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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
32日目、先生なのです
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『ダル……しう』貿易都市⑧



 妙にほくほくとした顔をした店主さんからお肉を買った後、アリスさんと私は船に居ます。

 本当は、シーアさんが言っていた五件を回るべきなのでしょうけど。


「うぅぅ……」

「リッカさま、こちらを」

「ありがとう……」


 アリスさんが薬をくれます。お腹と頭が痛い……。

 

「リッカさまの魔力運用に、体がついていっていません。発勁に限らず魔力を練るのも出来る限り避けるべきでしょう」

「そっか……。向こうだとこんな事なかったんだけど……」

「魔力の有無ですね。リッカさまのお体は……特別頑丈という訳ではありませんから」

「そうだね……。私の成長、ここで止まっちゃってるから……」


 本当はもっと、身長と筋肉が欲しいです。そうすれば、強化の乗りが良くなるのですけど……。


「明日には動けるようになるでしょう。それまで、安静にしてください」

「うん……、明日の朝動けるように、しっかり休んでおくね」


 横になっている私の頭を撫でてくれるアリスさんに微笑みます。

 頭から頬へ撫でる場所を変えながら、アリスさんが”治癒”を施してくれます。これは、痛み止めみたいです。


「ありがとう、アリスさん」


 私の頬を撫でているアリスさんの手に、頬擦りをしました。


「あくまで痛み止めです。動いてはいけませんよ?」

「うん……」


 アリスさんを抱きしめられないのは寂しいです……。


「船内は構いませんよ」

「ほんと? 良かったー……」


 起きた私を、アリスさんが抱きしめてくれます。 

 病気で苦しい時って、人肌が恋しくなってしまいます。私の場合は……いつもですけど。


「ぅん……」

「っ――。ご、ごめん……ちょっと強かったかな……?」

「このままが良いです」

「うん……」


 痛みはアリスさんのお陰でなくなっていましたけど、気だるさは拭えませんでした。

 でも、今は元気いっぱいです。アリスさんに包まれ、染まっていくような感じがします。


 私の中にアリスさんが注がれていく。空虚な私を、アリスさんが埋めていく。気持ちい……。


 本当はもっとアリスさんに溺れていたいけど、そろそろ皆が帰ってくる頃です。

 アリスさんに抱き起こされ、甲板に向かいます。


「大きな街だったけど、マリスタザリアは出なかったね」

「これが普通なのかもしれません」

「普通?」

「アルツィアさまは言っていました。マリスタザリアが増えたのは最近であると」


 集落の丘で神さまが言っていた事です。

 ここ数十年で悪意が澱んでいるそうで、その所為でマリスタザリアが増えたと。


 ――いえ、違いますね。

 悪意が澱んだのは数十年前からと確かに言っていました。でも、マリスタザリアが増えたという情報、その正確な年は教えてくれませんでした。

 

「コルメンスさんも言っていました。近年の情勢として、マリスタザリアの増加を」

「それも、詳しい年は言ってくれなかったね」

「私が生まれた年と重なっているのではないでしょうか」

「それは……」


 違うとは言えませんでした。


 私がこの世界に来たことを察知し、そのために行動した魔王のことです。

 アリスさんの存在を無視するはずがありません。


「普通は、マリスタザリアが出るのは数日に一回……いえ、数週間に一回かもしれません」

「この街の様子。動物が野放しだし、ブレマやカセンツみたいに大群に怯えてる様子が殆どなかった」

「はい。ここでは余り出ていないのかもしれません」


 『感染者』はそれなりに居ます。でもそれは、犯罪者として処罰されていたはずです。

 マリスタザリアの様に目に見える脅威でないため、日常だったのかもしれません。


「平和に暮らしている人たちにとっては、私は厄介者かもしれませんね」


 私を狙って起きた先の戦争。その事で私は自分を責めました。今は、アリスさんが……自分を責めています。

 

 私が自分を責めていた時、アリスさんも……こんな気持ちだったのでしょうか。

 こんな――心から体がバラバラにされてしまいそうな……胸の張り裂けるような想い。


「もし一人でこの旅をしていたらと思うと……」

「私、神さまに感謝しないと」

「リッカさまが、ですか?」

「こっちに呼んでくれて、嬉しい。いつも思ってるけど、アリスさんの傍に居る時……一番感じる」


 アリスさんの頬に手を添え、デコを合わせ目を閉じます。


「私の方がアルツィアさまに感謝しています」

「いいや、私だよ?」

「いいえ、私ですっ」


 アリスさんの手が私の頬を撫でます。


「頑固だなぁ」

「リッカさま程ではありませんよ」

「そうかな……? アリスさんとの我慢比べで勝った事ないよ?」

「私もリッカさまとの駆け引きで勝った事ありません!」


 アリスさんとデコを合わせたままじゃれ合います。

 

