『ダル……しう』貿易都市⑥
レイメイさんは見回りを続けるそうです。
私達は市場に戻り、八百屋さんに預けていた物を受け取りましょう。一時間もかかっていないのですけど、八百屋さんの商品が明確に減っています。
私達が離れた後に売れたのでしょう。やっぱり、他のお客さんの迷惑になっていたのかもしれません。
「預かっていただきありがとうございます」
「もう良いんですかい?」
「はい、解決いたしました」
「店主さん達のお陰で全員無事です」
店主さんが思い出してくれなければ、クラースさんは死んでいたかもしれません。本当にぎりぎりでした。
感謝を伝え微笑みます。
「そ、そうですかい?」
「デレデレすんな!」
照れていた店主さんを女性が叩きました。
「いちち……」
頭を摩る店主さんが恨めしそうに女性を見ています。奥さん、でいいんですよね。多分。
「私達はそろそろ」
「へい。ありがとうございやした!」
「本当に、巫女様たちのお陰で大盛況でした」
この売れ行きの良さは私達の?
休憩所や花屋のお手伝いの様な事をした訳でもありませんし、お陰って訳ではないと思うのですけど……。
「荷物を置いたらまた市場に戻ってきますので」
「何か思い出したら、声をかけてください」
頭を下げて、船に帰ります。
貯蔵庫に野菜を置き、市場に再度向かいます。次は、お肉屋さんとかも見てみたいですね。
「アリスさん、平気?」
「問題ありません。最小限の”光の槍”と”治癒”でしたから」
アリスさんはしっかりと、体調管理していたみたいです。私が無頓着すぎるのでしょうか……。
「それでは精肉店に行ってみましょうか」
「うん。この辺りなら、あるかもしれないからね」
王都と同じくブレマでも、戦争の影響でお肉は希少品となっていました。
王都から離れたこの街であれば、三日分くらいの精肉が売っているかもしれません。
アリスさんの料理であれば私は満足出来るのですけど、シーアさんとレイメイさんは、お肉がないと気分が落ち込んでしまうのです。
「熊や猪のお肉が有名らしいので、少し楽しみです」
「癖が強いって聞くね。どんな料理にしてみたい?」
「そうですね……フリットやシチュー、さっと茹でて、トルティーヤや生春巻きなども良いかもしれません」
完成図が頭に思い浮かぶようです。どれもおいしそう。
アリスさんの味付けは私を虜にします。今から楽しみですね。
「早速行こう!」
「はいっ」
あくまで聞き込みが主とはいえ、新たなアリスさんの料理が食べられると聞いて、じっとしていられません。
アリスさんの手をとって船を降ります。
今日の夕食に並ぶであろうジビエ料理に心が躍り、私と手を繋ぎ笑顔を向けてくれるアリスさんに頬が綻びます。
”お役目”の旅であるのですけど、広がっていく世界に、アリスさんも私も、わくわくしているのでした。
船での食事を終えた私とソフィお姉ちゃんは、再び酒場へと向かいました。
「少し良いですカ」
「巫女様のとこの……」
「レティシアと言いまス。巫女さん達と一緒に旅をしている者でス」
「ということはお嬢さんも……あの剣を背負った兄ちゃんと?」
「はイ」
嫉妬説は正しかったようですね。これではサボリさんも動きにくいでしょう。
「あの人も用事がありましてネ。一緒に行っていますけド、少しでも怪しい動きを見せたラ、アレでス」
私が指差した、リツカお姉さんが作った床と壁の凹み見た人たちが、同情したような声を上げています。これで、羨ましさよりも同情の方が強くなり、露骨に無視されることはないでしょう。
「何か変な噂とか聞いた事ありませんカ。性格が急変した人とカ、怪しい影を見たとカ、見た事のない魔法を使っている人が居たとカ」
「んー。皆は何か知らないか?」
店主さんが、お客さんにも声をかけてくれます。せっかく大きな街に来たのです。何か有力な情報が欲しいです。
「求めてるもんかは分かんないけど、ここから北に結構進んだとこに、変な村があったな」
「変?」
「五十人くらいは住んでるはずなんだけど、三日滞在して二人にしか会わなかったんだよ」
「引き篭もってたんじゃないですカ」
「いや、そういう感じでもなかったな」
引き篭もり村ですか。メモしておきましょう。
「それって王都が襲われた日の後?」
「いや、前だな」
「じゃあ怖くて隠れてたって訳でもない、かな?」
「ですネ。他に理由があっテ、余所者に顔を見せたくなかったのでしょウ」
会えた二人は宿の人間でしょうからね。
「こんな時代だし塞ぎこむのも分かるけど、全く顔を出さないっていうのはおかしいわね」
「何れは行く町でス。留意しておきまス」
村の人たち全員『感染者』って事もあるのです。
でも、カセンツの人たちの様に病に伏している可能性も……。いえ、それならば行商の人に一声すらかけないのはおかしいですね。
「行商という事ですけド、何を売ってるんですカ?」
「肉だよ。俺の故郷は狩猟が盛んなんだ」
