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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
32日目、先生なのです
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『ダル……しう』貿易都市②



「うわぁ、なぁにこれ」

「どうしました」

「いやぁ、これこれ」


 ソフィお姉ちゃんが、リツカお姉さんが作った凹み二つを見ています。

 修理費は必要ないそうです。もしもの時は王都の経費で落としてやろうと思ってましたけど。


「リツカお姉さんの、発勁です」

「ハッケイ?」

「本来は違いますけど、この世界では魔力を打ち込む技術として使ってるそうです」


 体内で練った魔力を、魔法としてこの世界に発現させるのではなく、魔力のまま打ち込む技です。


 言葉を発さない時点で、戦闘において絶対的な優先権を持っています。

 先ほども、後は発現させるだけの魔法よりリツカお姉さんの攻撃が先でした。ニ発目が後手だったのに、です。


「魔法じゃないの?」

「魔力です」

「なぁにそれ。興味が尽きないんだけど」

「でしょう」


 いつかちゃんと調べたいんですけど、巫女さんが許可くれますかね。


「この人大丈夫なの。直撃してたけど」

「気を失っているだけでス。しばらくすれば起きるでしょウ」


 周りもざわついたままです。大事になる前にしっかりと伝えて鎮めなければ。


「悪意の影響で凶暴化していたようでス。浄化済みですシ、元に戻るでしょウ」

「さっきのが浄化だったのね」

「多少痛みはありますけド、しっかり悪意は抜けるそうですヨ」


 倒れた男性が身動ぎし、起き上がりました。

 一応警戒しますけど、魔法は見えません。大丈夫そうですね。


「私は一体……」

「起きましたカ」

「あ、貴女は……!」

「ん? 共和国の人ですか」


 こちらの言葉で驚愕する男性。私の事も知っているようです。


「れ、レティシア様がどうして……」

「色々事情があるのです。それより、気分はどうですか」

「は、はい。何故私はお酒を……」


 そこから分かっていないのですか。


「一度顔を洗ってきてはどうですか」

「そうさせて、いただきます」


 色々と、汚れてしまっていますし。


「レティシア様だって」

「これでも、魔女で女王の護衛で、情報部所属ですよ。有名人の自覚はあります」

「私の見る目は確かだったって訳ね」


 得意顔のソフィお姉ちゃんがふふんと胸を張っています。


「それで、あの人は何をしたの?」

「自分の息子に手を上げたそうですヨ」

「うわ。悪意ってそんな風になっちゃうの?」

「何かしらストレスを感じていたのでしょうネ。悪意でそういった面が表面化したらしいでス」


 巫女さんとリツカお姉さんによる推察です。


「ほ、本当ですか。私が息子に……」


 戻ってきた男性に聞かれてしまいました。

 悪意に染まっていても覚えているはずですけど、お酒の所為で記憶でも飛んでいたのでしょうか。


 普段飲まない人や弱い人はそうなりますよね。

 リツカお姉さんがそうでしたし。


「すぐに息子さんの所に戻れと良いたいですけど、もう少し待ってください。巫女さんとリツカお姉さんに連れていってもらいます」


 解決はしましたけど、相手は虐待した父親。お二人に頼んだ息子さんにとっても恐怖を感じる相手でしょう。


 お二人が一緒に居れば、その子も安心するでしょうし。


「自分の息子に手を上げて覚えてないって」


 ソフィお姉ちゃんが不快感を見せています。子供好きですし、許せないのでしょう。


「覚えてない場合もありましたけド、今回は覚えているはずでス。きっとお酒の所為でしょウ」

「はぁ……。お酒は百害あって一理なしね」


 ソフィお姉ちゃんの視線に、男性はたじたじです。

 