 お互い頬を撫でていた手は今、指を絡めるように握られています。

 今にも、重なってしまいそうな程近くに居るアリスさんに、頬が熱を帯びてしまいます。

 でも、自分から辞めようとは思えな――。


「シーアさんが()()()()()()()()()

「上に行かないと」


 離れないといけないとは思っているのですけど、離れられない魅力が、この距離にはあるのです。




「私の接近に気付いてたはずですよね」

「はい」

「船に登ってきた時にはすでに気付いておりました」

「せめて部屋でお願いします」

「はい」

「申し訳ございません」


 私とアリスさんは甲板で正座をさせられ、シーアさんに怒られています。


 結局シーアさんが見つけるまであのままでしたから、流石のシーアさんも呆れてしまいました。

 せめて船室でするべきでした。廊下ではまずかったです。


「まぁ、私で良かったです」

「レイメイさんであれば辞めていました」

「うん」


 見せたい訳ではないのです。ただちょっと、長めに堪能したかっただけなのです。


「そんな形で私への信頼を示すのはどうかと思います」

「あはは……」


 確かに、情けない信頼でしたね。


「少しじゃれ合ってただけだから」

「じゃれ……?」


 シーアさんが首をかしげています。

 何を言ってるんだ? といった風です。


「シーアさん、今晩はお肉料理に致しますよ」


 アリスさんが立ち上がり、首を傾げているシーアさんに伝えました。

 喜ぶシーアさんが跳ね回るかと思ったのですけど、動きが止まっています。


「どうしたの?」

「見つけたんですか?」

「うん、お肉屋さんで――」

「え?」

「え」


 今度は、私たちのやり取りを見ていたアリスさんが固まってしまいました。

 シーアさんと何か齟齬があるようです。


 シーアさんが冷蔵室に向かったので、私たちもついて行きました。すると、冷蔵室の奥に行ったシーアさんが包みを持ってきました。その包みがおいてあった場所には、まだまだ沢山似た包みがあります。


 シーアさんが引き攣った笑みを浮かべています。アリスさんがため息をついています。私は気付き、頭を押さえました。

 

 そんな量の生肉、どうやって処理するんですか……。シーアさんが沢山食べると思って、私たちも沢山買ったんですよ?

 干物や燻製にするべきでしょうか。シーアさんなら食べ切れそうですけど――。


「おい……」

「え?」


 レイメイさんが珍しく、厨房に下りてきました。

 帰ってきていたのは知っていましたけど、ここに下りてくるとは思いませんでした。

 その手の袋は何です? アリスさんが天を仰いでいます。


「まさか」

「偶にはと思ったが、慣れねぇ事はするもんじゃねぇな」

「連絡しなかった私たちも悪いですし」


 情報共有を怠りましたね。まさか全員でお肉を買ってくるとは……。

 お肉屋さんの笑みの正体は、シーアさんとレイメイさんがたっぷりと買ったからでしょうか。

 シーアさんが食べる量を計算に入れても二週間分はあります。


「干物や燻製でどうにかなるでしょう。生ものは三日分あれば良いですね?」

「はイ」

「あぁ」


 アリスさんの提案に全員が頷きます。


「シーアさん、どれくらい残す?」

「私が買ってきたのガ、私を含めた三日分でス」

「これが、三日?」


 シーアさんが買ってきたのは一週間分かと……そんなに、お肉が食べたかったんですね。


「今晩は焼肉でス」

「野菜もちゃんと食べなよ?」

「今日はお肉祭りでス」

「つまり食べないと……」


 せっかくおいしいお野菜を買ってきているのですけど、今日くらいは良いですね。

 シーアさんは好き嫌いする人という訳でもありませんし。


「そんじゃ俺も酒を――」

「お酒飲めないと機嫌悪くなるダメ人間ですシ、封印は解いてあげまス」

「ムカつく言い方だが、まぁいい」

「解かなくても良いんですヨ」

「チッ……」


 シーアさんが貯蔵庫の氷を解いています。


 適量なら、問題ないでしょう。適量であれば、ですけど。



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