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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
32日目、先生なのです
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『ダル……しう』貿易都市⑤



「五日ほど前に、娘の様子が急変しまして……」

「クラースくんが私達を守ってくれていたのですが、今日ついに……」

「お父さん……」


 クラースさんを囲んで涙ながらに話してくれます。


 五日前から豹変したように暴力的になった、エオラルさん。気の強い女性で、大人しいクラースさんをよく引っ張っていく、姉御肌の奥さんだったそうです。

 それでも、暴力を振るう事はなかったと言います。

 

 まず起きたのは、娘への暴力。

 ただ廊下の真ん中を歩き、自身が通りにくかったという些細な理由からの暴力でした。


 何故暴力を振るわれたのか分からず呆然とする娘と、庇うように抱きしめたクラースさんを、エオラルさんは蔑むように見下ろしたそうです。


 そこから暴力はエスカレートしていき、監禁となったのですけど、クラースさんが庇う事で、ご両親と娘さんは無事だったのです。


「その男は外を歩けてたんだろ。助けを呼ぶことは出来なかったのか」

「監視されておりました……」


 レイメイさんの質問に項垂れるように答えます。


「この女だけの犯行なら、コイツを監視しとったらアンタらは自由だったんじゃねぇか」


 クラースさんを監視していればこの家は見れません。逃げるなり助けを呼ぶなりはできたはずです。でも、それが出来なかった理由があったのでしょう。


「この子の魔法で、私達は閉じ込められていましたから……」

「”檻”ですね」

「檻?」


 アリスさんはすぐに思い当たったようです。そのまま受け取るなら、閉じ込めるための魔法ですよね。


「憲兵や刑務官を目指す人は、この魔法を持っている事が多いです。自身、または相手を閉じ込めます。拘束系の魔法と違い、”檻”は持続性が高く、範囲を広く取れます。その代わり耐久性に難があります」

「今回はそれを、監禁に使ったんだ」

「クラースさんを尾行しながらも、ご家族の方を完全に閉じ込める”檻”です。特級で間違いないでしょう」

「はい……。結婚前は刑務官をしていましたから」


 ”檻”によって閉じ込められた皆さんは、更に口と腕、脚を縄で縛られていたそうです。雑な縛り方だったのでしょう。痕がチラチラと見えています。


 クラースさんが助けを呼ばないように、エオラルさんは監視していたのです。クラースさんが働かなければ不審がる人が居るでしょうから。


 もし助けを呼べば娘と両親に被害が及ぶため、クラースさんは従うしかなかったのです。


「それにしても、どうして巫女様達が……」

「市場の方でクラースさんの様子がおかしいと聞いたので、急いで来たのです」

「クラースさんが普段しない行動をしていたと聞きました」

「普段しない、ですか?」

「道に寝ていた猫に砂をかけて追い払ったと」


 でも現実は、悪意に染まっていたのは奥さんで、クラースさんは刺されてしまっていました。


「クラースさんは、知らせようとしていたんじゃないかな」

「私もそう思います」

「あ?」


 レイメイさんはまだ分かっていないようです。修行は幸先が悪いですね。


「普段しないことをする事で、不審に思った人が家に訪ねてくるように仕向けていたのではないでしょうか」

「悪意の事を知らなくても、ストレスを抱えているというのは分かります。相談に乗ってやろうって人が訪ねてくれる事に、賭けたんです」


 でも、間に合わなかった。


 エオラルさんは気付いたのかもしれません。クラースさんが不審な行動をとり、助けを求めている事に。

 それで、刺した?