「まァ、これが悪意の被害でス。自分の意思ではどうにもできませン。本能が赴くまま他者を傷つケ、自身の欲望を満たすために行動しまス」


 酒場の人間に聞こえるように言います。

 噂が広がれば、半信半疑の人間も早朝の浄化に来てくれるでしょう。




 アリスさんに”治癒”をかけてもらって、痛みは引きました。服が汚れていないか確認します。


「もう、大丈夫っぽい」


 サロモくんも待っているでしょうし、急ぎ宿に戻らなければ。


「今日はもう、戦うのはなしです」

「う、うん」


 私を戦わせないために、アリスさんが腕に組み付きます。


「魔法と発勁なしでなら……」

「私が許可を出すまで、動く事を禁止します」

「はい……」


 緊急性が高くない限り、許可が出ることはないでしょう。でも、許可を出す前にアリスさんが”光”を撃ち込みそうですね……。


 私を心配しての事なので、大人しく従います。アリスさんが危険な時以外、今日はもう、戦闘しません。


 酒場に戻ると、賑わいが戻っていました。けれど、私が戻るとまた静かになってしまいました。目の前で地面や壁凹ませたらこうなりますよね。もう、諦めています。


「もう良いんですか」

「うん。ありがとうシーアさん」

「任せてしまって申し訳ありません」

「気にしないで下さい。あぁ、床と壁も気にしなくて良いそうです」

「え。修繕費出すよ……」


 結構大きいクレーターが出来てしまっています。営業に支障が出ると思うのですけど。


「店主さん、修繕費払います。おいくらでしょう」

「い、いえ。酔っ払いの喧嘩が起きたりでしょっちゅう壊れますし、その辺は気にせんで下さい」

「ですけど……」

「あ、あのッ」


 じるばんさんが声を張り上げます。


「私が払います……。私の所為で起きた事ですから」


 注目を浴びて萎縮してしまったのか、声が小さくなっていきました。


「貴方の所為という訳では、ないですよ」


 商人という職は、ストレスが溜まるでしょう。しかし、悪意に犯されなければ何かしらで発散していたであろうストレスです。

 サロモくんも、それは分かっています。


 旅の足しにと、選任のお給料をもらっています。一月分の給料と、倒したマリスタザリア分。


 私とアリスさん、シーアさん、レイメイさん。四人合わせてかなりの額をもらいました。

 戦争分まで含まれているので、旅のお金は困っていません。言ってしまえば、経費です。


「正直言いますとねぇ……。巫女様方が来店した記念にならねぇかと思いまして」

「これが、ですか?」


 店主さんの言い分に、思わず聞き返してしまいます。

 この凹んだ地面と壁が、私の来店記念になってしまうのですか?


 圧倒的負の遺産に、私の表情は固まってしまいます。どんな印象をもたれるか、容易に想像できるからです。


「お金払いますから、直して下さい。来店記念が欲しいのであれば、写真とかで……」

「シャシン?」

「”転写”でス」

「本当ですかい!? そういうことなら!」


 こんな凹みが残るくらいなら、写真でもサインでもします。現金な店主さんで助かりました。……助かったのかな?



 代金を支払い、じるばんさんをサロモくんの元に送り届けます。シーアさんとそひあさんも一緒です。


「サロモが、巫女様達に……」

「ちゃんと謝ってください」

「もちろんです……」


 事情を説明しながら宿を目指します。

 

 まだ小さいのに必死で考えて、船までやって来たんです。

 藁にも縋るとは、まさにあの事でしょう。町長さんが私たちの事を通知したとはいえ、信用できるかどうか分からないのですから。

 それでも信じて任せてくれたサロモくんの期待に応えなければいけません。


「酷い目に遭おうとも、あなたを信じていました。それだけは知って置いて下さい」


 あなたにはあなたの事情があるのでしょう。でも、サロモくんの想いは知らなければいけません。

 この世の何よりも信頼している親からの暴力ほど、絶望的なものはないのですから。


 自分が行った事を悔い、じるばんさんは項垂れたままです。

 しかし宿につくと、いち早く部屋に向かいました。私達は静かに後ろをついていき、じるばんさんの言葉を待ちます。


「サロモ!」


 じるばんさんの大声による声かけ。

 虐待を受けた子にこのような事をしては、恐怖に硬直してしまうでしょう。しかしサロモくんは、いつもの父親の声音を覚えていたようです。


「お父さん……?」

「あぁ……あぁ……! すまない……! すまない……!」


 サロモくんを抱き寄せ、ひたすらに謝るじるばんさんの声は掠れていきます。


「父さんお前に……なんてこと……!」

「戻ったの?」

「あぁ……! 全てを許せとは言わない……だが、またお前を愛する事だけは許して欲しい……!」

「許すよ……。お父さんが優しいのは僕が一番知ってる!」

 

 何も問題なかったようです。親子の絆ですね。


「いこっか」

「はい」


 邪魔してもいけませんし、私達はその場を後にしました。

 行商、頑張ってください。マリスタザリアだけには注意して。




「巫女様達は?」

「あぁ、入り口に……あれ、さっきまで……」

「本当に、天使様だったのかな」

「それは――いや、そうだったのかもしれないな」


 ジルヴァンとサロモは手を繋ぎ部屋に入っていった。


 

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