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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
32日目、先生なのです
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『ダル……しう』貿易都市③



「これからどうするんです?」

「街を見て回るよ」

「他にも、緊急の浄化が必要かもしれませんから」


 アリスさんが私の腕を強く抱き締めたまま応えます。見つけても戦わないで、ということですね。


「私達は予定通り、酒場とソフィお姉ちゃんが知っているという五件を調べます」

「こっちは任せてぇ」

「よろしくお願いします」


 そひあさんとシーアさんが酒場に向かっていきました。


 私達も街を歩きます。まずは市場ですね。トマトがおいしいというのは知りましたけど、他はなんでしょう。


「共和国のお野菜はどれもおいしいですから、興味深いです」

「農業が盛んなんだっけ?」

「はいっ。トマト、キャベツ、白菜、大根、ほうれん草が特に!」


 向こうの世界でもある野菜で安心しました。


「共和国のお野菜は甘い事で有名です」

「寒冷地だと、葉物野菜は甘くなるんだっけ」


 自分が凍らないために糖分を作り出す、とかだった気がします。


「この街の市場には共和国のお野菜が多く並んでいますから、この機会に見ておきたいです!」

「それじゃあ、ゆっくり見て回ろう」


 うきうきと弾むように喜ぶアリスさんを、もっと喜ばせたいです。

 お野菜を見るついでに、お店の人に話を聞けば良いのです。



 市場に着くと、人だかりが出来ていました。何かあるのでしょうか。女性が多い?


「有名人でも居るのかな?」

「少し近づいてみましょう」


 女性達の声に耳を傾けてみます。


「うちにおいでよっ」

「特別サービスするから!」

「これもらって!」


 妙な熱気と共に声が投げかけられています。その中心に、見覚えのある顔がありました。


「何してるんですか」

「あ? 赤いのか。こいつらどこかやってくれ……」


 ゲッソリとした顔のレイメイさんが、私に助けを求めてきます。私に助けを求めるとは、切羽詰っているようですね。


 突き飛ばす事無く、なんとかしようともがいています。


「情報収集に行っていたんじゃ」

「チビガキがこっちに行けっつったんだよ」

「それで、どうすればそんな事になるんですか」

「知らん」


 一応理由はありますけど、それだけでここまで?


「レイメイさんはもう少し、ご自身の容姿を自覚するべきでは?」

「ハァ?」


 何言ってんだ? と言わんばかりに顔を歪めるレイメイさんとは対照的に、アリスさんがクスクスと笑います。


「リッカさまももう少し自覚して欲しいものです」

「昔よりは、マシだと思うよ?」

「まだまだ足りませんっ」


 アリスさんが私の唇に指を当て微笑みます。

 どきりとしてしまいます。


「……おい」


 イラついたような顔で私達を見ているレイメイさんに、周りの女性が少しだけ下がりました。


 男前といえる容姿だと思います。ですけど、中身はご覧の通り粗暴なキレやすい若者です。

 でも、周りの熱狂が解けることはありません。


「ねぇ、あれって……」

「赤の巫女様と巫女様よ!」

「神誕祭で見たままの御姿……ここでも会えるなんてっ」


 私達にも気付いたようで、それも加味されているのでしょうか。


「あの方とどういった関係なのかしら……親しげに話しているけれど」

「一緒に旅をしているそうよ」

「そうなの? そういえば、赤の巫女様とあの人の武器、何か似てる?」

「もしかして――」

「私達とあの方はその様な関係ではありません」

「は、はい!」


 アリスさんがぴしゃりと噂話を両断しました。噂話をしていた人たちが背筋を伸ばし硬直してしまいます。


 何かの勘繰りをしていたようです。

 内緒話の様に、耳打ちで話していましたけど、私達に聞こえているのはわざとなのでしょうか。


 もしかして、の後は何が続いたのでしょう。


「はぁ……。誰に、どんな聞き込みをしたのですか?」


 ため息をついたアリスさんに問われたレイメイさんが気だるげに答えます。


「チビガキに言われて女にだけ聞いてたんだよ。男は俺を無視しやがるからな」

「無視?」

「酒場でそうなったんだよ!」


 思い出してムカついたのか、不機嫌さを露にしてきます。アリスさんに当たらないで欲しいです。


「無視されるほどの聞き方でもしたんですか?」

「そんなんしねぇよッ!」


 ライゼさんが関わらない限り常識人ではありますけど、お酒は人を変えますから。変な絡みでもしたのかと思いましたけど、そうではないようです。


「シーアさんの対応は正しかったと思いますけど、今回は極端すぎましたね」

「アリスさんは分かったの?」

「私達の事を話したのではないですか?」

「あ? あぁ、お前らと旅してるっつったよ」

「それが原因でしょう」


 私たちの事を話すと、無視されるんですか……?


