカさまは、我侭でしたね」
「そうだよー。私は我侭。アリスさん限定で、ね?」
片目を瞑り、舌をちろっと出します。
「可愛い仕草で誤魔化してもダメですよっ」
アリスさんがプイっと視線を逸らしてしまいました。
「こっち向いて?」
「……」
懇願するような声音で言ってみても、アリスさんは耳を染めるだけで向いてはくれません。
「おねがい」
ゆっくりと、耳元で囁きます。
「し、仕方有りませんね」
「うんっ」
赤く染めた頬を膨らませたアリスさんが私を見てくれます。
視線を合わせると、アリスさんだけの世界が私の中に広がっていくのです。
もっと浸っていたいですけど、洗面所に着いてしまいました。顔を洗って修行を始めますか。
「やっと来たか」
待ち草臥れていたようで、レイメイさんが座り込んでいました。
「女性の朝は時間がかかるんですよ」
「この後また風呂に入んだろが」
「そういう問題ではありません」
アリスさんの言うとおり、気分どうこうよりもマナーの問題です。
「遅れはしましたけれど、修行は普通に行います」
「あぁ、そうしてくれ」
何度持ってみてもしっくり来ないライゼさんが作った木刀を手に、レイメイさんと船を降り少し離れます。
アリスさんとシーアさんがそれに続き、私が見える位置に居てくれます。
「今日はどうすんだ」
「今日も虐め……模擬戦ですよ」
「おい」
レイメイさんが思わずといった風に突っ込みをいれてきます。
「冗談です」
「真顔で冗談なんか言うな」
冗談と分かるようにはしましたけど、真顔なのは当たり前です。戦いの前に笑顔なんて、そんな戦闘狂みたいな事しませんよ。
レイメイさんに背を向け離れます。
「……」
視線を感じます。空気が変わると同時に地面を蹴る音がしました。
右下腹部、斬上。
「せっかくの奇襲も、そんなに殺気立っていては相手に気付かれますよ」
「チッ……!!」
舌打ちをしながらも攻撃を続けるレイメイさん。でも、遅いです。
バックステップでレイメイさんに近づき、着地の瞬間回転、斬上を回避。
そして足を払い首を持ち、地面に――。
「――シッ!」
叩きつける!
「ぶべッ!?」
素っ頓狂な声を上げ地面に顔を埋めました。砂地ですし、大きな怪我はしてないでしょう。
「攻撃をするなら最後までですよ。思考を止めてはいけません。ライゼさんからあの日、言われたでしょう」
「……」
反応がありません。地面に埋まったままですね。
襟首を掴み、持ち上げます。”強化”なしでは重くて苦労します。
「……ゲホッ」
「意識はありましたか」
「……問題ねぇ」
そうは見えませんけど、今はそれでいいです。
「あの日、ライゼさんは貴方に言いましたね。二手三手先を読めと」
「あぁ」
「まだ難しいでしょうけど、今日はそれを考えながら戦ってください」
「コツとかあんのか」
素直にコツを聞いてきます。歩み寄ると言った昨日の言葉は本当のようです。
「同じ人間です。間接には可動領域があります」
私は腕を曲げたり伸ばしたりして関節の動きを見せます。
「この可動領域を超えた動きをすることはまず出来ませんし、筋力の問題もあります」
「それで?」
「上段の振り下ろし、これを振りきった敵が次行える攻撃は斬上です。途中までであれば横薙ぎや突きなんかもありますけど、斬撃に限れば攻撃パターンはそう多くないです」
あくまで剣を持った敵に対してですけど、最初は簡単なものからやっていくのがいいでしょう。
「先に言っておきますけど、マクゼルトは徒手空拳。そうなれば攻撃パターンは増えます」
斬撃だけの敵より、攻撃を読むのは難しいです。魔法もあるんです。
「だから、最初は斬撃だけでいきます。レイメイさんが慣れてきたらパターンを増やしますからね」
「分ぁった」
起き上がったレイメイさんが木刀を構えました。
「さぁ、続けますよ」
修行は一時間くらいにしておきましょう。だるしうに戻らないといけませんから。
「体調はどうです?」
「リッカさまも私も大丈夫です」
アルレスィアとレティシアが見ている前で、ウィンツェッツがバタンバタンと倒されている。
「それは良かった」
「ご心配をおかけしました」
「まぁ、アレは仕方ないでしょう。――それにしても、サボリさんは面白いように倒されますね。木刀で殴られてるのにぐるんぐるん回ってます」
レティシアが舷梯に腰掛け、足をぷらぷらとさせている。
「レイメイさんへの課題、その一つです」
「課題ですか」
共和国語で話すアルレスィアとレティシアは、課題をウィンツェッツに知られない為にしている。
自分で解いてこその課題という事だろう。
「リッカさまが予てより指摘していたものです。レイメイさんは攻撃の度に体が流れます」
「そう言ってましたね。喧嘩の時とかに」
レティシアが指を立て顎に添えて思い出している。
「体が流れた瞬間を狙って、リッカさまが木刀で押しています」
「それで、あんなにぐるんぐるんと?」
「リッカさまの技術が加われば可能です」
見事というしかない体捌きでウィンツェッツの攻撃を避けるリツカ。
避けたリツカに更なる攻撃をしかけるウィンツェッツの体は、攻撃に流されたままだ。
更に不安定になる体に、リツカの木刀が添えられる。体を回す、その力を木刀に伝え、ウィンツェッツを押し込む。
”強化”は必要ない。技術だけで百八十センチを超えるウィンツェッツを棒切れの様に倒す。
そんなリツカの闘舞に、アルレスィアは恍惚の笑みで眺めている。
「サボリさんは、リツカお姉さんから新しい攻撃パターンを引き出せるんですかね」
「学ぶ気はあるようですから、何れは辿りつくでしょう」
手取り足取りなんて事はしない。
リツカはそうやって教えられた事がない。
だから、ウィンツェッツは今日も、明日も、明後日も投げられるだろう。
倒された数だけ、ウィンツェッツは考えなければいけない。
「さぁ、何で今倒れたんでしょうかね」
「嫌味かてめぇ!」
「はぁ……」
リツカの何気ない言葉に、ウィンツェッツは噛み付く。その様子にリツカは、ため息しか出なかった。
「いつになるんですかねぇ」
「……マクゼルトと戦うまでに物になってくれれば良いですが」
レティシアは笑い転げている。
アルレスィアはウィンツェッツに呆れきり、リツカの舞を見る事に集中する事にした。