 大まかな流れはこれで間違いないと思います。

 浄化は終わりました。後は、二人に事情を話すだけです。



 先に起きたのはクラースさんでした。


「お父さん!」

「……カシィ、無事かい?」

「うん……!」

「お義父さんと、お義母さんも……」

「あぁ、良かった……」


 まだ起き上がれないようですけど、意識はしっかりしているようです。


 クラースさんが説明を受けています。

 エオラルさんはまだ起きません。心労がたたってしまったのかもしれません。


「巫女様、もう話せるそうです」

「この度は助けていただき、ありがとうございました……」


 力の入っていない声ですけど、大丈夫でしょうか。まだ休んだ方が良いと思います。失った血は、”治癒”では戻らないのですから。


 辛いのであれば体力回復を優先させて欲しいと伝えましたけど、エオラルさんの状態を知りたいと断られてしまいました。


 不信感に表情を曇らせたままの娘さんと違って、クラースさんと両親の二人はエオラルさんの事を心配しているようです。


 監禁されて、父親を目の前で刺されたのです。母親として見れないのかもしれません。


「エオラルさんは悪意に侵されていました」

「その人が持つ負の感情を増大させます。人を殺したいと思っていれば殺意が高まり、人を傷つけたいと思っていれば嗜虐性が出てきたりと、その人の感情が膨れ上がります」

「ですけど、勘違いしてはいけません。普段の生活で発散できる……例えば、ちょっと愚痴を零す、趣味に没頭するといった行為で発散できる感情すら、悪意は増大させ、豹変させます」

「エオラルさんがどの様な思いを持っていたかは分かりません。ですけど、皆さんの知るエオラルさんが嘘という訳ではないのです」


 中には、自覚出来るほどの異常性を持った人が居ます。ブレマの件がそれです。

 あくまで私の想像なので、ご家族の方には言いませんでしたけど、エオラルさんは寂しがり屋であり、疑り深かい性格だったのではないでしょうか。


 監禁という手段をとったので、独占欲かと思いましたけど……それであれば仕事を許し、他者と接するのを許すとは思えません。

 それは、ブレマで経験しています。


 エオラルさんは自分に自信がなかったのではないでしょうか。

 優しい、芯の強い旦那であるクラースさんが、自分に釣り合って居ないと思ってしまったのではないかと、考えます。


 もしかしたら手元を離れてしまうのではないか。そういった不信感が、束縛に出たのではないでしょうか。


 性格が全くの逆という事から、自分と相手を比較し、自信の消失に繋がったのではないかと、私は推察します。


「話し合って下さい。本音で、包み隠さずに」


 アリスさんに隠し事をしてしまっている私が言えた事ではないのかもしれません。でも、私はアリスさんに嘘をついたことはありません。


「エオラルさんは勝気な性格とお二人から聞きました。だからといって、ぶっきら棒という訳ではないでしょう」

「たった一言でも良い……自分の言葉で、伝えて欲しいです」

「その一言で人を救う事は、可能です」


 私がアリスさんの、「私だけの英雄になってください」という一言に救われたように、一言……いえ、行動でも良いのです。

 触れて、抱きしめる。それだけで伝える事だって、出来るのですから。


 エオラルさんが目覚め、クラースさん達が説明していきます。

 クラースさんの背に隠れた娘さんが、エオラルさんの慟哭を聞き、そっと――エオラルさんの頭を撫でました。

 


 エオラルさんはやはり、心配だったそうです。

 ガサツとも言える自分とは違い紳士的で、仕事仲間からも信頼されているクラースさんが、他の魅力的な女性に靡かないか心配だったと。 


 クラースさんは、泣きじゃくるエオラルさんを抱きしめ、耳元で囁きました。


「僕が君を選んだんだ。初めてあった時から君しか居ないと思ったし、今でも君しかありえないと思っている。僕は、君を愛しているんだ」


 裂けかけた家族の絆が、言葉の力で戻っていきます。

 

 増幅されてしまっても、その人の心である事に変わりありません。場合によっては、修復不可能な傷となる事もあるでしょう。


 でも、理解すれば……分かり合えるかもしれません。理解させるために言葉を重ねるのです。


 アリスさんと私の様に……視線を合わせ、名前を呼ぶだけで理解できたとしても――言葉で伝える事に意味があるのです。


 相手が分かってくれる。その甘えに包まれたまま過ごすのではなく、相手の為に言葉をプレゼントして欲しいです。


 


 クラースさんの下半身に、少しだけ麻痺が見られた事以外は問題ないそうです。

 麻痺に関しても、リハビリに時間をかければ元に戻るそうで、皆安心していました。


 エオラルさんはまだ何かを隠しています。それは、監禁の理由です。クラースさんだけは監禁ではなく監視されています。

 確かに異変を察知され、他の人に知られたくなかったというのは分かります。でも、それだけで娘と両親をあそこまできつく監禁するでしょうか。


 きっと、監禁にも何か理由があるのです。

 でも、それをエオラルさんは私たちの前では言いませんでした。きっと、私たちには言えない何かです。


 だから、介入はここまでにします。私達はその場を離れ、市場に戻りました。

 家族のことは、家族にしか解決できない場合もあります。だから家族の絆に私は、賭けました。



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