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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
32日目、先生なのです
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『ダル……しう』貿易都市⑦



「あ、ソフィアさん。学長が呼んでましたよ」

「うん、町長から聞いた」

「そうでしたか。学長室に居ると思いますから」

「ありがとー」

 

 事務室を抜け学長室へ。扉を叩いて中へ入ります。


「帰って来ましたか。そちらは?」


 学長さんは、歳を取った女性でした。


「レティシア・エム・クラフト。エルヴィエール女王陛下の護衛であり、稀代の魔女ですよ」

「貴女があの有名な……?」

「ソフィお姉ちゃんの元教え子でス」

「そうなのですか?」


 ソフィお姉ちゃんが嬉しそうに頷いています。


「私に用があるようですけど」

「今朝補習をした子達のご両親から連絡が来ました。やる気になって一生懸命勉強していると」

「退学は出ませんでしたか」

「残念ながら、四人ほど辞めてしまいました。ですが、残りの十二人に関しては心を入れ替えたようです」

 

 全員とはいきませんでしたか。

 魔法は私達とは切り離せない、生活の為に必須の力です。


 とはいえ、学ぶ気が無いものに時間と労力を割く必要はないのです。時間は有限、他にやれる事をやるべきと、私は考えます。


「そうですか。全員は無理でしたか」

「その四人に関しても、迷ってはいました。それでも、家業の方を優先させるそうです」

「そういう事でしたら、仕方ないんですかねぇ」


 ソフィお姉ちゃんは残念そうです。本当は、全員にやる気を出して欲しかったんでしょうね。


「何はともあれ、十二人もの若者が残り、次へ進もうとしています」

「教えた相手は最高学年でしたけド、留年とか大丈夫なんですカ」


 私は学校に行った事がないので分かりません。


「レティシアさんが教えたんですか……?」

「あっ。そうなんですよ学長! シーアのお陰で補習は成功したような物ですよ!」


 私を抱えてズイっと学長さんに近づけます。

 

「報告を受けていませんよ。ソフィア先生」

「へ? そうでしたっけ」

「取った気になっていただけの様ですネ」


 そろそろ降ろして欲しいです。


「レティシアさん、我が校で働きませんか」

「講師としてという事ですカ?」

「はい。ソフィア先生だけでは、時間が限られますから」


 講師ですか。魔法研究しながら、後進育成というのもいいですけど。


「申し訳ございませン。私は今、巫女様に同行してますかラ」

「その後でも良いのですよ?」


 なりたくない訳ではないです。魔法の事を考えるのは好きですし、それを人に話すのも好きです。

 でも、私が好きなのは、どんな魔法よりも。


「私が魔法を覚えたのモ、今も研究しているのも全テ、お姉ちゃんの為なのデ」


 学長さんがソフィアお姉ちゃんを見ます。

 確かにソフィアお姉ちゃんは私の姉の様な人で、私に魔法を教えてくれた人ですけど、私の根源はお姉ちゃんです。


「講師をするのハ、まだまだ先でス」


 お姉ちゃんが結婚し、子供を生んで、その子供に私が魔法を教えてからですかね。

 三十歳近くになってしまいそうです。


「そうですか……残念です」

「シーアは本当に陛下が好きねぇ」

「家族ですシ」


 教師には興味があります。


 魔法を教えるのは楽しいです。でも、私には向いていない気がします。興味が無い人相手にも教えないといけないのは、正直面倒です。

 ソフィお姉ちゃんの様にはなれそうにないです。


「気が向いたらまた来て下さい。歓迎します」

「余り期待せずに居てくださイ」


 共和国で研究もありますし、情報部の方も顔出さないといけませんから。

 

「シーアはこれからどうするの?」

「街外れに船で向かいまス」

「この街に泊まらないの?」

「色々と事情があるのでス」


 マリスタザリアの問題が一番ですけど、いくら防犯できているとはいっても、リツカお姉さんを無防備に眠らせるわけにはいきませんから。


 今日はリツカお姉さんの休養日です。

 私とサボリさんで外を目視で見張り、巫女さんが船室から感知です。


 巫女さんが傍に居ないとぐっすり眠れないそうですし。お子様ですね、リツカお姉さん。クふふ!


