『ダル……しう』貿易都市⑧
妙にほくほくとした顔をした店主さんからお肉を買った後、アリスさんと私は船に居ます。
本当は、シーアさんが言っていた五件を回るべきなのでしょうけど。
「うぅぅ……」
「リッカさま、こちらを」
「ありがとう……」
アリスさんが薬をくれます。お腹と頭が痛い……。
「リッカさまの魔力運用に、体がついていっていません。発勁に限らず魔力を練るのも出来る限り避けるべきでしょう」
「そっか……。向こうだとこんな事なかったんだけど……」
「魔力の有無ですね。リッカさまのお体は……特別頑丈という訳ではありませんから」
「そうだね……。私の成長、ここで止まっちゃってるから……」
本当はもっと、身長と筋肉が欲しいです。そうすれば、強化の乗りが良くなるのですけど……。
「明日には動けるようになるでしょう。それまで、安静にしてください」
「うん……、明日の朝動けるように、しっかり休んでおくね」
横になっている私の頭を撫でてくれるアリスさんに微笑みます。
頭から頬へ撫でる場所を変えながら、アリスさんが”治癒”を施してくれます。これは、痛み止めみたいです。
「ありがとう、アリスさん」
私の頬を撫でているアリスさんの手に、頬擦りをしました。
「あくまで痛み止めです。動いてはいけませんよ?」
「うん……」
アリスさんを抱きしめられないのは寂しいです……。
「船内は構いませんよ」
「ほんと? 良かったー……」
起きた私を、アリスさんが抱きしめてくれます。
病気で苦しい時って、人肌が恋しくなってしまいます。私の場合は……いつもですけど。
「ぅん……」
「っ――。ご、ごめん……ちょっと強かったかな……?」
「このままが良いです」
「うん……」
痛みはアリスさんのお陰でなくなっていましたけど、気だるさは拭えませんでした。
でも、今は元気いっぱいです。アリスさんに包まれ、染まっていくような感じがします。
私の中にアリスさんが注がれていく。空虚な私を、アリスさんが埋めていく。気持ちい……。
本当はもっとアリスさんに溺れていたいけど、そろそろ皆が帰ってくる頃です。
アリスさんに抱き起こされ、甲板に向かいます。
「大きな街だったけど、マリスタザリアは出なかったね」
「これが普通なのかもしれません」
「普通?」
「アルツィアさまは言っていました。マリスタザリアが増えたのは最近であると」
集落の丘で神さまが言っていた事です。
ここ数十年で悪意が澱んでいるそうで、その所為でマリスタザリアが増えたと。
――いえ、違いますね。
悪意が澱んだのは数十年前からと確かに言っていました。でも、マリスタザリアが増えたという情報、その正確な年は教えてくれませんでした。
「コルメンスさんも言っていました。近年の情勢として、マリスタザリアの増加を」
「それも、詳しい年は言ってくれなかったね」
「私が生まれた年と重なっているのではないでしょうか」
「それは……」
違うとは言えませんでした。
私がこの世界に来たことを察知し、そのために行動した魔王のことです。
アリスさんの存在を無視するはずがありません。
「普通は、マリスタザリアが出るのは数日に一回……いえ、数週間に一回かもしれません」
「この街の様子。動物が野放しだし、ブレマやカセンツみたいに大群に怯えてる様子が殆どなかった」
「はい。ここでは余り出ていないのかもしれません」
『感染者』はそれなりに居ます。でもそれは、犯罪者として処罰されていたはずです。
マリスタザリアの様に目に見える脅威でないため、日常だったのかもしれません。
「平和に暮らしている人たちにとっては、私は厄介者かもしれませんね」
私を狙って起きた先の戦争。その事で私は自分を責めました。今は、アリスさんが……自分を責めています。
私が自分を責めていた時、アリスさんも……こんな気持ちだったのでしょうか。
こんな――心から体がバラバラにされてしまいそうな……胸の張り裂けるような想い。
「もし一人でこの旅をしていたらと思うと……」
「私、神さまに感謝しないと」
「リッカさまが、ですか?」
「こっちに呼んでくれて、嬉しい。いつも思ってるけど、アリスさんの傍に居る時……一番感じる」
アリスさんの頬に手を添え、デコを合わせ目を閉じます。
「私の方がアルツィアさまに感謝しています」