「男性達は嫉妬したのです」

「嫉妬……?」

「私達と旅をする、レイメイさんにです」


 そういわれてやっと分かりました。

 確かに、アリスさんと一緒に旅をするっていうのは、羨ましいと思います。


 でも、無視してもアリスさんと旅は出来ないのに、なんで無視なんてしたのでしょう。それが嫉妬なのでしょうか。人の心は、難しいですね……。


「男性だと無視されるとシーアさんは気付き、女性に尋ねる様にと指示したのでしょうけど」


 アリスさんがレイメイさんを呆れた目で見ています。


「いくらなんでも女性だけでは、口説いているとしか思えません」

「誑しって思われたんだ」

「誑しだったら避けられるだろが……」


 レイメイさんが、舌打ちと共に私の言葉をばっさりと否定します。


「貴方は客観的に見て優れた容姿をしています。声をかけられたい女性が殺到するでしょう」

「……」


 心底嫌そうな顔をしています。

 事務的な言葉でしたけど、一応褒め言葉なのですから、喜んでも良いのではないでしょうか。


 ライゼさん流誑し術とかあるのでしょうか。

 あの人は初対面でも平気な顔で軽口を叩いていました。その所為で私は警戒した訳ですけど、レイメイさんもそうなんですかね。

 想像してみようと思いましたけど、違和感しか感じないでしょうから辞めました。

 

「もうなんでもいいからこいつら退けてくれ……」


 人混みが嫌いなようで、憔悴しています。


「笑顔で断れば、自然と離れていきますよ」

「媚を売れってのか」

「上手くやれって話です」

「……」


 そういえばこの人の笑顔、意地悪なやつしか見たことないですね。


「貴方は街の警備をお願いします。喧嘩やマリスタザリア関係を見れば対応を。一人で突っ走らず私達への連絡を徹底してください」

「あぁ、分かったよ」


 アリスさんの凛とした声が市場に響きます。


 女性達も道を開け、レイメイさんを送り出しました。

 まるで命令を受けた騎士の出陣……とは見えませんけれど、レイメイさんが遊んでいる訳ではないとは、分かってもらえたようです。

 

 アリスさんが上手い事この場を収拾しました。 

 巫女の仕事のお手伝い中と分かれば、おいそれと引き止める訳にはいかないでしょうから。



 私達は市場で聞き込みを開始します。

 余った時間は、アリスさんと一緒に野菜を見て回ることにします。世間話からでも分かる事は、あるのですから。

 

 早速目に付いた八百屋さんに聞いてみます。


「ごめんください」

「へいッ! 本日はどのようなご用件でございましょうッ」


 普段通りの対応をしようとしたのでしょうけど、ぎこちない動きと使い慣れていない敬語が、極度の緊張を表してしまっています。


「このお野菜は、王国産ですか?」

「い、いえッ。フランジールです……!」


 手に取ったのはキャベツ。王都の市場に並んでいた物より小さいかと思えば、ズシっと重みを感じます。


 葉は瑞々しく、触れただけで分かる程に水分を含んでいます。これが、寒冷地で作られたキャベツですか。


「試食してみますかい?」

「良いんですか?」

「へい。巫女様方に食べてもらえたらそいつも本望ってやつでさぁ」


 店主さんのご厚意に甘え、一枚いただきました。

 

 アリスさんと半分に分け、一口齧ってみます。ザクッと噛み切る音が口の中で弾けました。

 噛むほどに溢れるように感じる水分と、じんわりと出てくる甘みが非常においしいです。


「んー! すっごく甘い」

「優しい甘さですね。スープに入れて煮込んでも、炒めても、この甘さが際立ちそうです」

「揚げてもおいしいかも?」

「葉もおいしいでしょうけど、芯は更においしいのではないでしょうか」

「わぁ! いいね!」


 キャベツに舌鼓をうちながら、話題は今晩の夕飯になっていきます。野菜の素揚げかお鍋で迷うところですね。


 他にもおいしい物があるかもしれませんし、色々と聞いてみましょう。アリスさんも楽しそうですし、八百屋さんは大当たりでしたね。


「他にお勧めの物はありますか?」

「………あ、あぁ……へい、この人参とか、どうでしょ」


 店主さんの動きが更にガチガチになってしまいました。

 お勧めを聞いたのがプレッシャーに? いえ、いつも聞かれてるでしょうし……。


 他にも見たい場所はありますし、考えるのは後にしましょう。アリスさんと寄り添うように、お野菜を吟味していきます。



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