「ま、仕方ないか。それじゃ、もう少し街を歩きましょ」

「はイ」

「学長、他にお話ありますか?」

「いいえ、行ってらっしゃい」

「ありがとうございます!」

 

 私を小脇に抱えたまま、ソフィお姉ちゃんが学校の外に出ます。

 巫女さんがリツカお姉さんを抱えるのと違って、ロマンの欠片もありません。


「じゃあいくよー」

「その前に降ろしてください」

「遠慮しなくて良いって! シーアは軽いからなぁ」

「遠慮せずに降ろして欲しいと言ったのですけど」


 ソフィお姉ちゃんに抱えられる事に抵抗はありませんけど、このまま人前を歩くような事はしたくないです。

 

「えー」

「えーじゃないです。巫女さんとリツカお姉さんじゃあるまいし、人前でこんな姿恥ずかしいったらないです」

「あの二人、そんな事してるの?」

「リツカお姉さんが度々無茶するので、お姫様抱っこで王国を歩きまわってましたよ」

「仲良いんだねぇ」


 ソフィお姉ちゃん、リツカお姉さん以上の鈍感さんです。


 お姫様抱っこして王国中を歩き回るという仲を見せ付ける行為ですよ。仲良いなんて言葉で片付けられません。


 お姉ちゃんとお兄ちゃんもしませんし、エリスさんとゲルハルトさんもしたこと無いって言ってました。

 

「そういうわけで、降ろしてください」

「仕方ないなぁ」

「手は繋いであげます」

「繋ぎたいじゃなくて?」

「……」


 ソフィお姉ちゃんの手を引っ手繰って歩き出します。


「いたたっ。急に引っ張らないでよぉ」

「さぁ、行きますよ」

「どこに行くか決めてないわよ」

「そんなの決まってます」


 ソフィお姉ちゃんの奢りで食べ歩きです。

 



 レティシアが食事処で()()を食べ、ソフィアが財布の心配をしている頃、ウィンツェッツはアルレスィアから連絡を受けていた。


《そろそろ街を離れます。戻って来てください》

「あぁ」

《では》


 必要最低限の会話を済ませ、アルレスィアは”伝言”を切る。


 広く、人が多いにも関わらず、動物が無造作に飼われている危機感の薄い街。その為強く警戒していたけれど、特に何も無かった事にウィンツェッツは肩透かしをくらっていた。


 しかし、戦うだけが修行ではない。リツカから言われた通りの事をしながら帰っている。


(アイツは、落ち込んでんな)


 一人の男を標的に取る。


(理由を考えりゃ良いのか。相手の状況から推察するんだったか)


 男を観察する。項垂れている男は全身泥だらけであり、顔にまで泥がついている。


(喧嘩に負けたってとこか)


 推察した所で気付いたウィンツェッツ。


(……答え合わせはどうすりゃいいんだ?)


 考えが合っているのかを確かめる術が、ウィンツェッツにはなかった。


(……赤いのに聞くしかねぇか)


 余り話したくないんだがな、とウィンツェッツはため息を吐く。


 年下に師事するというだけでも嫌なのだ。才能は認めている。だけど、自分より年下で、平和な世界に居た娘がなんでこんなにも強いのか理解出来ない。理解出来ないため、距離を置いていた。

 

 一人で生きてきたウィンツェッツは、そうやって身を守る。

 ライゼルトの元を去り、今朝出会った男達と共に少しの間行動し、世界の厳しさを味わったウィンツェッツには自衛の手段が必要だった。


 今では必要のない事だ。だから直そうとしているけれど、リツカ相手には上手くいかなかった。


 アルレスィアへの暴行未遂で起きた喧嘩。それを今でも引き摺っている。

 完膚なきまでに叩きのめされた。触れることすら敵わず、相手は攻撃すらしていないのにウィンツェッツの方が先に疲れた。何より、魔法すら使っていなかった。

 屈辱を感じる事すら許さない程の圧倒的な実力の差。


 その強さを知りたくて、喧嘩の最後に言われた事を実践してみた。確かに、前より強くなった。

 強くなった事がまた、ウィンツェッツの心情を複雑にした。


 リツカは、アルレスィアにさえ手を出さなければ良いという、絶対的な行動理念がある。その為、ウィンツェッツの事は既に準警戒対象でしかない。


 男は全員狼とリツカは思い込んでいるし、それを正そうとする者は居ない。だから、男というだけでリツカの警戒対象になる。


 ウィンツェッツにはどうしようも出来ない事だけど、リツカは特段、敵対する気はない。後はウィンツェッツが心の整理をつけるだけだ。


 これから魔王を倒すか、ライゼルトを取り戻すまでの間共に旅をする仲間であるリツカ、アルレスィア、レティシア。いくら仕事仲間でしかないとはいえ、自ら軋轢を生みたい訳ではないウィンツェッツは――。


(あれでも買っていくか)


 偶には仲間の事を気遣おうと、精肉店に足を向けた。



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