「お肉ですカ」
後で買いに行きましょう。狩猟って事は、熊や猪ですか。懐かしいですね。共和国では良く食べてました。
それにしても、病に伏しているのならお肉は体力付けの為に欲しいと思うのですけど、やはり怪しいですね。
「他ニ、何かないですカ」
「俺はもうないなぁ」
怪しい村の事以外は、この街の『感染者』の話が多かったです。
ソフィお姉ちゃんの知っている五件と重なるものも多いですけど、新に三件分かりました。
この場で話が出なかった人も、とりあえずって気持ちで、朝の浄化に自主的に来て欲しいですけど、上手くはいかないのが世の常です。
「町長さんに再度お願いしテ、一度市場に行きましょウ」
「はいよー。さっきあんなに食べたのに、次の心配?」
「育ち盛りなのデ」
「食べすぎも良くないと思うけどね。シーアにしては抑えてた方かぁ」
巫女さんが食事を管理しているので、好き勝手出来ないのです。
それに、最近は干し肉しか食べてません。そろそろ生のお肉を食べたいのですよ。
「行きますよソフィお姉ちゃん。売り切れてからでは遅いのです」
「はいはい」
ソフィお姉ちゃんの手を引き、急いで市場に向かいます。
何故か大繁盛を超え、もはや暴動なのでは? と思う程の八百屋を通り過ぎ、精肉店に到着しました。
熊や猪、鹿など、王都では余り見なかったお肉ばかりです。
共和国に輸入されるのは、ホルスターン等の家畜よりも、狩猟でとった熊や猪が多かったです。
ホルスターンよりヤギのミルクですし、魚介なんて、冷凍されたパサパサの物をしっかり加熱した料理ばかりでした。
王都で新鮮なお魚を食べた時は驚いたものです。お魚の身ってあんなにもちもちだったんですね。
「お嬢ちゃんお買い物かい?」
「そんなとこでス」
「今日は新鮮なのが入ったからね。臭みも少なくて何にでも使えるよ」
「ほほゥ」
三日分くらいは欲しいですね。
「でハ、ここからここまでの物を五キロずつ下さイ」
「毎度! ……へ?」
熊、猪、鹿の各部位を五キロずつです。三日は持つでしょう。
「お嬢ちゃん、もう一回お願いできるかい?」
「ここからここまデ、熊、猪、鹿の各部位を五キロずつでス」
「えっとお金は……」
「はイ」
ざっとこれくらいでしょウ。
「い゛!? お嬢ちゃん一体……」
商品を包装しながら店員さんが何かを呟きましたけど、市場の熱狂によって余り聞こえません。
活気がありますね。あの八百屋さんのお野菜、そんなにおいしいのでしょうか。
魔法で運ぶ訳にもいかないので、お姉ちゃんと手分けして運びます。
サボリさんに連絡したのに、出ませんでした。しっかり仕事しているのか定かではありませんけど、連絡に出られない事に巻き込まれているようです。
船に乗せた後、町長さんのところに向かおうと思います。
(皆さん食べたいでしょうし、ここは驚かせるために隠しておきましょう。この量、きっと驚きます。どんな反応するんですかね。クふふふ!)
町長さんは家に居るらしく、そちらに向かいました。
集めた情報を元に、感染疑惑のある方を早朝に呼び出してもらう約束を取り付けます。
「後、気分が悪いとカ、イライラするとカ、些細な事でも良いのデ、それを感じている人も来るように伝えてくださイ」
「畏まりました。町民には徹底いたします」
「お願いしまス」
町長さん宅を後にしようとすると、町長さんがソフィお姉ちゃんを呼び止めました。
「ソフィア君」
「どうしました町長」
「学長が君を探していたよ。なんだか嬉しそうだったけど、何かあったのかね?」
「学長が嬉しそうに? ……あー、補習の事かなぁ」
「ふむ。心当たりがあるようだね」
「えぇ、一つだけ」
「では、伝えたからね」
「ありがとうございます」
話を終えたソフィお姉ちゃんは、少し嬉しそうでした。
「補習で何かあったんです?」
「んー。多分褒められる?」
「落第者は出なかったようですね」
補習の件で褒められるって事は、あの補習者達は誰も落ち零れなかったようです。
「そうだねぇ。シーアのお陰で助かったよ」
「私は何も」
魔法の事を話すのは好きですし。
「まぁまぁ、照れなさんな!」
「照れてないですっ!」
なんにしても、ソフィお姉ちゃんが評価されたならそれで良いです。
呼ばれたって事はここまでって事ですかね。
「学長のとこに行くんですか?」
「寂しい?」
「……少しだけです」
「あーっもう! 可愛いなぁシーアは!」
頭から火が出そうな程ごしごしと頭を撫でてきます。
すごく久しぶりに会ったんです。少しくらいは仕方ないと思います。
「よし、じゃあ学長に紹介したいから一緒に行くよぉ」
「仕方ないですね。一緒に行ってあげます」
「うんうん。私も寂しいからねぇ」
寂しがり屋なソフィお姉ちゃんの為に、仕方なくついて行きます。
仕方なくですよ。
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