「いいや、私だよ?」
「いいえ、私ですっ」
アリスさんの手が私の頬を撫でます。
「頑固だなぁ」
「リッカさま程ではありませんよ」
「そうかな……? アリスさんとの我慢比べで勝った事ないよ?」
「私もリッカさまとの駆け引きで勝った事ありません!」
アリスさんとデコを合わせたままじゃれ合います。
お互い頬を撫でていた手は今、指を絡めるように握られています。
今にも、重なってしまいそうな程近くに居るアリスさんに、頬が熱を帯びてしまいます。
でも、自分から辞めようとは思えな――。
「シーアさんが来てしまいましたね」
「上に行かないと」
離れないといけないとは思っているのですけど、離れられない魅力が、この距離にはあるのです。
「私の接近に気付いてたはずですよね」
「はい」
「船に登ってきた時にはすでに気付いておりました」
「せめて部屋でお願いします」
「はい」
「申し訳ございません」
私とアリスさんは甲板で正座をさせられ、シーアさんに怒られています。
結局シーアさんが見つけるまであのままでしたから、流石のシーアさんも呆れてしまいました。
せめて船室でするべきでした。廊下ではまずかったです。
「まぁ、私で良かったです」
「レイメイさんであれば辞めていました」
「うん」
見せたい訳ではないのです。ただちょっと、長めに堪能したかっただけなのです。
「そんな形で私への信頼を示すのはどうかと思います」
「あはは……」
確かに、情けない信頼でしたね。
「少しじゃれ合ってただけだから」
「じゃれ……?」
シーアさんが首をかしげています。
何を言ってるんだ? といった風です。
「シーアさん、今晩はお肉料理に致しますよ」
アリスさんが立ち上がり、首を傾げているシーアさんに伝えました。
喜ぶシーアさんが跳ね回るかと思ったのですけど、動きが止まっています。
「どうしたの?」
「見つけたんですか?」
「うん、お肉屋さんで――」
「え?」
「え」
今度は、私たちのやり取りを見ていたアリスさんが固まってしまいました。
シーアさんと何か齟齬があるようです。
シーアさんが冷蔵室に向かったので、私たちもついて行きました。すると、冷蔵室の奥に行ったシーアさんが包みを持ってきました。その包みがおいてあった場所には、まだまだ沢山似た包みがあります。
シーアさんが引き攣った笑みを浮かべています。アリスさんがため息をついています。私は気付き、頭を押さえました。
そんな量の生肉、どうやって処理するんですか……。シーアさんが沢山食べると思って、私たちも沢山買ったんですよ?
干物や燻製にするべきでしょうか。シーアさんなら食べ切れそうですけど――。
「おい……」
「え?」
レイメイさんが珍しく、厨房に下りてきました。
帰ってきていたのは知っていましたけど、ここに下りてくるとは思いませんでした。
その手の袋は何です? アリスさんが天を仰いでいます。
「まさか」
「偶にはと思ったが、慣れねぇ事はするもんじゃねぇな」
「連絡しなかった私たちも悪いですし」
情報共有を怠りましたね。まさか全員でお肉を買ってくるとは……。
お肉屋さんの笑みの正体は、シーアさんとレイメイさんがたっぷりと買ったからでしょうか。
シーアさんが食べる量を計算に入れても二週間分はあります。
「干物や燻製でどうにかなるでしょう。生ものは三日分あれば良いですね?」
「はイ」
「あぁ」
アリスさんの提案に全員が頷きます。
「シーアさん、どれくらい残す?」
「私が買ってきたのガ、私を含めた三日分でス」
「これが、三日?」
シーアさんが買ってきたのは一週間分かと……そんなに、お肉が食べたかったんですね。
「今晩は焼肉でス」
「野菜もちゃんと食べなよ?」
「今日はお肉祭りでス」
「つまり食べないと……」
せっかくおいしいお野菜を買ってきているのですけど、今日くらいは良いですね。
シーアさんは好き嫌いする人という訳でもありませんし。
「そんじゃ俺も酒を――」
「お酒飲めないと機嫌悪くなるダメ人間ですシ、封印は解いてあげまス」
「ムカつく言い方だが、まぁいい」
「解かなくても良いんですヨ」
「チッ……」
シーアさんが貯蔵庫の氷を解いています。
適量なら、問題ないでしょう。適量であれば、ですけど。




